前夜祭
2人の道が、分かれていきます。
拝啓 聖女様
お仕事、お疲れさまでした。
就任式もお披露目も、きっと素敵に大成功された事と信じています。
この手紙は、前夜祭の日に、離宮の裁縫室(私の監禁部屋)で書いています。
聖女様に届けようと思って書いた手紙が、余計な事だと②と女官長に激怒され、誰にも会えない様に監禁されてもう8日になります。でも心配しないでくださいね、地下通路を使って自由に王都に抜け出して、買い食いなどして楽しんでいますから。何とビックリ、離宮から地下通路へと通じる扉は裁縫室にあったのです。凄い発見でしょう?
無事にこの手紙が、聖女様のお手元に届くと良いのですが・・。
とにかく、今後の私の予定をお知らせしないと、聖女様が要らない心配するといけないので、届く事を願って書いています。
私は王都を出ます。
聖女様を色ボケ王子のいる王宮に、一人残して出て行くのは気が咎めますが、どっちみち②や女官長は、私をどっか遠くの貧乏貴族に娶せて王宮から追い出そうと考えています。この歳ではまだ結婚は考えられないので、さっさと逃げ出す所存です。
ごめんなさい。
逃走資金は細工物を市で売って稼いだお金と、支給された衣装等をリサイクルショップに売って用意しました。この世界はリサイクルが当たり前の様で、怪しまれずに(多分)換金出来て良かったです。身分証明書(ここでは平民全員が持って居ます)は知り合った子供に見せてもらい、ある方法で密かにコピーしました。書類とかは偽物が作れるのに、何故だか自分の髪や目の色を変えようと、いろいろ工夫しているのに出来ないのが不思議です。いまだに黒髪黒目の姿ですが、帽子を被って男の子の服装をしているので、異世界人と怪しまれた事は有りません。心配しないでくださいね。
街の噂ではボコール公爵と言う貴族が治めている領地が、魔力が少ない平民が住みやすい場所の様なので、取り敢えずそちらに向かうつもりです。船で旅するので迷う心配は無いのですが、3等客船は雑魚寝なので、臭かったらどうしようと、今から少し心配しています。・・まぁ、どうにかなるでしょう。
聖女様には、短い期間でしたが色々とお気遣い頂き有難うございました。
友達と言って頂けて、とても嬉しかったです。
遠くの空の下から、聖女様のご活躍とご健康をお祈りしています。
さようなら。 敬具
追伸 お世話になった料理人の皆さんと、庭師の皆さんによろしくお伝えください。感謝しています、有難うございました。直接言えなくて御免なさいと、機会があったら伝えて下さい。よろしくお願いします。
喋り言葉は雑なのに、文章はやけに丁寧な人っているよね・・私だよ。
お母さんがね、後に証拠に残りそうな物は丁寧にするモンだって言っていたからね。女官長に紙を取り上げられたので、王都で買った質の悪い紙に書いてみました。インクが無いので木炭だ、擦れると真っ黒になってしまうので<空の魔石>で定着させている。フキサチィーフ懐かしいね。美術の時間の木炭デッサンで、パンの耳を消しゴム代わりに使うのに皆でジャム付けて食べちゃったっけ。美術の松村先生が呆れていたっけな~。
字が汚いのは木炭のせいです、証拠に残りそうな・・以下略。
テーブルの上に手紙を置き、聖女様宛と願いを込めて<空の魔石>を文鎮代わりに置く。これで、他の者は触る事は出来ないだろう・・多分。
それから、地下通路をマッピングした<空の魔石>も置いていく。詩乃はもう要らないし、聖女様が使えればそれでもいいし。
裁縫室の備品は粗方売り払われて、部屋の中はスッカラカンだ。布団は大きくて持ち出せ無かったが、シーツや枕などは売っちゃった。泥棒みたいだが慰謝料替わりなら安いものだろう、結婚させる為に持参金を付けるより遥かに安上がりのはずだ。文句を言われる筋合いはない!
詩乃は部屋の中をぐるっと見渡すと、ぺこりっと頭を下げて約1年半近く暮らした離宮を出て行った。
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あの日、聖女と言われる異世界人の才媛は、神殿の奥深くに閉じ込められてはいたが、朝の平民の女達の騒ぎも正確に感じ取っていた。
そこにあの子がいた事も解っていた、外に出て行って自ら騒ぎを鎮めたい、そう願ったのだが神官達と白騎士に総出で止められた。
「貴方は、まだ聖女ではない。すべては就任式が済んでからだ」と・・。
聖女の傍に控えている白騎士は、あの子の言うところの<布団騎士>である。布団騎士は慇懃な態度で、常に控えめで、聖女に影のごとく仕えている、神官長の推薦も有り護衛となった。断る理由も特に無かったからだが、貴族名鑑に載っていた出自が少し気に掛かかっている。
彼は、第2王子に幼少期から仕えている側近の駄犬<プマタシアンタル>の腹違いの弟だ。駄犬の父親である伯爵は、優秀な子供を作るのが趣味だと公言して憚らず、貧乏貴族の令嬢やA級平民の女性を連れて来ては何人も子供を産ませていた。
『悪趣味極まりない、下種野郎だわ』
その下種野郎は兄弟同士を競わせて、試練を与え後継ぎを決定すると言い放ったらしい。生まれた子を、崖から突き落とすと言うライオンなのか?リアルライオンが異世界に実在したとは・・・。
駄犬は頭の作りが単純すぎた為か、そうそうに後継ぎレースから脱落し、我儘すぎて側近の成り手がいなかった第2王子に引き取られ今の職にあるそうだ。あの暑苦しい忠誠心は、そのあたりから発生しているのかも知れない。
彼ら2人、異母兄弟の仲は不明だが、お互い意識していないとは言い切れない。
布団騎士は小さい頃に、魔力の少なさから自ら願い出て神殿に入り、学者神官を目指して勉強をしたと聞く。その後、何故か急に騎士を志して騎士の訓練も受けている。貴族には致命的となる、魔力が少ない事を公言し、わざわざ神殿に入りながら何故体育系の騎士職に?普通は文系コースに行くのではないか。
それに<あの子>が言っていた、布団騎士はノイズが聞こえ無いと・・本当に魔力が無いのか、隠すのが上手いだけなのか。上手いのなら隠す理由は何か?実家と同様な第2王子派では無く、第1王子派なのか・・実家に貴族に恨みを持っていたら?何を考えているのだろう。
「ご気分がすぐれませんか、女性神官を呼びましょうか?」
布団騎士が難しい顔で神言の書に向かっている聖女に声を掛けて来た、優しい風を装っているが誠意が感じられない。聖女の人格を考える事もせずに、単なる駒の一つとしか認識していない様だ。向こうの世界でも、常に多くの男性に囲まれていた聖女は男性の心の機微と下心に敏感だ。
『気遣いの出来る優秀な人材が、神殿で自らを埋もれさせている理由は何か』
明日になれば、解ることかしら・・・そんな予感が、フッとした。
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一方の詩乃は、この前の<祝いの日>に知り合いになった、パン屋の兄弟が店を出す広場で、細工物の店をあの吟遊詩人見習いの少年と出していた。
王都が広いと言っても平民が行ける場所で・あまり裕福では無く・流れの仕事をしている・人間が集る場所は限られている。何回か街を歩き回っていたら、また少年に出会ったのだ。可哀想な事に、少年はまた叔父さんに放置されていた、ネグレクトって言うんじゃないの?こういうの。
だから詩乃の方からお願いして、一緒に店を出そうと勧誘したのだ。詩乃だって単独で出来る自信はまだないし、少年の歌は本当に良い広告塔だったから。
詩乃のお母さんはアパレルメーカーに勤めていたが、宣伝の大切さを常々熱く語っていた。曰く、私の仕事が悪いのではなく、宣伝の下手な営業がヘボイのだと。営業さん御免なさい、お母さんがいつもお世話になっております。常に謙虚な詩乃は、チームワークをモットーにしている。自分一人で出来る事なんて、まだまだ無いも同然なのだから。
今回の細工物はこの世界の人達の好みもリサーチし、貴族に因縁を付けられないギリギリぐらいには派手目に作ってある。春の女神のお祝いに相応しいように、パステルカラーの花束風のコサージュがメインだ。少年の一押し商品なのだ、完売しような!と少年の鼻息も荒い。
広場に着くと少年は徐に発声練習を始めた、変声期前の貴重なボーイソプラノだ。喉を大事にする様に様ウガイの仕方を教えてあげた、声は彼の大事な商売道具だしね!
詩乃も少年の歌に彩を添えようと、アボガドの様な形の硬い木の実の中身をくり抜いて、綺麗に洗って乾かし<空の魔石>を小さく砕き中に詰めて持ち手の棒を差し込んだ「マラカスもどき」を作った。
マラカスの様に振ると何故か鈴の様な、キラキラした不思議な音が響きだすのだ。少年が歌う後ろで詩乃が振るつもりだ、これはウケるだろう!ウケるのかな?いやちょっと・・受けるだろう!竪琴とか弾けると良いんだけれど、弾けないし。肩にインコを乗せて「かえろう~」とか叫びそうだ。年寄りっ子の詩乃は、古い映画も良く知っている・・中途半端に・・古いと言ってもキ〇チさんだが、この頃プルーンは食べてないのかな?
少年と自分の首周りに、青い市松模様の布で作ったスカーフを飾ってみる。
『東京オリンピック・パラリンピックの応援グッツもどきだ!』
私ってオリンピック・パラリンピックをかなり楽しみにしていたんだな・・と思う、ぐすん。頑張れニッポン!頑張れ東京!!頑張れ私!!!
少年も頑張ってオリジナルの歌を作っていた、少年目線の歌で・・綺麗なお姉さんが、実は聖女様だったなんて・・みたいな?そんな歌だ・・ウケるだろう・・ウケるのかな・・心配だ。
そんな頼りない2人だが、でも2人だから頑張れることも有るだろう。成功の喜びは2倍で、失敗の悲しみは半分になるもの。・・失敗したくは無いがな。
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売り上げは上々で完売出来ました。バンザイだ!やったね!
パン屋の兄弟や他の店の子供達と、商売の成功を喜びジュースで乾杯した。
「また今度は夏祭りに一緒に商売しようぜ!」
パン屋の口の悪い弟に言われたが、約束は出来ないので曖昧に笑ってお茶を濁した。・・日本人のスマイルはここでも生きています・・。
今回はちゃんと売り上げを2等分して分け合った、少年は叔父さんに売り上げを渡さなければならないが(上納金か、理不尽!)、馬鹿正直に全部渡す阿呆もいないだろう。帰る途中で少年はギルドに寄り、自分の商業ギルドカードに入金していた。良いなギルドカード、詩乃も欲しい王都を出たら絶対に作る!と心に誓った。
買い食いをして、食べながら少年の定宿に行く。明日の夜に船が出るので、それまで隠れる場所が必要なのだ。港近くの船乗りが多く泊まる宿屋で、異世界の常識の通り1階は食堂とバーになっている、綺麗なお姉さんも常駐していて、あまり風紀の良い感じの宿では無いがしょうがない。素泊まりで1泊申し込んだ、部屋が無いとの事で少年が相部屋にしてくれた。聖女様の御披露目も有るから、今年の春の女神のお祭りは観光客が多いらしい。どうせ寝るだけだ気にすんなと少年は言ってくれた。
大人の時間の前に、まだ少し間が有る。
「何か披露できるかい?」おかみさんに言われて、2人は顔を見合わせる。
食堂兼バーには隅っこに小さな舞台が出来ていて、其処で夜な夜な芸事が披露されるらしい、今夜の前座は詩乃と少年だ。少年のボーイソプラノに合わせて、詩乃がマラカスを振りながら踊り出す。実は詩乃はバレエを習っていた事が有る、お母さんに無理やりぶち込まれたのだが、そうしてバレエシューズで自主卒業したのだが。トウシューズ?無理です拷問です。それでも発表会のくるみ割り人形の抜粋で、ネズミの役をその他大勢のモブでやった事がありましたの。タンカに乗せられて退場する役だけど。
ピルエットは得意だったの、頭が軽いから回りやすいんだってお兄に言われたっけ。ダブル・トリプルとクルクル回る、マラカスが綺麗な音を奏でる・・マラカスなのに?良いじゃないか、此処は異世界、常識なんか通用しないのだから。
2人の出し物はウケが良く、お捻りまで飛んで来た。凄い!
気を良くしていたら、舞台の袖の方から、魅惑的なアルトで登場して来た人物が。
「げぇ、叔父さん」
流石にプロの吟遊詩人で遊び人の叔父さんだ、登場しただけで視線を集めていた。ハンサムと言えなくも無いのか?詩乃には・・うん、よく解らない。
叔父さんは女の人の熱い視線をガッチリと掴んで離さない、黄色い歓声があちらこちらで上がった。女ったらしのジゴロ?って奴だね。
『ちぇっ、子供の出番はお終いか?』
詩乃はチョッと悔しかったので、首のスカーフを腰に巻いて即席の女役になる。少年と2人、叔父さんのかなり煽情的な歌に合わせて大真面目にエロく絡んで踊りだした。流石少年もノリが良い、おチビ達のオイタのエロ気が馬鹿ウケして客席は大爆笑になった。
子供はもう退場しろ、そう言われて叔父さんに追い出されるまでショーは続いた・・恥ずかしかったけれど、面白かった・・ウケるって嵌るよね。
おかみさんは親切にも、叔父さんに没収される前に2人にギャラを払ってくれた。
狭い部屋に戻っても、階下からは楽し気な歌と喧騒が聞こえて来る。
「あぁ、面白かったな。なぁ、俺達と旅をしないか?俺とお前、良いコンビになれるんじゃぁないか?」
嬉しい申し出だった・・自分が、黒目黒髪でなかったら。
<空の魔石>で、誤魔化せる事が出来たなら、あるいはついて行けたかもしれないが。バレた時に、迷惑をかけてしまうかもしれない、ここが王都じゃ無かったら。
答える事が出来なくて、詩乃は何やら匂う布団の中に潜り込んだ。
「何だ、もう寝ちゃったのか・・早っ」
少年が呟いた。
王都、最後の夜が・・更けて行く。
バレリーナの蹴りは、格闘家も真っ青な威力と聞きましたが。
あのおみ足は、尊敬です。




