聖女の離宮・巣を造ろう
巣作りの季節です。
お偉方との圧迫面接が終わったあと、まだ講師陣と話が有ると言う聖女様一行と別れ、詩乃はメイド達数人に案内されて離宮に戻った。
そうしたら離宮の部屋の様子が、朝の時と違っていろいろ変わっていた。
聖女様と同じベットに寝るなどとは、とんでもない事なのだそうだ。
・・まぁ、そうだろうね。
詩乃に新たに与えられた部屋は、聖女様の部屋の続きの間だった。
メイドが控える部屋(12帖くらいは有るのか?)を急遽整えたもので、バス・トイレ付でウオーキングクローゼットも有る、これで台所が有ったらまるでワンルームマンションだ、此処が都心ならさぞ家賃はお高そうだ。
まぁ、なんて言う事でしょう。
可愛らしい大きな花柄の壁紙で飾られた壁面、出窓にはガラスの花瓶に可憐な花が活けられ、カーテンと絨毯は上等な織物。天蓋付きのダブルサイズのベット、お布団はフリフリのフリル付き。飴色に輝く猫足の家具たち。ソファには見事な刺繍が施されたクッション。
『・・・ああぁぁ~~駄目、落ち着かね~~~~』
御免、庶民にはきつかった趣味が合わない、あんな大きな花柄の壁紙は無いな。
でも、気に入らなくてもお礼を言わなけりゃ悪いよね。
「ありがとうございます」
そう言ったら、女官やメイド達に大爆笑された???
「何その言葉、馬鹿じゃないの?」
「ほんとに聖女様と同じ世界から来たのかしら、話は通じないし見るからに頭悪るそぅ」
「変な子、何処の訛りなのかしら?聞いたことも無い発音よね」
聖女様が傍にいないし、詩乃が言葉が解らないと思ってメイド達は言いたい放題だ。顔はニッコリ笑ったままだが、目だけが笑ってない・・能面顔。おおぅ。
『きたこれー!異世界召喚・巻き込まれ・王宮・意地悪な貴族・・お約束だ。
健気なモブを虐める陰険メイド達、おらワクワクして来たぞ』
ラベノを読み過ぎた詩乃のオツムには、この程度の事は予定調和に過ぎない。
「私たち、あんたの世話なんてする気なんか有りませんからね」
「そうよ、せっかく聖女様付きになれたと思って喜んでいたら、こ~んなみっともないチビにだなんて最悪」
「ほんとは奴隷なんでしょ?」
「魔力も無いんじゃない?」「
でも平気な顔をして、応接の間に入っていったわよ?」
下っ端達の言葉は、集中して聞けばノイズも少ないし何となく解るんだよね。
・・特に悪口はね・・よろしい、ならば君たちは敵として認定だ。
世話になんかなるものか!
詩乃はメイド達にニッコリ笑うと、さっさと部屋を出て後ろ手でドアを閉めた、途端に弾ける様に爆発した笑い声を背中に受ける。
<嫌な奴は何処にでもいる、だったら付き合わなけりゃ良い。付き合う相手は自分で選べば良いんだし、無理して我慢してまで付き合う必要はないの>
詩乃の母の持論だ、まぁカッコはいいけどお母さん友達少ないよね。
詩乃は一人異世界でそう呟いた、母の人生訓に影響されるのも仕方がない、詩乃はまだ中学生の子供なのだから。
あんな部屋には住めない、住みたくない。
****
離宮の中をあちこち勝手に探検し、東の隅に窓の有る6帖程の空っぽの小部屋を発見した。
「よし、此処にしようっと」
トイレやお風呂は使用人専用の物が近くに有るし、空いてる時間にちゃちゃっと済ませれば不便は無いだろう。暖房もセントラルヒーティングなのか、何処にいても暖かいし・・大丈夫!
そうと決まれば、さっさと掃除をしてしまおう・・と思ったが、掃除道具が入っている物置とか、其れらしい物が見つからない。
異世界だし、王宮だしなぁ・・何か魔術的な物でやるとか?メイドに聞くのは嫌なので、料理人の見習いらしい白いエプロンを付けた年の若い男の子を発見したのでジェスチャーで聞いてみる。やはり、掃除は魔術具でやるらしい。見せてもらったら、何だ・・ダ〇ソンのクリーナーそっくりじゃないですか、期待して損した膝カックンだ。がーがー普通に掃除機をかけ、モップで床を拭くが・・ここで意表が突かれた!何と勝手に水が出て来て、拭いた面が新品の同様に綺麗になっていくのだ。こりゃぁ優れものだ、凄いぞ魔術具!これさえあれば狭い部屋など楽勝だ、壁や天井・窓ガラスもピカピカに拭き上げた。離宮は全部洒落た白い石造りで出来ているので、綺麗にしたら何だかやたら眩しくなった。
掃除が終わったら、次は家具の設置でしょう。
予備のベットは無いかな~っと、離宮の近くに倉庫みたいな建物が有ったので、周りをウロウロしていたら庭師みたいなお爺さんが「ここにあるものは好きに使って良いよ」と教えてくれたので喜んで使わせて貰う事にした・・希望的解釈なのだが・・大丈夫でしょう・・たぶん。
大きな家具とか重たくて持てないかな?と思ったが、一応持ち上げてみたら、すんなり持ち上がったので驚いた。お爺さんによると、家具の足の下には魔術具が付いていて、持ち上げると浮く様になっているらしい。便利だね~異世界、ちょっとだけ見直した、別に好き好んで住み着きたいとは思わないけれど。
ごくシンプルなベットと小さな机・椅子・タンスを借りて、一つずつ部屋に運び込んだ。ふぅ~やれやれである、なんかハムスターになった気分だ。
インテリアは揃ったけれど、ファブリックがなけりゃあまだ住めない。
布団はどうしよう、メイドのいる部屋から持って来るのも嫌なんだけど。
そう考えながらふと窓の外を見たら、白い服を着た騎士が警備なのか離宮に背中を向けて立っている。青だけじゃないんだ、白いのもいるんだ・・違いは何だろう?まぁ、いいや。
窓を開けたら軋んで大きな音がした、音に振り向いた騎士を手招きしてみる。
外国風に手のひら上に向けて、カモン・カモン~~だ。
不思議そうな顔をして部屋をのぞき込んだ騎士に、布団を敷いていないベットの上板をバンバンと叩いて困った顔をしてみる。
沈黙している騎士・・もうひと押しか、今度は手を目に当てて泣き真似でアピール。どうだ!通じたか!!通じてくれ~困っていますよ、お布団無いんですよ~。
騎士はしばらく手を顎に当てて考え込んでいたが、手を<待て>の形にすると、どこかに去って行った。
ステイで待つ詩乃・・お布団来るかな~~?来るといいなぁ・・。
暫しステイしていたら、数人の白い騎士が歩いて来た。
敷き布団と毛布・シーツも何枚か、上掛け布団・枕にクッション。
床に敷くラグと、ランプの様な明かりも持ってきてくれた・・完璧ではないか!なんて!ご親切様なお方だ!!嬉しいぞ!
<ありがとうございます>と言うと、爆笑されることを学んでいた詩乃は、胸に手を合わせてお辞儀をしたナマステ~風に。
すると、騎士はお辞儀をする詩乃を止め、見てろよ?と目で合図し、膝を軽く折り手を胸に当てる挨拶をしてみせた。
『そうか、頭を下げてはダメなんだ』
詩乃は頷くと、軽く膝を折り頷くと手を胸に当てて謝意を示した。
騎士達は、軽く頷くと振り返らず颯爽と帰って行った。おおぅ、かこいい!!
有難う!
<騎士は青はバツ!白が良い奴、二重丸!!>詩乃はそう認定した。
か弱い女の子に、背後からいきなり乱暴する様な青はダメダメだ!白の爪の垢でも煎じて飲むがよい、もう大量に飲むがいい。
さて、夜になっても聖女様は未だ帰らず・・・。
『昼食に続きこりゃぁ、夜も食いっぱぐれコースだな・・・』
メイドに喧嘩を売ったのが悪かったのか、詩乃の周りには世話を焼いてくれる人はいない。可哀想に詩乃のお腹がぐうぅ~と鳴った。意地悪な悪役が飯を抜いて来るのはヘイトの王道だ、飯抜きを確信した詩乃はトコトコと料理人の所へ出かけて行った。
『ここは、食事の時間が遅いのかな?今頃仕込みをしているのか』
詩乃の腹時計ではもう7時を過ぎている、7時は夕食の時間では無いか。
見ると、厨房の構成は料理人三人に見習い一人の様だ。
こりゃぁ、見習いが・・追い回しだっけ?が少ないだろうに。でもよく見ていたら、魔術具を使うらしく芋の皮むきなどは全自動だ、凄いね。
手を出す隙は無いかな?
おっ、太ったおじさん皿を取りたい様だ、さすがにそんな魔術具は無いのだろう。詩乃は壁際に置かれていた踏み台片手に駆け寄ると、高い所に有った皿を取り出して配膳台に並べてみた。太った料理人は、チラッと面白くもなさそうな顔で詩乃を見たが、咎められる事も無かったので手伝いを続けた。今夜の夕食分くらい働かなくちゃ賄いもくれないだろう、ご飯が食べたい食べたいよ~~。朝が御粥もどきで、昼食抜きじゃぁ~成長期には辛いんだよ~~~!!!
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それからしばらくたって・・王宮の奥。
王族と聖女様と、国の重鎮たちでの晩餐会で・・。
「まったく、聖女様の後見人は何をしているのでしょうなぁ?
哀れにも・・聖女様が異世界からお連れしたチビ、あの貧相な小動物は、見習いの使用人部屋に押し込められているそうではありませんか。空のベットに布団も無い有様だと、聞いた時には驚きましたぞ。なぜそのような虐待を許しているのですか?食事も与えられず、餓えて泣いているのが見えるようですな。目の届かない後見人は交代したら如何です?後見の資格も有りませんな。ぜひ、我々神殿・・・」
コホン・・・。
言葉が遮られた。
白髪のロン毛で、白く長いお髭のお爺ちゃんこと神殿長は、己の発言が止められたので憮然とした顔を隠さないでいる。
昨晩はそのチビのせいで、泣いていた癖に、出席者の何人かはそう思っていた。
召喚を成功させた神殿と神官長は、これを機会に勢力を拡大させたいと目論んでいる。それを胡散臭そうに、さも目障りと言わんばかりの視線で見つめている二人の王子達。晩餐会の豪華なご馳走も、消化の方は良いとは言えない様だ。
真っ青になった聖女様が、立ち上がろうとして女官長に止められている。
『事実を確認してからご発言、ご行動をお願いいたします』
キラキラ王子とキンキラ王子が薄く微笑み合い、何やら黒いオーラが漏れ出ている。後ろの護衛騎士達が、一触即発な感じで睨み合い、何故だか火花がバチッとはねた。・・王宮とは、真に奇奇怪怪の場所である。
そんなことも知らずに、賄いをお腹一杯食べて満足した詩乃は、夕食の後片付けを手伝った後、ひとっ風呂浴びて歯も磨き、寝る前のストレッチをしているところだった、毎晩のルーティーンなのだ。
「おおぅ、シンプルだけど清潔で良いお布団じゃ~あ~りませんかぁ?」
満足げにごそごそぁと布団に入る、おやすみなさ~い、聖女様も向こうのみんなもね。
小動物の巣が、問題になっている事も知らずに。
詩乃の好みはエスニック風、インテリアです。