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モブの矜持

馬鹿にしないでよ!

 聖女様の就任式まで3日を切った。


王宮や神殿では行事の運営に猫の手でも借りたいのか、離宮に居る料理長はじめメイドに至るまで、すべての人員が応援に駆り出されて行き、今や離宮は完全に閉鎖状態になっていた。これで存在を忘れられたら、マジでミイラになり地縛霊・怨霊コースに詩乃まっしぐらである。

あの女官長ならやりかねない、詩乃は誰の事も、信用も当てにもしていなかった。


 ミイラになるのは御遠慮したいので、今日も今日とて王都に繰り出し買い食いに勤しむ詩乃である。そうは言いつつも連日の買い食いに資金に不安が出て来たので、今日はリサイクルショップに行って以前に貰ったドレスを1着売ってみた。生地が良かったせいなのか中々のお値段で売れたので、当分の間は食うのには困らないと思う。この点では女官長に感謝だ、別に女官長の懐から資金が出た訳でも無いだろうが。まぁ、指示を出したのは女官長だからね、きっと。


王都では贅沢品(いい匂いの石鹸や化粧水なんか)の値段は高いが、食べ物の値段は御安いので助かっている。消費税は付いていないのかな?

ケバブみたいに積み重ねた肉を焼いて薄切りにして野菜と一緒にパンに挟んである、王都の名物<肉パン>・・そのままじゃん・・・を食べる。肉の硬さももう気にならない。バリバリ食べるよ!虫歯が無くてほんと良かったよ。

詩乃のお婆ちゃんは自分が総入れ歯のせいか、虫歯には厳しくて歯磨きだけは煩く言われた。勉強しなさいとは言われなかったけれど、歯を磨きなさいは毎回言われたな。この世界は医療も格差が有る様で、貧乏人は医者にかかれない。虫歯が痛んだら大変だったよ、異世界トリップしたい人は虫歯と健康に注意するべきだと思うね。

お婆ちゃん、ありがとう・・等と思い出しながら道を歩いていたら。




「どうして、どうしてあなたがまた出征しなければならないの!!もう3年も務めているのに、平民ばかり辛い軍務を当てて酷いじゃないの」

修羅場・・とは、チョッと違うのかな。女の人が泣きながら、騎士の衣装を身に着ている人に縋りついている。騎士の人も顔を強張らせて、歯を食いしばって泣きたいのを堪えているようだ。道から外れた、人目に付きにくい店の裏口近くから、女の人のすすり泣く声が聞こえてくる。


『地方に行く出征者が発表された様だ、こんな時期に発表するなんて②は何を考えているんだろう?』


「無事に帰って来られるように、新しく就任される異界の聖女様が祝福してくれるのだそうだ。だから、だからきっと無事に帰って来るから・・それまで、俺を待っていてくれるかい?」


『・・またか、また聖女様に全部責任を押し付けて、王族達は安全な場所でノウノウとしているつもりなのだろうか。②は何を考えているんだろう、祝福したのに死亡者が出てしまったら、非難されるのは聖女様一人では無いか』


詩乃は暗澹とした気持ちで街の中を通り過ぎる・・聖女就任のお祝いムードで沸き立つ王都の民と、出征を悲しむ平民騎士達。両極端な高揚感にクラクラして、胃がキュッと痛む。


『自分は関係ない、モブの自分では何もできる事は無いのだから・・』



    ****



 夜、離宮の裁縫室に籠っていると外の世界と隔絶されて、音もしなければ、誰かと話す事も無い。何にも感じなくていられる。此処には、恋しい人と別れる悲しみも、愛する人を残して旅立つ苦しみも何も無いのだから。


『・・・何にも出来る事は無い・・・何も』

聖女様の様に偉い立場になって、平民の悲しみの矢面に立たなくて心底良かったと思う。モブにはとても無理だ、能力も・・心理的にも。けれども、やっぱり泣いていた女の人の心を思うと、何か出来る事は無いかと思ってしまう。


『気休めにでも、なれれば良いのだけれど』


詩乃は<空の魔石>を握りしめて、迫りくる危険を回避するようにと祈りを込めて石を造った。

「タイガーズアイ」

邪悪な力を跳ね返す、護符の力を持つと言うパワーストーンだ。危険な仕事の、騎士の人達には役に立つ石になるだろう。彼らが詩乃から直接貰ってくれるとは思わないが、彼女さんからお守りとして貰ったらきっと嬉しいだろう。


彼女さん達用にも石を造る。

「ローズクオーツ」

恋の悩みを叶えてくれる、恋愛には一推しの可愛いピンク色をした石。

彼氏といつか幸せに結婚出来るように、きっと見守ってくれる事だろう・・。


詩乃はそれぞれ50個作り、袋に入れて用意した。

明日の早朝に神殿に早く行って、彼女さん達に見せて、気に入って貰えたなら配ってみよう。詩乃の世界の身近には、争いや命がけの出征など無かった・・この理不尽な社会が、魔獣がいる世界が凄く怖い。

夜は深くなり、詩乃は満足に眠れぬ一夜を過ごした。



    ****



 翌朝、早朝の平民用の神殿前は女の人達でごった返していた。すべて、出征するA級平民騎士の関係者である。②王子に嘆願するのを諦めて、聖女様に一縷の望みをかけてやって来たのだ。


「聖女様ー」「お助け下さい聖女様ーー」


騒ぎはどんどん大きくなり、不穏な空気になった来た。

しかし、神殿は門の扉を固く締め、女の人達の嘆願に無視を決め込んでいた。それでも女の人達は諦めない、聖女様を頼り声の限りに叫んでいる。


「聖女様~~お助け下さい。聖女様~~~!!」

今や神殿の平民用の礼拝堂前広場は、一触即発の異様なムードに包まれていた。



詩乃は少し離れた場所から、その非日常な様子を不思議な思いで眺めていた。

『②はあんなに聖女様を大事に思っていながら、何でこの状態を放置しているんだろう?警備の神殿騎士は何処に居るんだろう・・何故一人も居ない?どうしてこの騒ぎを収めようとしないのだろうか?』


もしかして、女の人達が暴徒化するのを待っているのか。

この騒ぎは②の管理能力を疑う良い材料になるのだろう、➀なんかが喜んで上げ足を取りそうだ、だって軍関係は②のテリトリーなんだから。②の失職を狙っているのだろうか・・その後がまは?軍は誰が管理する?貴族にそんな骨の有る奴がいるのか?それとも、騎士爵の平民が率いる事になるのか?

・・クーデターコースかね・・これは?


詩乃はどうにも近寄れなくて、端の方から事の成り行きを見守っているしかなかった。


「ねぇ、あなた!聖女様と一緒に来た子でしょう?」

やばっ、ボケっと見ていたのがバレてしまった。


「ねぇ、聖女様に話をしてくれた?聖女様は何か言っていた?」

「王子を止めてくれたんでしょう?ねぇ、そう言ってよ!!」

女の人達は、もう半泣きだ・・下手に話をしたら爆発しそうで収拾が付かなくなりそうだ。


「聖 女様 神殿 監禁 誰 近づ ナい。 王子も 近ない」

細い悲鳴があちこちで上がる、もう気でも失いそうな絶望的な声だ。


「ごメ なさい、聖 女様 頼む デキ 無 った」

『②は、聞く耳持たなかったし。』


女の人達はどうにもならない苛立ちを、苦し紛れなのか詩乃に向かってぶつけて来た。周りを取り囲まれ、肩を小突かれ髪を引っ張られ罵られる・・怖い・・鋭い悪意に心が冷える。

詩乃は必死になって、みんなに呼び掛けた。

「そ 代わに これ、造った。コレ お守り。聖女様 世界 皆持テる」

緊張しながら石を出す、しかし石を見た途端に、女の人達に苛立ちと侮蔑の色が広がって行った。


「平民に魔石?なんの皮肉なの!そんなもの付けられる訳ないじゃないの!馬鹿にしているの!!」

「大丈夫 平民 用 造タらカら 体 大事ない」

詩乃は一生懸命説明する。


「こ、タイガーズアイ危険 回避す お守りの石 貰っタラキっ 騎士 嬉し。きと 無事 帰る スル、石 見る 彼女 思い出 ススる」

手のひらに沢山の石を並べて、祈りを込め捧げる様に見せた。


「いらないわよ!こんなもの!!」

手を振り払われてタイガーズアイが散らばった、虎の眼の様な茶色が、鋭くギラリと光って女の人達を睨みつける様に地面に転がった。

タイガーズアイの迫力に、誰しも息を飲んで言葉が無くなった。

気まずくなったのか、女の人達は一人またひとりと神殿前の広場を去って行った。



詩乃はポッネンと、その場に一人立ち尽くしていた。

『恥ずかしい、私みたいなモブが・・何か人の役に立とうだなんて、身の程知らずも良い所だったんだ』

涙が溢れ出しそうだったが、それさえも女の人達には気に障るだろう・・。



ふいに後ろから影が差して詩乃の横に誰かが並んだ、驚いて息が止まり体が硬直する。

『離宮から出ているのがバレたし・・・』

その影の人はゆっくりと屈むと、丁寧にタイガーズアイを拾って袋に収めて行った。


誰だろう・・詩乃は恐る恐る顔を見た、知らない顔だ・・・。

見知らぬ大男に、何を言っていいか解らなくて黙って立ち尽くす。


「久しぶりですね、お嬢さん。さては、その顔は忘れていますね、以前にお嬢さんの護衛をしていたギイですよ」


ああ~~~ギイさん!こんな顔だったっけ?あれ、御痩せになりました?

詩乃はホッとして、身体の力が抜けて行くのを感じた。

ギイさんは詩乃と大魔神の睨み合い事件の後、しばらくしてから体調を崩し休暇を取っていたそうだ。なんだ、大魔神のせいじゃないか、奴は部下の健康を何と心得ているのか!!けしからん!それは知りませんでした、お見舞いもしませんでご無礼しました申し訳ありません。


体調が良くなったギイさんは、このたびの出征に引っ掛かり地方に飛ばされる事となったと言う。それはまた・・酷い人事だ、病み上がりの人を前線に出すなんて。


ギイさんは拾った石を詩乃に見せ、

「これを貰って行っていいですか、あちらの世界のお守りなんでしょう?あなたには此方の魔術師には無い不思議な力がありますからね。俺は信じていますよ、きっと皆を守ってくれると。部隊の皆に渡します、こんなに沢山作って大変だったでしょう」


ギイさんに逆に慰められてしまった・・。

恥ずかしいけれど、詩乃の気持ちを汲んで貰えたのは嬉しい。詩乃は半泣きで、鼻をグズグズ言わせながらゆっくりと首を振り、もう一つの石の袋を手渡した。

「ローズクオーツ」

恋愛のお守りだ、彼女さんに渡してほしい。騎士の彼氏さんから渡されたら、きっと嬉しいから。石に毎日、彼氏の無事をお願いすると良いと思うよ・・そんな意味の言葉を一生懸命に紡ぎ出した。


「ありがとうございます、もうお会いする事も有りませんが・・お嬢さんも元気に過ごして下さい。聖女様が神殿に正式に移ったら、結婚されて地方の貴族に嫁がれるのでしょう?」


詩乃はフフフ・・・と笑うと

「そ なる 思う かよ?」泣きべその後ではカラ元気が丸解りだが、腫れぼったい目を不敵に歪めるとそう言い放った。


「ふふふ、お嬢さんは本来なら離宮に監禁されているハズですよね?どうやって抜け出したかは詮索しないでおきましょう。私はもうあなたの護衛の任は外れていますから。お嬢さんの思い通りに、この世界に羽ばたく事を遠くで祈っていますよ」

そう言うと、詩乃の頭をポンポンしてギイさんは去って行った。


『どうぞ、石の守りの力が、ギイさん達に届きますように』

・・詩乃は祈らずにいられなかった。どうか無事にと。



今度こそ、もう自分の出来る事は無い・・疲れたから、離宮に帰って少し休もう。神殿の地下通路に入って、しばらく歩いたら正面の方から誰かが近づいて来るノイズを感じた。直ぐに脇道に入って、完全に気配を消す、もう忍者並みに体得した得意技だ。


足音は3人、騎士らしく忍び足で、音をほとんど立てない出来る奴のようだ!



「あ~ぁ、思ったより神殿の騒ぎは大きくならなかったな、使えんな女共は」

「まぁそう言うな、自分の男を人質に取られている様なものだからな、強く言えないのも無理からぬ事さ」

「どいつもこいつも、思ったように動きやがらねぇ・・・」


『不満そうに話しているのは・・ヴィの声か?こんなところで何をしている?』

詩乃は不信感で、思わず鼻に皺を寄せた。


「そうそう、そう言えばヴィはあのチビをどうすんだ?見合いを申し込んだんだろう?嫁にするのか?」


突然振られた自分の話に、ビックリして胸が締め付けられる。


「ありえね~~」

その後は3人の大爆笑で、よく聞き取れなかった。


「でも、可哀想じゃん。どっかの好色の爺の所にやられるんだろ、お前面倒見てやれば良いじゃん」

「だったら、お前がみちゃれよ~~」「断る!」

ゲラゲラ笑う男達、何か自分の事について話ているが、頭がガンガンして益々聞き取れない。


「舞踏会の時には,いつちょ前に女の顔をしてもの欲しそうにしていたぜ。お前に惚れているんじゃないか?一人で心細いんだろうよ?」

「俺みたいな良い男に付き合って貰えたんだから感動ものだろうよ、感謝して欲しいもんだぜ」

「お前が貰えよ、慰謝料がもれなく突いて来るぜ」

「う~~ん、無理」「御免パス」


・・笑って何か話をしながら、男たちは去って行った、呆然とした詩乃を地下通路に残して。




舞踏会の時・・私は、どんな顔をしていたんだろうか?

もの欲しそうな顔って・・なんだ?何が欲しいのだ?どんな顔なのだ?

解らない・・解らないよ・・感謝しろだって?


ふざけんな!・・・この世界に来てから何度もそう思って来たが。


『でも、でも・・違う!ヤンキー騎士なんて、欲しくもなんともない。ヤンキーに何か当てにした事も無い!!』


自分の気持ちを勝手に決めつけられて、邪推された事が、笑い者にされた事が、こんなにも腹立たしい。

馬鹿にしやがって!!

そうだ、この世界に来てから、常に詩乃は馬鹿にされ続けてきたのだ。

神官に・王族に・女官長に・メイド達に・騎士達に・➁に・大魔神に!!!

詩乃は自分の事を客観的にも、そんなに利口な人間だとは思ってはいなかったが、だからと言って・・この世界の奴らに、ヤンキー騎士共に馬鹿にされる謂れも無い。





ふざけんな・・・ふざけんな・・・呪文のように詩乃は呟き続けた。


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