王宮生活の始まり
「この世界には二種類の人間がいる。
魔力を持つ者と、持たざるものだ、そしてそれは貴族と平民の違いでもある。
魔力を持つものは貴族として、特権を得る代わりに義務を持つ。
魔力を持たざる平民を、魔獣の脅威から身を挺して守るのだ。
魔術師は、その魔術をもって。
魔術騎士は、魔術と騎士の力をもって。
神官は、万能なる神の代理人としてこの世を癒し。
王族は、彼らをもって、この世界の守り人たらんと大神より定めを受けている」
今日も今日とて、美人さん・・今はジョブチェンジして聖女様になっているが、この世界のお勉強に忙しい。魔術に・神学?・帝王学・魔獣学とか・他国との関係・貴族の歴史やら・マナー・派閥の構成まで教え込まれている・・・らしい。
別行動だから良く知らないんだけれど、大変だね~私モブで良かったぁ~。
聖女様の凄い所は、この課題の多さを、苦しみながらもこなしてしまうところだ。
進学校出身者で元々のスペックが高いってのも有るけど、中々どうしてどうして、かなりの負けず嫌いのお嬢様なのだ・・出来ない自分が許せない・・そんな事を言っている、難儀な性格だと思うがのう。
そうして一日の終わりの自習時間には、今日の復習をしながら、詩乃にこの世界の情報を教えてくれるのだ。聖女さまの言葉は当然日本語で、詩乃が唯一すんなりと理解できる言葉だった。
まぁ、この生活に至るまでには、山あり山ありあったのだが・・。
****
あの召喚騒ぎの後、どうなったかと言うと・・。
美人さんはとても良い人で、詩乃を自分の傍から離さなかった・・出来れば召喚時に離してもらいたかったのだが・・それは言わないお約束だ。
取り敢えず、最悪の虐待・奴隷コースからは逃れられたみたい・・感謝だ。
大混乱の神殿から、大勢の騎士や身なりの良さげな使用人?に案内されて外に出ると、既に夜になっていて、ふと空を見上げたら、なんと月が大小3っも出ていた。ホントに此処は異世界なんだ、ドッキリじゃぁないんだ・・と、改めて実感したら涙が出て来た。美人さんも涙を流していたが、既に慰め隊が結成されていた様なので傍には行かなかった。
そんな詩乃の様子を見ていたのか、悪役令嬢が20歳くらい年を取った感じの人に
「賢明な判断です、身の程を知る事です・・それが賢い生き方です」
と言われたような気がした。
彼女の言わんとしている言葉は、態度と目の冷たさと、ノイズが幾らか小さかったので何となく解った様な気がしたのだ。どうやらノイズには個人差がある様で、それは魔力の含有量?が関係している様な気がする。
神殿を出ると広場が有り、そこから繋がる渡り廊下のような幅の広い道を歩いて行った。半円形の透明な屋根が付いていて、道は発光する不思議な石で舗装されているどうやら隣に見える離宮に向かう様だ、可愛らしい装飾が付いた円形の建物で、若い女性に好まれる様な、聖女様の為に用意した感のある物件だった。
詩乃は立ち止まり振り返って神殿を見上げた、白く浮かび上がる外壁と高いドームの有る大きな建物。あそこに戻ったら、また元の世界に、家族がいる詩乃の家に帰れるのだろうか・・と。
歩みを止めた詩乃を不快そうに、青い衣装の騎士と思われる男が剣の先で押して歩けと促した。
『寒い・・・』
ここは冬なのか冷たい風が吹いている、吐く息が白く雲のように湧き出ている。
美人さんを見ると、いつの間にか豪華な赤いローブで包まれていた。
『おぉぅ・・何、この格差社会』
・・あのまま髪が長かったら、少しは扱いが良かったのだろうか?
上田~~~!スフィンクス呼ばわりした、男子生徒を思い出し歯噛みする。
寒いのと心細いのでブルブルと震えていたら、青い衣装の騎士の一人が先輩?に命令されて、嫌々マントを貸してくれた。
「ありがとうございます」
そう言ったら、騎士達が噴き出すのを堪えるように、腹部を痙攣させて悶えていた。
???
詩乃が此処の言葉をハッキリと聞き取れない様に、詩乃が話す言葉も相手に伝わらない様だ。ヒーヒーと笑われながら、頭からマントを被り涙を見せない様に隠す。
恥ずかしい・・・。
奴隷の様な短い髪で、言葉も聞き取れず、トンチキな話し方をする小さな平凡な女の子。こりゃぁ、モブ以下じゃん。構うものか!詩乃は鼻血と涙をマントで堂々と拭ってやった。ふんっだっ!
円形の建物に入ると、美人さんは案内されて行ってしまいそうになったが、彼女は女官とメイドの壁を突破して詩乃の所へ戻って来てくれた。
元悪役令嬢風の偉そうな女官と何やら言っている、口論になっているようだ。
「いいえ、私はこの子と一緒の部屋で休みます」
「私に命令しないで下さい。女官長といえども、従う義務はありません」
「何度もいますが、彼女は奴隷ではありません。私の世界に奴隷などいません」
「私の同胞を、馬鹿にするのですか!」
「では、私がこの子の部屋で休みます」
美人さんの言葉しか解らないが、何だかヒートアップしている様だ。
女官長?の言葉は、激しいノイズで刺々しい何かを感じる。
庇ってくれるのは、有難いのだが見知らぬ異世界で、大丈夫なのだろうか?
心配した詩乃が、美人さんのローブの下の方を引っ張って合図を送ろうとして、手をそろ~っと伸ばそうとした時だった。
バシッ!!
元悪役令嬢風女官長?に手を叩かれた、蠅叩きの小さいの・・乗馬用の鞭?
「痛っ!」
思わず悲鳴を上げる詩乃。
「なんてことを!いい加減にしてっ!もう嫌っ!出て行って!早く、もう出て行って!あなたたちなんか、大嫌いよ!!」
大声で叫んで、泣き出した美人さん。
美人は、泣いていても絵になるな~なんてノンビリ思っている場合じゃない。
声を聞きつけたのか、何大勢のキンキラの人がドヤドヤ離宮に入って来た。
男子禁制じゃぁないのかえ?キラキラ感の強い服を来た男が、突っ立っている詩乃を睨んでくるが冤罪だ、無実だ!!私悪くないもん!
首をフルフル振る、振っちゃイケない国もあったっけ?難しい。
ひとり突っ伏して大泣きしている美人さん、彼女だって我慢の限界のメーターを振り切っているのだ。いきなり異世界召喚だよ?聖女様だよ?普通冗談じゃないって思うよね。
其れなのに詩乃まで抱えこんで、まぁ、連れて来ちゃったのも美人さんなのだが。
・・・責任は取っていただきたい。
泣いている美人さんに困惑して、遠巻きにして眺めている人間の壁たち。
使えんね、君たち・・詩乃は美人さんの傍に座り込んだ。
「大丈夫ですか?落ち着いて下さい。私は大丈夫だから・・・」
涙で目を潤まし顔を上げた美人さん・・うっ!眩しい、詩乃の泣き顔とは大違い、美人さんはどんな時も、美人さんだった。
「とにかく、休みましょう?今日はもう疲れましたし。悩むのは明日にして、もう眠りませんか?悩んでいる時は寝ろって、私のおじいちゃんの遺言です」
・・・生きてるけどね。
詩乃はオズオズと美人さんをハグしてみた、美人さんがギユゥッと抱き着いてくる。美人さんの心臓が、バクバク忙しなく動いているのを感じた。
『羨ましいだろ、おまえら~~ざまぁ』
少しすると胸の鼓動がゆっくりになって来ゆっくりた・・もう、大丈夫かな?
「そうね、私も・・疲れたわ」
詩乃は微笑んで、ゆっくりと美人さんの手を取りを立たせると、目線で部屋の案内を頼んだ。元悪役令嬢風女官長は、憮然とした顔をしていたが。無視だ無視!!
その晩は、美人さんと詩乃は寝たり起きたりを繰り返し、あまり熟睡出来なかったが、少しは回復したような気はした。一晩同じベットに潜り込み、寝返りを打ちまくって次の朝を迎えたのだ。ウルトラキングサイズで良かったね。
豪華なカーテンで飾られた窓から外をみると、何と太陽が大小合わせて6つ?
はぁ、多いでしょ~焼け焦げないのかな?何事にもやり過ぎ感が有る異世界だ。
目覚めた後はメイド達に世話をされて軽装に着替え、先に食事となったが、それが別メニューだった。
詩乃の分は消化の良さそうなリゾット風・・ようするに御粥だった、昨晩の件がよほど堪えたらしい・・申し送りもバッチリだね。
食後はお風呂、昨晩は清めないで寝てしまったので念入りにするらしい。その後正装に着替え、お偉方に呼ばれての面接だそうで着飾るそうだ。美人さんはメイド達に囲まれてのお風呂だそうで、うへぇ大変そうだな~っと思ったが、エステで慣れているのか平気そうだった・・さすがはセレブ様だ。
詩乃はさっさと一人で、使用人用?の小さな風呂で汗を流し、脱衣所?に置いてあった着替えを有難く使わせてもらった。・・膝丈ロリータ・・どピンク・・っ辛い・・色々と・・
美人さんの支度には2時間ほどもかかり、もう待ちすぎて、暇すぎてロリータにも抵抗を感じる気力も無くなった頃にようやっと面接の時間になった。美人さんの衣装は、可憐な薄い黄色のプリンセスラインのロングドレスでとても素敵だった。何かごっついフリルがゴテゴテと付けられていたのが惜しい感じだが、此方の流行なのかな?ちなみに詩乃の衣装には少ししかフリルは付いていなかった、むしろいらないけどっ。
う・・麗しい。
その場にいる誰しも美人さんの姿に見惚れて、特に若い騎士達は態度には出ていなかったが、耳が真っ赤になっていた・・あれか、むっつりスケベと言う奴か?
「あなたもついでに来なさい、無駄だとは思いますが」
侍従さんの様なおじさまに、慇懃無礼な動作と言葉で指示をされた。
先頭に騎士様・侍従長・慇懃無礼・女官長(元悪役令嬢風と別の人、ふっくら丸い見た目は優しそうなおばさま)、美人さん・女官・メイド・私・騎士様の超長いトレインで出発だ。運転手は君だ、車掌は僕だ・・小声で歌っていたら、後ろから剣を首に当てられた。わあぁ~おっかね、馬鹿にしていたのが何故分かったし?
呼び出されたのは大層な部屋で、それでも謁見室などではなく、気楽に話せる様に部屋のグレードを少し落した応接の間らしいかった。侍従長ががそう言っていたと、あとで美人さんが教えてくれた。
「この子、応接の間に入れるのかしら?」
メイドが馬鹿にした様に囁きあっている様、下っ端そうな人の言葉の方がノイズが少なく言葉が解りやすい・・嫌~な予感がする。
騎士様は扉を守りメイドは外に控えて部屋に入らなかった、次の間で女官と侍従と慇懃無礼が脱落。最後まで歩いて、大層な部屋に向かえたのは、侍従長・女官長・美人さんそして私だった。
『メイドが話していたように、何かあるのかな?トラップとか?』
ドキドキして部屋の中へと続いたが、別段何も感じなかったし起きなかった。
何だったのだろう?
侍従長と女官長は意外そうな顔で詩乃を見ていた、何か期待を裏切ったかな?
大層な部屋は、キンキラでネジネジの家具に囲まれたバロック風?な部屋だった・・趣味が良いのか悪いのか・・そこは個人の主観に因るのだろう。
「ようこそおいで下された、儂はランケシ大国の国王、ハァンティエット・オ・イタル・ランケシ3世だ。よろしく頼む」
異界の聖女よ、貴殿の名前を教えては貰えぬか?
美人さんは、目の端で私とアイコンタクトすると
「私たちはこの世界の魔術の理を知りません、名前で縛る様な魔術が有ると困りますので、信頼関係が構築されたと思えたら・・その時はお教えいたします」
ビシッと断ってしまったよ。
実は昨晩布団の中でコッソリ作戦会議していたんだ、ライトノベルとかネット小説とかを読んでいなそうな美人さんに、一通りのパターンをレクチャーしておいた。異世界召喚・魔法世界は鉄板だしね。
美人さんの返事に、王族他、お偉いさん達の顔が少~しだけ歪むのが見えた。
よもや拒否されるとは、夢にも考えてもいなかったのだろう。
どれだけ自己中なんだか・・甘いよね、何故突然誘拐されてきた者が、怒りもせずにすんなり命令を聞くと思うのだろう?
「私たちはこの世界の事を何も知りません、しばらくの間学んで知識を得てから、協力等のお話をさせて頂きたいと思っております。如何でしょう。」
王族たちを、余裕の笑みで黙らせる美人さん。さすがだ!
なんでも美人さんは、将来外務省に努めて外交官となり、世界中を飛び回って活躍するのが夢だったそうだ。口下手の某祖国にイライラしていたらしい。
王宮側にしても、この世界の事を教え込むのは想定の範囲だったらしく、美人さんの提案はすぐに了解された。なんと、部屋の隅には講師陣がすでに控えていて、紹介されるのをウズウズと待っていたようだ。手回しが良すぎる、ビ~ビ~と泣くヒロインタイプの聖女だったら、どうするつもりだったのだろう?ハッ!聖女の性格まで指定して召喚したのか?恐るべし、異世界。それにしても、講師陣の多い事多い事。センター試験どころの騒ぎじゃない。
「貴殿は私たちと言うが、そこの小さいのは学問など出来るのかね?言葉も解っていない様だが」
皆が詩乃を見る・・詩乃は首を傾げると、美人さんの方を見て通訳を頼んだ。
「私に出来る事を見つけたい、何が出来そうか、探すためにこの世界の仕事を見学したい・・と言っています」
・・・この小さいのに仕事ねぇ・・・。
取り敢えず王様は、詩乃の生活と安全の保障をし、専用のメイドと護衛の騎士を付けてくれる約束をした。
・・・護衛騎士は怖くない人をお願いします。
学生さんは、勉強頑張ってくださいね。