扉の向こう
「くわ~~」眠い・・もう何度目の欠伸だろう。
メイドさん達にクスクスと笑われている、単純な作業していると余計オネムになるのですよ。
聖女様の御披露目用衣装の装飾はほぼ出来上がり、今は違う衣装の裾にスパンコールを付けている。聖女様=スパンコール、元の世界では演歌歌手や社交ダンスの衣装に大人気なスパンだが、此処では聖女様のトレードマークになりつつある。材料が詩乃しか作れないオンリーワンだしね、他の半魚人令嬢なんかに豪華さはでは負けないよ、えへん!
詩乃が眠いのには訳が有る、夜な夜な地下通路に出没しては外へ出る道を探っているのだ。午後の8時ころから午前3時ごろまで歩き回り、モグラの様に地下を巡って、疲れ果てて部屋に戻り8時まで爆睡する。
悪いけれど神殿前の雪掻きはお休みさせてもらっている、元々ボランティア活動だしね。それにヤンキー系騎士ヴィには、もう二度と会いたくないからだ。あんな暗くて不気味な地下通路にか弱い女の子を一人残して消えるなんて最低男だ、奴は危険人物だ!危ない匂いがプンプンする。
8時10分にはノソノソと起き出して(10分間は温かい布団の中でウダウダ惰眠を楽しむのだ)、朝食を食べ食器を片付ける・・後の一日の流れは同じだ。
「祈りの日の休みが、今年は多くなりそうなんだって」
若いメイドが嬉しそうに言う。
「例の禁忌の魔術の件が片付いていないから、社交が停止されているからなんでしょう?」
「奥様方やお嬢様達は、もう不満が爆発寸前ですって。せっかくのドレスが披露できないから」
「その分、貴族の館で宴が増えているから良いんじゃないの?侯爵家のメイドが愚痴っていたわ、我儘な貴族が寄り集まって来て大変だって」
例によって、御喋りがかしましい。
「王都近くに駐屯している騎士も、半分の人には休暇が出るそうよ、貴方の彼も帰って来るんじゃなくて?」
「 いの ル ひ ヤス~み?」何だそれ?
「ああ、あなたは知らなかったわね。祈りの日と言うのは、大昔に大受難が有った同じ月日に、親しい人が集まって先祖の苦難を憂い、慰める為に慰霊祭をするのよ」
・・と言うのは建前で、今は親しい人が久しぶりに顔を合わせたり、出先から故郷に戻って来たり(お盆みたいなものか?)結婚相手を探す婚活パーティーみたいになっている所もあるのだそうだ。王都の平民用のホールではダンスパーティが開催されたりと、今では皆が心待ちにしていいる楽しいお休みらしい。王都の大通りには屋台の店が沢山立ち並んで、大人は温かい果物が入ったお酒を飲んだり、子供は練った小麦粉を油で揚げて砂糖をまぶしたお菓子を食べて過ごすらしい。平民には油菓子なんて、凄い贅沢品なのだろう。
いつもは大きな顔をしている貴族達も、神殿の礼拝に強制参加な為、街にはおらず平民達の無礼講となるそうだ。警備の騎士も平民だから、喧嘩や窃盗、その他の凶悪事件以外はおおむね見逃されるとの事。
元々、王都は治安の面では安心らしい騎士がゴロゴロいるからね。
「あぁ、あなたは此処を出られないのね・・ごめんなさ。」
「う うん、ハナし たノし~ もっ トス れぃ」
午前中は街にある平民用の神殿で家族揃って祈りを捧げ、昼から夕方までは子供たちの時間、その後家族や親しい者達で豪華な(平民比)夕食を共にし、そこから深夜までは大人たちの時間だ。ちなみに大人は16歳成人以上ね。
なるほど・・・抜け出すなら昼過ぎから夕方までか・・・。
貴族が居ないのなら、絶好のチャンスじゃあないか、詩乃の野望は膨れた。
さて、野望も良いのだが、先立つものは必要なのである。
詩乃は地下通路の探索を一時中断して、金策を考える事にした。
『出来るものは・・・手芸品か?やっぱり』
下賜された上等の端切れをテープ状に切り、熱いコテで波線状に皺を付ける。それをクルクル巻けば、薔薇モドキの完成だ。適当に小さなブーケ状に作り、周りをレースで囲み糸で縫い付ける。簡単なコサージュが出来上がる、これも中学のクラブ活動で顧問の高桑先生に習ったものだ。白い毛皮の小さな玉やリボンなど、今まで溜め込んでおいた材料を使ってデザイン違いを量産する。一点もの感は大事だよね、お金はなるべく多い方がいいから頑張ろう。相場が解らないけれど、なるべく高く売りたい。詩乃は寝る間も惜しんで制作に没頭した。
「くわ~~~」眠い。
またメイドさん達にクスクス笑われる、しかし君たち笑っていられるのも今のうちだよ、この世界ではバーゲンセールなどあるのだろうか?あの迫力が妙に懐かしい。
休憩時間にいそいそと詩乃が例のコサージュを持ち出した、
「これ ミれ~ かう いイゾ」
どうかな?ウケるかな?買ってくれるかな?内心ドキドキものなのである。
なのにメイドさん達は固まったままガン見していて動かない、この世界にコサージュは無いのだろうか?
詩乃は手に取ってプレゼンしてみる事にした、胸元に飾ってもいいし、襟元も可愛い、髪に飾るのも有りだと思うぞ、スカーフ止めにも出来るし・・渾身の売り込み、デパートにいる店頭実演販売のお兄さん・お姉さん(彼らは何歳でも、呼称はお兄さんお姉さんなのだそうだ)の気持ちが良く解った気がする。
『・・ダメか・・』
詩乃が俯いたその時だった、メイド達のフリーズが解けたのが。
後は、もう・・バーゲンの勢いはどの世界でも変わらない・・と言う事が嫌と言う程解りました、お買い上げ有難うございます。完売です。もっと欲しいとリクエストまで頂ました、嬉しいです!
静かに噂は王宮中に広がって、代わる代わるメイドさん達が買いに来た。
最終的には全部で30個、1個2000ガルで、合計60000ガルの儲けである。安いのか高いのかよく解らないが、平民には装飾品は手に入らないとの事だから、まぁこんなものなのでしょう。
互いにこの取引は貴族には秘密にしようと約束した、難癖付けられ取り上げられたら困るからだ。彼氏持ちのメイドさんは久しぶりに会える日に、綺麗だと言われる様に胸に飾りたいと頬を染めていた。うん、初々しいね。男だったら死亡フラグだけどね。ちなみに物価はパン1個100ガルだから、子供の所持金としては多い方なのかな?
所持金も出来た、後は祈りの日を待つだけだ。
****
さて、祈りの日の当日である。
準備は万端、皆サッサと休暇に行ってしまえと思いつつ、にこやかな笑顔で手を振り使用人の皆さんを見送る。料理長は一人残る詩乃を心配して、数日分の食事を用意してくれた、魔術具でチンすれば良いだけになっている、お手軽で大変便利だ。頼むから勝手に調理道具をいじってくれるなと念を押された、げせぬ・・そんな事しないよ・・たぶん。
女官長からは離宮から絶対に外に出ない事、出たら魔術具で感知されますからね!とこれまた念をギュウギュウと押された、何故かあんまり信用はない様だ。手芸とピパノでもしてらっしゃいとの事だ、優しくて泣けてくるよね・・・ほんと。
笑顔で皆を送り出す、外から鍵を掛けチェーンを巻き付ける音がした。
『女官長め、そんな事でこの詩乃様が、閉じ込められているとお思いかね?』
甘い甘い・・詩乃の調べた所によると、地下の通路はやはり大昔には避難通路も兼ねていたようで、どの建物の内部にも出入りする為の隠された扉が有ったのだ。なんと、この聖女様の離宮の隠し扉は裁縫室の戸棚の裏側にあった、何だってそんなところに・・詩乃しか出入りしない所だ・・凄い好都合じゃないか。
窓から何とはなしに外を見ていると、三々五々使用人の人達が歩いている、休暇の為に城の裏門から出るのだろう。王宮の表門の方は貴族の屋敷群に面している、平民の街は裏門側なのだ、当然詩乃が目指す王都の街は裏門側に有る。庭師の人達が歩いている、詩乃が手を振ると気が付いたようで、わざわざ窓辺に寄って来た。
「なぁ、聖女様はどっちの王子とできているんだ」
はぁ?できているって何だ?・・やっぱり賭けの対象になっているな。
詩乃は意味深にフフフと笑うと、指で✖を作って口に当てて見せた、ズルはいかんよ、ズルは。
午前中、神殿に多くの貴族が集まるので、警備の為に多くの騎士が表側に集まっている。地下通路を使用う平民騎士は少ない時間帯だろう、チャンスはその時だ。
詩乃は隠れて作っておいた、平民の男の子の服装・・ズボンにジャケット、作業用ブーツ、斜めに掛ける鞄、髪を見せないための春用のイアーワッチ帽子と喉を見せないためのスカーフ、すべてを身に着て鏡を見た。
『完璧!とてもじゃないけれど、女の子には見えないね』
嬉しいんだか悲しいんだか・・ちと微妙な気分だが、危険回避には仕方が無い。
王都の観光、いや偵察か・・もそうだが、本や(字は読めんが)この世界を知る地図とか、魔獣の図鑑?とかを見てみたい。
詩乃は一応偽装工作に、ベットで寝ているように膨らみを付け、部屋の明かりを消しておいた。
「さぁ、行こう!まだ見ぬ世界へ」
武者震いをブルッとして、裁縫室の隠し扉に忍び込む。
手にはマップの石と、暗視ゴーグルの石、鞄の中にも<空の魔石>を入れてある。
『怖くない、怖くない・・大丈夫きっと大丈夫』
心の中で呪文のように繰り返す、30分歩いた・・そろそろ外に近いはず。
壁を伝って聞こえて来るのか、話し声や何かの車輪の様なガタガタする音と振動、外のザワザワした空気が感じるようになってきた、外は近い!
心が逸るが、誰かが近づいて来た様な足音がしたので、慌てて凹みに身を隠す・・体が小さくて良かった。騎士達が数人ガヤガヤと話ながら、外から通路側に入って来た。どうやら昨夜はお楽しみ?のご様子で、これから任務に就くらしい・・凄く酒臭い・・ダメな大人って奴だな。彼らはそのまま扉も閉めず、鍵も掛けずに、後ろを気にもせずに歩いて行ってしまった。<あとぜき>はどうした?長野県民に叱られるぞ!
スルリと凹みから出て、扉を細く開け外を伺う・・光が眩しい。
人目に付かない木立に囲まれた一角、朽ち果てたような壁に隠す様に扉はある。
『南無三!』詩乃は思い切って外に出た。
冷たい空気が美味い・・・風さえも心地いい。
王宮は高台に建てられているようで、見下ろすと太い大通りを中心に、扇形に広がる街が出来ていた。
『これが、王都・・・城下町』
そこは詩乃が想像していたよりも、美しい西洋風な街並みだった。
海外を一人旅できる人は凄いと思います。




