VS 大魔神
ヘイトさん登場
メイドが一人消えても、離宮の生活にこれと言って変化は無かった。
誰一人として、彼女の話題を出す者も無く平穏に日々は過ぎていき、季節は夏になろうとしていた。あの1件はただ一人、詩乃の心の中に小さなさざ波を起こしただけで、無かった事にされたのだった。
あれから詩乃はメイドさんの派遣を断り、洗濯・掃除は自分で行うようになった、そうして女官長に直訴して部屋に鍵を付ける事を了承させていた。
朝食は皆と頂き、食後はE級魔術の練習がてら食器を洗いを手伝う。
初めは料理人さん達に迷惑がられ、周囲を水浸しにしていたのだが、修練を積んだ今では洗浄・乾燥・収納までバッチリだ。
詩乃が洗うのが当然になった頃、料理長さんからバイト代として硬貨をいくつか貰った・・地味に嬉しかった。家族以外の人に評価され、お金を稼いだのは初めての事だ・・初めてのバイト代!(気分はあくまでもバイトだ、本職になる気は無いし・・調理人は難しいと思うかなり、食器や調理器具が重くかなりの力仕事だからだ。そう言えば調理人の皆さん、かなりの細マッチョとお見受けする・・いい!これ見よがしに筋肉を誇示する騎士なんかより余程いい)
詩乃の騎士嫌いは相変わらず続いている・・誰のせいとは言わんがな。
その後、聖女様の馬車に便乗して王宮の魔術師会館へ。
この頃、詩乃は自習が多くなった・・なんと、銀蝿講師君は消臭の魔術具の開発に没頭し忙しいらしい、頑張れ使用人の皆が応援しているぞ!
詩乃は魔術師達が使い廃棄した<空の魔石>を貰い受け、それを使っていろいろ実験している。イメージが大事なのか、詩乃の大好きなパワーストーンに変化させるのは100%出来た。ただその石は、魔石的には性能が低いらしく魔術具を作動させる程の品質はでは無かった。
この世界にパワーストーンの解説の様な、石に固有の力が宿っている・・とかの話は無かった。魔石にロマンッチックな物語りは皆無で、魔力の利用を重点に特化した<電池>扱い?されているようだ・・夢が無いのぅ。
昼前には退所して、青護衛のギイさんと散歩しながら離宮に帰る。
雨季の後には、あの梅に似た実を庭師のおじいさんから沢山貰い、料理長にアドバイスを貰いながら梅干を作ってみたりしている。
漬け込んだ梅を日干しをするのはどこでも一緒で、竹製の大きなザルの様な入れ物を借りて、それに実を並べ干した・・香りが同じで懐かしい。詩乃の家の梅干しは、毎年お婆ちゃんと一緒に漬けていた、今年も漬けているかなぁ、お婆ちゃん・・詩乃が居なくても作って欲しいな。
朝あれを食べると、目が覚めて良いのだ、家族にも好評だったしな。
詩乃が外出中に急に雨が降って来た時、料理人さん達が干しておいた実を、室内に取り込んでおいてくれたのはとても嬉しかった。梅は沢山有るから、梅干の他に梅シロップや梅酒も良い良いよね。出来たら庭師のお爺さんにもあげなくちゃ、喜んでくれるかな・・夏バテに効く健康食品だしな。
そんな事を考えながら歩いていて、林の奥に差し掛かった時だった。
『あれで隠れているつもりなのだろうか、電車の高架下並みのノイズじゃんか』
凄まじいノイズを発しながら、大魔神が植込みの陰に隠れていた。
『何だろう、あのノイズは・・もしかして機嫌でも悪い?』
ここは華麗にスル~するべきか?
・・・でもその日、詩乃は少々ムカついていたのだ。
さっき、魔術師会館を出る時に赤騎士に因縁を付けられたのだ。
「何時迄たっても、挨拶ひとつ覚えられない、頭の出来が悪いのではないか?」
言葉は、今ではヒラの騎士のヒヤリングなどは出来ている・・ノイズが少ない分解りやすいのだ、ノイジーな高位の貴族はまだ定かではないが。
・・発音の方は・・これは、構造的な問題だった。
詩乃は舌足らずの喋り方をする、これは別にブリッ子な訳では無く、舌がチョッとだけ人より短かめなのだ。舌を出して上に伸ばしても、上唇を少々出るくらいしか伸ばせない、母からの残念な遺伝である。
一度TVでイタリアの人だか?あっちの方の人が舌を伸ばして、鼻の頭まで舐めているのを見た時には驚愕したものだ。詩乃にはとてもできない芸当だ、きっとキスも下手であろう・・経験は無いし、したくも無いが。
こちらの言葉はラテン系に似ているのか、巻き舌や鼻濁音?を多用する。
怒っている時はドイツ語の様な、喉の奥を使うようなカハーッみたいな不可思議な音を出しながら喋る、とても発音できる気がしない。
頼みの綱の<異世界召喚特典・自動言語変換>もその辺を加味しているのか、舌足らずな不出来な発音で変換している様なのだ・・ちっ!使えないな言語変換。
そんな訳でムカついていた詩乃は訳、ポケットに入れてあった<空の魔石>を取り出して、ブン投げたのだ「当たれ!」と願って。
「ぐっ!」
当たった様だ・・凄いね木立が沢山あったのに、ミサイルの追尾システムか?
放っておいてサッサと帰ろうと、足を進めた詩乃に待ったが掛かった。
「お前はいったい何者だ?何故俺が隠れ得居るのが解った、気配を消していたのだぞ!」
木立の奥から後頭部を撫でながら、のっそりと大魔神が出てくる。
『知らん、騒音発生器のくせに良く言うよ、あれを気付かない方が異常だ』
詩乃は前を睨んだまま歩き続け、立ち止まろうとはしない。
「お前は聖女様をいつまで苦しめるつもりだ、お前の事でお心を痛めているのを知らないのか?」
『知らないよ、聖女様はこの頃は帰りも遅くて、勉強会もしていないんだから、会ってもいないもの』
「まて!」
肩に手を掛けようとしてきたので、咄嗟に避ける・・・気安く触んな!
力一杯睨みつける、コイツは初見から気が合わない天敵認定者だ。
避けられたので大魔神は余計に頭にきたようだ、顔が赤黒くなっている、血圧が上がって脳の血管がプチッとなっても知らないよ・・むしろなれ、なってしまえ。
「この世界に聖女様はただ御一人、同郷で同じ黒髪をしていると言うだけの、魔力も微弱なお前とは違うのだ。いつまで聖女様に纏わりついているつもりだ、目障りだ!紛い物は必要ない!とっとと消え去れ!主の為に、身を正す事も出来ないのか奴隷の分際で。この不忠者!!」
はあぁ~?詩乃はゆっくりと振り返った。
「ねぇ?誰が奴隷なの?私たちの世界に奴隷など居ないって、前に話したよね?覚えていないの、あんた馬鹿なの?聖女様には巻き込まれただけで、主従契約も奴隷契約もしてないよ。だいたい私、好きでこの世界に来たんじゃないし。さっさと聖女様の前から消えてやるから、私の世界に返してよ!家族や友達のいる私の世界に返してよ!何が魔力よ偉そうに、自分たちの問題を自力で解決出来ないから、人攫いの真似までして、異世界の人間に頼っているのはどこの誰なのよ見っとも無い。
こんな、テレビもパソコンもDVDも本も無い、面白みのない世界に好きでいると思う?寿司も豚カツも天ぷらもない!味噌と醤油と中濃ソース持って来い!」
詩乃の激高に押されたのか、逆切れした大魔神が怒鳴り返す。
「お前など、元の世界でも重要な人物ではないだろう!」
「それでも!」
それでも・・詩乃を必死に探してくれている人は居るはずだ、家族や祖父母達は泣いているだろうし、お兄は怒っているだろう。友達や近所の人達が駅前で尋ね人のチラシを配っている姿が見える様だ、心配のあまり健康を損ねていなければいいのだが。
・・余りの理不尽な言いように、悔しい気持ちが込み上げてくる。
詩乃は目から熱い何かが出て来そうなのを必死にこらえた、こんな奴の前で泣くものかっ!歯を食いしばり大魔神を睨みつける。
1メートル程の距離を開け、タイマンでメンチを切り合っている・・目を逸らした方が負けなのか、柴犬の喧嘩なのか!意地と突っ張りで一歩も引く事無くガンを飛ばす・・爺ちゃんが近所の不良とよくやっていたからね、あの時の爺ちゃんより恐くないやい!
どのくらい睨みあっていただろう、詩乃を取り巻くノイズが凄くて考えられない、頭の中がワンワンしてクラクラして来た。
「もう、そのへんで終わりにして下さい!あなたも!」
突然、青護衛のギイが間に割って入って来た、デカい背中に庇われる、別に惚れないけどねっ。
暫く大魔神とギイさんは立ち尽くしていたが・・
「身の程を知れ!」
捨てセリフを残して、また大魔神は林の奥に去って行った・・獣道なのか?
「・・ふぅ~~~」
ギイさんが、心底疲れた様に深い溜息を吐いた。
「あれだけの魔力を浴びせられて、良く平気で立っていられましたね。間に入って庇おうにも、魔力が強すぎて近寄る事も出来ませんでしたよ」
命が縮んだ様な気がする・・ギイが胸を擦って呟いた、自分の部下に何たる事を大魔神め、部下は大事にしろ自分の財産の様な者だろうに。
『確かにノイズは煩かったけれど、メタルに慣れていりゃぁ大したことは無いし、刺さる痛みはバスケでボールの直撃くらったぐらいだった』
詩乃はポケットを探ってみる・・オニキスが割れていた。
この分では、服に縫い込んでおいたオニキスも破壊されているかも知れない。
『・・身代わりか・・本気で殺すつもりだったのか・・大魔神』
洒落に成らなくなって来た・・危険が危ない。
離宮にたどり着くと、流石に疲れ果てて食欲も無かった。
少し休むとギイさんに伝えて部屋に戻る、鍵を閉めるとドサッとベットに身を投げ出した。
『冗談じゃ済まされなく成って来た、本気で今後の事を考えないと、どこか適当に山奥の神殿にでも幽閉されたらたまらない』
・・そのまま、ウトウトと眠りについた。
「あの子が部屋から出てこない?」
夜遅く離宮に戻った聖女は女官長から報告を受けた。
「昼食も夕食も食べに現れなかったと調理室から報告が有りました、あの喰意地の張った娘が珍しい事と思い、下働きの者に部屋まで様子を見に行かせましたが・・鍵の掛った部屋からは何の応答も無く寝ている様だと。そのほか護衛の報告では、魔術の学習の退出時と、帰路の途中にも心無い言葉を浴びせられたそうです。護衛は相手の魔力の強さから、傍に寄る事も出来ず、話の内容は聞こえなかったとの事でした』
強い魔力をこれ見よがしに放つ者など、➁王子の単細胞の脳筋近衛騎士に決まっている。まったく駄犬の躾も出来ないのかしら、無能の腹黒②王子は。
『このままでは、拙い事になる・・』
聖女はあの子の部屋に案内するように女官長に命じた。
梅干しは赤紫蘇派です。




