こんにちは、僕の新しい人生
人の生というものは、きっと思っているよりもずっと短い。
どれほど科学が発展しようとも。どれだけ進化を繰り返そうとも。
越えられない壁があり、到達出来るゴールにはおそらく限界がある。
まだ十数年しか生きていない、高校生になったばかりの自分には途方もなく長く思える自分の余生も。
歴史の一部に組み込まれるには、余りにも小さ過ぎる一時の瞬きでしかないのだ・・・。
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「・・・はぁ。」
思わずため息が出た。
これから起こり得るあろう"思い付く中で最も最悪な結末"とは一体なにか。
怒涛の展開に理解が追いついていなかったが、ふと冷静になった時。考えてしまった。
身近な人の死?嫌だな・・・。
自分が死ぬこと?それも嫌だ。
では、お狐様の死は?
あんな出会い方。急展開で一緒に住むことにまでなって。
まだ何も。全然何も知らないのに。
狐?妖怪?そんなすぐに受け入れられるものか?
でもなぜだ。"なるべくしてなった"とでもいうのか?
なぜ、こんなにも自分の心は平静で、信じられない状況のはずなのに落ち着いていられるのだ・・・。
「おっっはよぉーーーございまぁーーーすっ!!」
ビックゥ!!
終わらない自問自答に終止符をうったのは、まさに悩みの種ともいえるその人物(?)だった。
隣で狐の姿で寝ていたはずなのに。なんという変わり身の早さ。
起き抜けから元気いっぱいだ。
「お、おはようございます、お狐様・・・。今日も元気ですね・・・?」
いや、会ったのは昨日が初めてですけどね?とも思ったが、心の内に留めることにした。
「(じーん)」
「いやあの、お狐様・・・?」
「・・・はっ!す、すみません!この幸せを噛み締めておりましたっ!!」
「はは、幸せって。そんな大袈裟な・・・。」
自分の、幸せは。
何事もない平穏な日常、だった。今までは。
その幸せを噛み締める度に、馬鹿にされたように笑われてきたのだった。
思えば、この人は。
僕らのご先祖様の頃からずっと僕らのことを見守ってくれていて。
この人の幸せって・・・。
「あー、それにしても。楽しみでもあり、不安なんです。まさか、私が学校というものに行くことになるなんて!」
「・・・は?」
いま、なんて?
昨日の今日で?いくらなんでも展開が早過ぎる!
「いやいやいやいや!聞いてないですって!えっ!?学校!?」
「おや?なぜそのように驚かれるのです?昨日おっしゃっていたではありませんか!あのお方が!」
昨日?あのお方?
記憶を必死に遡る。
「えっまさか、あれ本当だったの?担任、が言ってた、コネがどうとかって話・・・?」
正直、全く本気にしていなかった。
変わった先生だから、きっと混乱に乗じて冗談を言ったものだと。
「あっ、環様!そろそろお腹空きませんか?朝ごはんがあるそうですよ!行きましょう!」
人間の生活に馴染み過ぎているお狐様に呆気にとられつつも、自分も腹が減っているのは事実である。
仕方なく考えることは止め、食卓に向かうことにした。
昨日の今日なので、正直適当な理由をつけて休みたいところだったが。
なんともまあ、日常というものは変わらず過ぎて行くものである。
「はぁ、仕方ない。ご飯を食べて切り替えよう。」
「そうそう。食べることは生きること。このいなり寿司美味しいよ〜!」
「ああ、ありがとうございま、って。」
「えええええええ!?せ、先生!?!?なんで!?なんでうちに居て一緒に食卓囲んでんのぉ!?!?」
「ここで会うのは初めてだったねぇ。なんだか、新鮮だねぇ?」
「そうですね・・・。って、いや呑気!呑気過ぎですから!そんなんですぐ打ち解けるわけないでしょ説明してください!!」
「もう、察しが悪いんだからぁ〜。ここもスッと受け入れてサッと流してよいけずぅ〜。」
もう、この人のキャラクターが読めない・・・。
意味が、分からな過ぎる・・・。
言葉を失った僕を見兼ねたのか、のんびりご飯を食べていた母が口を開く。
「あんたには言ってなかったけど、ここの神社って実はとても神聖なものでね。それこそ、"本物の力"があるんだから。支えてくれる周りに強力な従者がいてもおかしくないと思わない?」
「は?強力な、従者・・・?」
のんびりとした性格の母だが、この神社の娘として産まれた覚悟とそれを裏付ける知識は、自分には計り知れないものがあるということをこの時悟るのであった。
「そう、従者。といっても、分家のようなものでね。遠くは血縁の繋がりがある人たちなんだけどね。」
「この力は人間には強過ぎるけど、守っていかなきゃならない。かといって、安易に他の人間にも頼れないじゃない?」
「力が受け継がれていく内に身内も増えていくでしょ?そうして、少しずつ一族の土台を固めていった歴史があるのよ。」
「そう、つまりは、僕ちんは実は君の遠い親戚ということなのだなぁ。」
「先生、突然喋らないでください・・・。そしてその一人称をやめてください・・・。」
担任の教師が実は遠い親戚だった。
本来なら、なかなかの衝撃の事実だ。
しかし、いろんなことが重なり過ぎてツッコむ気力が失われていた。
「まあまあ、僕ちんの立場はそんな感じ。ここに居る意味は分かってくれたかな?」
もはや、分かる、しか選択肢がなさそうだ。
いやそれにしてもなんでうちで朝ご飯食べてんだこの人・・・。
「あっ!そうそう。今日ここに来たのは、別に朝ご飯を食べる為でも君を驚かせる為でもなくてねぇ。」
「これこれ、これを持って来たんだ。」
「こんなこともあろうかと、うちは代々準備して動いてきた家系だったんだ。」
そう言って手を伸ばした先、アタッシュケースから取り出したものは。
うちの学校の、女子の制服だった。
「(じーん)」
感無量、と言わんばかりに目を閉じて空を仰ぐように幸せを噛み締めるその人を見て。
本能的に「良かったね。」と思えた。
それが共感からくるものだったのかなんなのか。定かではないが。
「うちの家系は、お狐様が表立って出て来られた時に補助をすることを始めから想定されていてね。」
「ご先祖様の伝承で、非常にお人好しでおっちょこちょいな方なのは分かっていたからねぇ。」
「きっと、見兼ねて自分たちの前に現れることがあるはずだー!って、分家のうちの家系には伝わってきてたんだよぉ〜。」
感動していたお狐様を尻目にそう暴露をしたうちの担任。
嬉しさから反転、恥ずかしさから顔を覆い悶えている。
うん、これは気持ちが分かるぞ。
「一応、真理ちゃんにはお狐様のことは今野先生の姪っ子って伝えてあるから。両親が仕事で家を開けるから、先生のとこに来てこっちの学校に通うようになるってことで。先生は独身で気を使うだろうから、遠い親戚であるうちにきて暮らすことになるって。」
「あんた、このあと一緒に学校行くんでしょう?伝えないわけにもいかないからね。」
なんという。予め用意されていたかのようなそれっぽい理由。
どれだけ、予想されていた未来なんだこれは。
そろそろ怖くなってきた。
いきなり付与された遠い親戚という属性、想像以上に強過ぎる。
「それで、先輩はなんて?」
「女の子が友達が出来る!って喜んでたわよ?」
先輩も飲み込みが早過ぎるよ!
ああ、先輩とのささやかな2人だけの空間が・・・。
お狐様に恨みはないが、先輩と2人で居られる時間が限られることになるのはやはり少し悲しいものだった。
それとこれとは話が別なのだ。
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支度を終え、一緒に玄関を出る。
これは、文字通り新たな一歩になることだろう。
深く深呼吸をし、これから起こり得るであろう"思い付く中で最も最高な結末"はなにか考えてみた。
うん。
僕の日常は劇的なまでに変わってしまったけれど。
この変わってしまった日常を、自分の理想とする平穏な日常に含めてしまえばいい。
少なくとも、今はそうすることしか出来ないのだと思う。
僕には両親が居て、おばあちゃんが居て。
先輩がいて。
遠い親戚だという担任の教師が居て?
そして、
隣にはいつもお狐様が居る。
そんな日常。
良いか悪いかなんて、そんなの分からない。
けれど、これはもう必然だったのだと、今ならそう感じる。
僕は、お狐様のことを何も知らないし、何かを知っているような気もする。
このモヤモヤがなんなのかを知りたい。
そして、僕を守ってくれたように、僕もこの人を守らなければならない。
いや、護りたい。
この気持ちに整理がつくまで、僕はきっとこの自問自答を止めることはないのだろう。
これから先の未来がどうなるかなんて分からないが。
今のこの"新しい日常"を。
きっと壊して堪るか、と強く決意した。