理解よ、追い越せ追い抜け引っこ抜け
まず、状況を、整理しよう・・・。
今のこの状況は。自分の置かれた立場とは。
とてもじゃないが、すぐには理解することが出来ずにいた。
異形が消えたのちこちらを振り返った美しいその人は、とても悲しそうな顔をしていたような気がした。
なんと声をかけていいのか向こうも困っているのが分かる。
自分が今抱いている疑問の山をぶつけようと思い立ったその時。
ーーボシュッーー
美しかった女性は、突然狐の姿へ戻ってしまった。
「あっ。」
その瞬間、今までの出来事が夢ではなかったという現実味が帯びた気がしてさらに言葉が詰まる。
その狐は暫くこちらをじっと見据えたかと思うと、くるりと踵を返し割れた窓から立ち去ろうとした。
「あっ!まっ、待って!ちょっと待って!」
焦った僕は咄嗟に、むんずと尻尾を掴んだ。そう、掴んでしまった。
「・・・!なっ、何をする・・・?いくら貴方でも、それは許すことは出来ぬ・・・。今すぐその手を離しさない。離してっ!」
とりあえず止まってはくれたが、僕は途轍もない地雷を踏んでしまったことを、ここに反省しようと思う。
「君ねぇ、狐でも猫でも犬でも、動物の尻尾は掴んじゃ駄目って言われなかった?とても敏感なんだよ?神経通っているんだよ?私がリスだったらね貴方、トカゲみたいに尻尾切って逃げているところよ?しかも、リスはトカゲみたく再生しないから切れたまんまなんだよ?尻尾を軽んず者は死すべしって言葉がうんぬんかんぬん」
もの凄い勢いで怒られている。
いや、確かに軽率だったことは確かだ。
ここは謝るしかない。
「ごめんなさ」
「まあ、尻尾のことはどうでも良いんですけどね。」
「い?あっ、どうでも良いんですか!?」
あんなまくし立てていたのに?と、思ったがとても言える雰囲気じゃなかった。
多分、あれは本気だった。
本題と関係ないから強引に切り上げた人の話し方だったなぁ・・・。
「私の方こそごめんなさいね。狐として過ごした年月が長過ぎてしまって、つい動物の本能が剥き出しに。久しぶりに言葉が話せるものだから、つい話し過ぎてしまって。」
僕はハッとした。
そうだ、もしこの狐があの伝承の狐だとしたら、千年近く力を失った状態で周りに怯えながら過ごしていたのではないか?と。
その過去や情景は、生まれて十数年の僕には到底計り知れるものではないだろう。
狐の姿に戻り感情が上手く読みとれないが、恥ずかしそうとも気まずそうともしながら狐は話し始めた。
「貴方の耳に、私のことがどのような形で伝わっているのか。その是非を問うことは今は必要のないことでしょう。あの時、貴方が咄嗟に私へ力を返して下さったこと、その事実だけで充分です。ありがとう。」
「ですが、我儘は承知でお願いいたします。力を返すのも含め、直接会うのはこれっきりにしませんか?」
「えっ・・・。」
「でっ、でも!あの異形、あの最後の言葉聞いたでしょう!?きっとすぐにでもまた別のやつが襲って・・・。」
「貴方なら、分かるはずなんです。いくら力が薄まろうとも・・・。」
「えっ・・・。」
「ご先祖様には、妖気を読みとる力が発現していたのをご存知ですか?力は持っているだけでは意味を為しません。人間には到底扱いきれる力ではありませんでしたが、適応した一部が上手く作用してくれたようです。」
「貴方も、ギリギリではありましたがあの異形の妖気を読みとりましたよね?」
「私に力を返したことをキッカケに、内に留まっていた力が少しずつ循環し始めたはずなのです。」
「そんな・・・。全然分からない。そんな漫画みたいな話、あるわけが・・・。」
「今でも充分、現実味ないのに?」
嘲笑うかのような言い方に少しゾッとした。
続け様に出てきた言葉に、さらに僕は息を飲む。
「それにほら、狙うなら、"今の貴方"よりも力の弱い私の方を狙うはずでしょ?」
この人は、最初からそれが狙いだったのか・・・?
非力な狐の姿でも異形に立ち向かい、微量の力が戻っても自己犠牲の如き守り方を貫く。
そんなの、あまりにも。
あんまりじゃないか。
「そんなの、駄目だよ。お狐様が死んじゃったら僕は・・・。」
僕は・・・?
あれ、どうなんだ?
伝承の狐、ご先祖様を救ってくれたお狐様。
現代になって、僕を助けてくれたお狐様。
お狐様はずっと僕たちのことを見ていたのかもしれない。
でも、僕は・・・?
直接会ったのは今日が初めてだ。
何も知らない。本当に、何も。
でも、なんでだろう。
この人をこのまま行かせては駄目な気がする。
そうだ、何も知らないからこそ、なんだ。
「僕はね、お狐様。貴女のことをもっと知りたいと思うんだ。」
「だから、側に居てよ。守るなら、近くに居て守ってよ。」
「・・・っ!」
離れて過ごすこと。一緒に居ること。
今回のことで力の所在が公になったに違いはなく、危険なことに変わりはないのだとしたら。
それならば、僕は自分の中で僅かに生まれた感情の違和感を知りたいが為に、この選択をしてもいいのではないか?
そういえば、あの異形はお狐様に選択を間違えたと言っていたな・・・。
「ねぇ、選択を間違えて後悔するより、間違えた先でどう対処するのかが大事だと僕は思うんだ。」
「選択で絞られる答えは必ずしもひとつじゃない。別の選択肢が増えて厄介ごとが増える、それだけのことじゃないのかな。」
「だったら、今の感情に流されてみるのも、たまには良いんじゃない?駄目だったらさ、そこから一緒に次の選択を考えようよ。」
「・・・っ!ひぃ様・・・。」
「えっ?」
「!なんでもありませんっ!!」
「うんうん、青春だねぇ〜。」
「そんなんじゃないですよ・・・。って、えええええ先生!?いいいい、いつから!?いつから起きてたんですか!?」
「ん?え〜っと、尻尾がどーのこーのでもめてた時、かな〜。」
「めっちゃ序盤も序盤じゃないですか・・・。」
「というか、身体!身体は大丈夫なんですか!?妖怪?に乗っとられてたんですよ?その時のこと、覚えてます・・・?」
「へ〜、僕ちん妖怪に身体乗っとられてたのね〜。どうりで今日の朝からの記憶が曖昧なわけだ〜。」
ぼっ、僕ちん・・・だと・・・!?
い、いや。この男性教諭の一人称や喋り方を突っ込んでいる暇はない!
強引に話を進め
「ほほ〜!お主は変わった喋り方をするのぅ。我も人の暮らしを眺め関わってきてそれなりに勉強したつもりでおったが、これは新たな発見じゃ!」
お狐様ぁ!?!?
急なキャラ変!?いや、というか話逸れるからお願いだからそこ掘り下げないでっ!!
男性教諭と狐が和気あいあいと話している異様な風景を断ち切るように、強引に話を戻す。
「いやだからその、先生も妖怪に身体を乗っとられていたことですし?これからも僕らのことを狙って妖怪が襲ってくるかもしれませんから?こう、先生に事情を把握してもらえるのはむしろ願ったりかなったりと言いますか・・・。」
「ん〜。概ね把握!!」
「はぇ?」
「単刀直入に言うと、妖怪が襲ってきて怖いから近くに居て守って欲しい!と。狐ちゃんも学校に通えたら良いのに!ということだよね〜?」
「えっ、あの、ちょっ、はいぃ??」
あながち間違いではないが、正しくもない。
それに、そうだとしてもそれを現実のものとするには些か無理が・・・。
ほら!流石のお狐様も絶句している!!
「僕は単体だと確かに一教員に過ぎないんだけどね〜。でも、これでもコネがないわけじゃないからどうにでもねじ込めちゃうんだよなぁ〜。」
「さあ、どうする?どうする??一緒に学園ライフ、送っちゃう??」
もう、この人がなんなのか全然分からない・・・。
この軽いノリはなんなのだ。もしや、罠・・・?
いや、確かにちょっと変わった先生だなぁとは前から思ってはいたのだが・・・。
「わっ、我、いや、私は、彼が良いと言うなら、そうしたい、です・・・。」
恥ずかしそうに、消え入りそうな震えた声でそう呟いた方を見やると、照れながらも澄んだ瞳で前を見据える1人の美少女が立っていた・・・。
いつも間に人間の姿に、と、ツッコむ暇すらなかった。。
ーーキーンコーンカーンコーンーー
「環君、おっそいなぁ・・・。」
健気に待ち惚けている先輩のことを思い出したのは、これらの茶番から実に数十分後の話である。