全ての始まり
もう会うことはない。
そう言い切った手前、人前に姿を現さないのが鉄則となった。
彼の住む村は山のほど近く。
元々、山菜を採りに来て迷っていたような人だ。
あれからも山の中で見かけることが多々あった。
時折周りを見渡してみたり、罠のあるところをチェックしていたり。
確実に探されている。
探さないでくれ、と一言添えておくんだったと反省。
とはいえ、住処を変えるのは流石に難しく、見つからないようにコソコソと後をつけるのも鉄則とする他なかった。
彼はいつも1人だった。
どうやら、私のことは他の人間に話していないらしい?
私のことは誰にも話すな、と一言添えておかなかったことを反省しつつ、黙っていてくれていることに感謝した。
人間と会うのは初めてのことだったから、反省することばかりだ。反省。
そんなある日。
彼が山菜採りにくる周期が掴めた頃、来るはずの時間に彼の姿が見えなかった。
人間には関わらないと決めたはずなのに。どうにも胸がザワザワして仕方がない。
「直接会わなければ・・・。遠くから様子を見るくらいなら、良いよね・・・?」
長い刻を生きる妖怪と言えど、この頃の私はまだ若かった。妖怪としてはピチピチの100歳だ。
私は、村へと下る決心をした。
二度と会わないと決めたやつとは思えないほど、躊躇うことなく決心をした。
村の様子は至って普通・・・?
いや、一部で良くない妖気の流れを感じる。
全体まで広がっていないから、一見すると何も起こってないように見えるのだ。
嫌な予感がして、妖気のする方へと急いだ。
辿り着いたのは一軒の民家。
私はそっと中に入る。
これは明らかに、妖怪にかけられた呪いによるものだ。
もしこれが、あの青年の家だったら。考えたくもなかった。
否、もしこれが、あの青年の家じゃなかったら・・・?
これを見て見ぬ振りをして、私は帰るのか・・・?
いや、ここまできたらどちらでも構わない。
こうなったら、とことん首を突っ込むまで。
意を決して、人の気配のする居間へと向かった。
「・・・っ!」
居間にいたのは、今にも事切れそうなほど弱ってしまったあの青年だった。
そして、その青年の家族も居た。
突然の狐の来訪に驚いているのが手に取るように分かったが、今はそれどころではない!
「あの!私、以前この方に助けていただいた狐なんですけども!」
「えっ!?きっ、狐が、しゃ、喋った!?」
デジャヴ。
むしろ、家族にくらいなら話しておいても良かったのでは?とすら思った瞬間だったが、今はそれどころではない!
「・・・狐さん?」
「緋色!?あなた、話せるの!?」
緋色と呼ばれたその青年は、弱々しくこちらに視線を寄越した。
「良かった、もう、会えないのかと思った。」
「こんなことでも、会えて、嬉しい、よ・・・。」
振り絞るかのような声。
ーー私は、一目見たあの時から、あなたのことを・・・.。ーー
喉まで出かかったその言葉をグッと飲み込み、私はある決断をする。
「・・・もうお気付きでしょうが、私はただの狐ではありません。」
「うん。そうだと思った。」
「私の本来の姿は、九尾の、狐・・・なんです。私は妖怪だから、人間であるあなたとの過度な接触を躊躇いました。」
「・・・うん。」
「でも、あなたが死んでしまうことは、自分が妖怪だとバレてしまうことより、自分が滅され消えてしまうことよりも、何よりも怖い。」
「・・・。」
「お願い。死なないで。私に、あなたを助けさせて・・・。」
「狐さん・・・。どうして、そこまで・・・。」
ーーそれは、一目見たあの時から、あなたのことが・・・。ーー
私はその問いには答えずに、遂には妖力を解放した。
狐の姿から一変、人型へ。1本だった尾は瞬く間に9つへと分かれた。
人を惑わすと言われている九尾の狐の姿。本当は、見せたくなかった。
でも、これが最初で最後。
だから・・・。
「これを。この、狐玉を受け取って。」
「これは・・・?」
「この狐玉は、私の、九尾の力の結晶。その膨大に詰まった妖力で、あなたにかけられた呪いを打ち消すの。」
「力の、結晶・・・?それ、受け取っても大丈夫、なの・・・?君は・・・。」
「・・・私は、これを渡すと九尾の力を失うでしょう。でも、死ぬわけではないです。狐の姿のまま、普通の狐よりもほんの少し長い一生を過ごすだけ、ですから。あなたが死ぬことより、ずっと良い。」
「それって・・・。」
返答を待たず、半ば無理やりに狐玉を彼の心臓の位置へと押しやった。
ゆっくりと、呪いを払い退けるかのように彼へと浸透していく光の玉。
彼の何か言いたげだった顔を見て見ぬ振りし、すっかり狐に戻ってしまった私は呆気にとられる家族たちには目もくれず、逃げるようにその場を後にした。
これで、本当に終わりだ。
少しだけ、と言ったが、力を完全に失っても妖怪は妖怪。
死のリスクが高まっただけで、他の妖怪と同様に寿命は長いままだ。
それよりも、力の全てを渡した彼のことが心配だ。
膨大な力を得ても、扱い切れる器を成しているわけではないのだ。
もしかしたら、妖力だけを狙ってやってくる輩が現れるかもしれない。
その膨大さゆえに、妖気を感じ取った段階では牽制になるはずだが、それを持つのがただの人間だとバレてしまってはそれこそ終わりだ・・・。
妖怪が活発になる夜に出歩くな、とか一言添えて・・・。
ダメだな、私は。いつまでも成長しない。彼とのことはいつも反省ばかりだ。
ただの狐にどこまで出来るか分からないが、これからの彼がせめて平穏に暮らせるよう見守っていく義務が、私にはある。
そう、今までのように、遠くから見守る。
どうか、幸せになって・・・。