lesson4 『始まりの一言』
「では今日はここまで。皆明日からの勉学に励む様に」
まもなく時計の針が正午を指そうという所、先生はHRを切り上げ退室する。
と、同時に先程まで人形の様に座っていただけのクラスメイト達は一斉に立ち上がり、次々と荷物をまとめ教室から退出して行く。
誰一人として言葉を発する者はいない。教室内には、ただ椅子を引く音と彼等の足音だけが響き渡る。
その光景は、まるで統率の取れた軍隊の様だった。
はは、さすがシングル社会だな。
俺が知ってる入学初日とはえらい違いだ。
これが平成の入学初日だったら『ねぇねぇ、折角同じクラスになったんだから番号交換しない?』とか『よし! じゃあ親睦を深める為に皆んなでカラオケでも行くか!』といった具合に馬鹿共による馴れ合いタイムが始まるもんだが……気付けばクラス内に残っているのは俺一人という状況。うん、シングル社会サイコ―。
『はぁ……終わりましたか?』
俺が一人になったのを見計らったかの様に、胸ポケットからアイの声が聞こえてきた。
だが、何処と無く声に力が無い。
「あぁ、今終わったところだ。つーかどうした?」
『いえ、別に……ただ綾乃院長に名前を付けて貰った事を報告してきただけです……』
「ふーん」
『そしたら綾乃院長、急にニヤニヤしだして”早速仲良しだね”やら”お似合いの二人”だの訳の分からない事を……屈辱です』
それでこの落ち込み様って、コイツどんだけ俺の事嫌いなんだよ。
「つーか、あの人本当にこの時代の人間か? 他のシングル社会の人間と温度差あり過ぎるだろ?」
『ええ。間違いなくこの時代の人間ですよ。ただ、よく言うでしょ? 天才の頭の中はわからない。って』
あぁ、なんか妙に納得した。
クラスの連中が凡人で助かったぜ。
俺はふと窓から校門付近を眺め、早々に下校していったクラスの連中を見下ろす。
「ふ、教室に最後まで残ったのなんか初めてだぞ。はぁ……それにしても……」
教室に一人きりになった俺は、慣れない環境で張り詰めていた緊張の糸が切れ、机に突っ伏す様に倒れ込む。
やばい。気が抜けた瞬間、考えない様にしてた”あの欲求”が湧き上がってきやがった。
「は、腹減ったなぁ……」
そう、食欲である。
昨日から何も口にしていない俺の胃袋は既に限界を迎えていた。
『では食堂行きますか?』
「貴重な五〇〇円だぞ? そう簡単に使えるか」
『校内の食堂は無料ですよ』
「何ッ⁉︎」
その言葉に反応し、俺はすぐさま身体を起こす。
「それを早く言えよ! アイ、食堂までの地図出してくれ! 早く!」
『そう急かさないで下さいよ! ほら』
「どれどれ」
校内地図によると、食堂は一階西側の渡り廊下を抜けた先にある様だ。
俺は残りの力を振り絞り、駆けるように教室を飛び出した。
「あれか」
走った甲斐もあり、あっという間に渡り廊下まで辿り着いた俺が目にしたのは、体育館並みの大きさをした別館。
その入り口には【食堂】と書かれた表札があり、入り口付近から中の様子を伺ってみると、ちらほらと生徒達が食事を取っていた。
意外と利用してる奴居るんだな。
まぁ、相変わらず誰も喋ってないからメッチャ静かなんだけど。
取り敢えず食券機を探す俺だが、どこにもそれらしき物が見当たら無い。
直接注文するスタイルなのか?と思い、更に辺りを見渡すが食堂のスタッフらしき人間も見当たら無かった。
『不審者ですか貴方は、何をキョロキョロしてるんです?』
「いや、どうやって注文をするのかなと」
『ほら前方右側に見えるでしょ? あれです』
アイが言った先には、人間ほどの大きさをした長方形型の機械が一〇台ほど横一列に設置されていた。
機械の側面にはアルファベットでA〜Fと表示された六つのボタンと、中央に取り出し口が付いており、その外観からはカップ式自動販売機を連想させる。
『右側に赤いランプがあるでしょう? そこにGカードをかざして下さい』
「Gカードを?」
言われるがままポケットから取り出したGカードを赤いランプにかざすと、6つのボタンの内【F】と表示されたボタンが点灯し始める。
『まぁ、見ての通りですよ。ランクに応じてその日の日替わりランチが食べれるってシステムです』
「おぉ」
早速ボタンを押すと、取り出し口の横にある【しばらくお待ちください】というランプが点灯する。
日替わりランチか、この時代の飯ってどんなんだろ? できたらガッツリしたのが食べたいけどな。
興味と空腹に心踊らせながら待つこと五秒。【しばらくお待ちください】のランプは消え、自動的に取り出し口が開く。が、
「……は?」
取り出し口から出てきたのは、ほかほかの白ご飯と沢庵………だけ。
『どうしたんです? 顔色が気持ち悪いですよ?』
「いやいや、だって……」
『もしかして沢庵嫌いなんですか? 好き嫌いするから低脳なんですよ? まぁでも安心して下さい。明日の日替わりランチはキュウリのお新香です』
「違ぇよ‼︎ 何で漬物だけなんだよ‼︎」
するとアイは呆れた表情を浮かべる。
『はぁ……あの、いい加減そういうリアクションやめません? そんなのFランクだからに決まってるでしょう?』
「でも、こんなの……ッ⁉」
その時、俺の目に止まったのは、隣の機械を利用している男子生徒の指先。
その男子生徒は、俺の一つ上のランクであるEのボタンを押しており、取り出し口から出てきたのは、ほかほかの白ご飯と味噌汁、そして焼き鮭だった。
人はそれを鮭定食と呼ぶ。
「1ランクで、こんなに差があるなんて……」
『Fランクはゴミ扱いですから』
「くッ」
俺はその場で立ったまま白ご飯と沢庵を口に駆け込む。
『ちょっと‼︎ いくらお腹が減ってるからって行儀が悪いですよ!』
そして一瞬で食事を終わらせた俺は静かに口を開いた。
「勉強だ……」
『はい?』
「俺は絶対に次の期末でFランクを脱出してやるッ!」
右手に箸。左手に茶碗という、何とも間抜けな格好のまま、俺は高らかに宣言をする。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「――ハァハァ……階段きちぃ……」
現在の時刻は十三時。既にほとんどの生徒は下校している時間。
そんな中、俺はこのクソ長い階段を肩で息をしながら登っている。
何故こんな事をしているかと言うと、この学校の最上階に位置する図書室に行く為である。
『わざわざ図書館で勉強なんて効率悪いと思いますけどね』
「俺は図書館派なんだよ」
アイが言いたい事も分かる。
勉強ならタブレットやその他の機器でも出来るだろ。と言いたいのだろうが、やはり勉強は本を開いて直接ノートに書き込まなくては身に付かない。
まぁ、今ノート持ってないけど。
そうこうしている内に階段を登りきった俺は【図書室】と書かれたドアの前に辿り着く。
「ふぅ、やっと着いた」
呼吸を整えドアを開けた俺が目にしたのは、押し潰されそうな程の本が陳列されている巨大な空間。
見上げる程の梯子付きの本棚、奥が霞んで見える広々としたフロア。確かに最上階には図書室しかないと地図には記載されていたが、正直ここまでとは想像もしていなかった。
だが無音。
これだけ広いにも関わらず、他の生徒の姿はおろか、図書室を管理している様な人の姿も見えない。
「いいんだよな、入っても?」
『ええ。使用は自由です』
「そうか。じゃあ早速……なぁ、歴史の本がある棚どこかわかるか?」
『歴史? 社会科ですか?』
「あぁ」
最初に取り掛かる教科は社会だと決めていた。
おそらく二〇〇年経とうが、国・数・理・英の基礎は然程変わらないだろう。
だが社会……特に歴史は別だ。
歴史の分野は、毎年教科書の更新が行われる際、僅かながら訂正が掛かる。
二〇〇年なら相当の訂正が掛かっているに違いない。
更に言うと、俺は平成以降の出来事を全く知らない。
つまり今の俺は、まず社会科の歴史から学ばなければ話にならないのだ。
『社会科ゾーンは棚番号二五六〜三五一です』
「えーと二五六……二五六……おぉ、ここか…………ん⁇」
多くの社会科に関する書物が陳列されている棚で、明らかに他の物とは場違いな書物が目が止まる。
「何でこれがここに……?」
時代でいうと平成のコーナー。そこにはに当時の娯楽を目的とした書物、つまり漫画が陳列されていた。
……しかも何故か全て恋愛漫画。
『そんな驚くことですか? これらはこの時代では存在しない文化ですからね。今では立派な歴史の書物として扱われていますよ』
恋愛が文化?
「マジかよ」
まぁ、確かに平安時代の貴族も、自分達の遊んでた蹴鞠が歴史の教科書に載るなんて夢にも思ってなかっただろうし……それと似た感覚か?
「あ」
数多く陳列された漫画の中から、一つ気になるタイトルが俺の目に飛び込んできた。
「これは”君恋”?」
【君に恋してる】通称:君恋
当時連載されていた恋愛嫌いの俺でも名前くらいは知っている超大ヒット恋愛漫画。
それ程の漫画がこの平成コーナーに並んでいるのは何ら不思議では無い。だが驚いたのはその巻数である。
「おいおい、百二十巻って……」
確か当時三十巻ぐらいだったのに……どんだけ話を引き伸ばしたんだよ。
ずらっと並ぶ君恋には、傷はおろか汚れ一つ付いておらず、如何にこの時代の人間が恋愛に興味が無いのかが伺える。
「ん?」
しかし、棚をよく見てみると、君恋の五十巻〜七十巻の間がゴッソリ抜けていた。
この時代にこんな物借りる奴がいるのか?
と、少し気に掛かったが所詮他人。俺は本来の目的通り二〇二〇年以降の本を集め始める。
山の様な本の中から厳選した五冊を手に取り、窓際に設けられた長机が十台ほど用意されている勉強スペースに腰掛ける。
本の内容はどれも興味深いものだった。
平成の人間である俺にとって二〇二〇年以降の史実は、まるで未来の出来事の見ている様に感じるからだ。
――
――――――
『ここに泊まる気ですか貴方は?』
「はッ!」
気付けば時刻は十七時半。
読みふけっていた俺は、夕日で室内が赤く染まっていた事にも気付かず、アイの声で現実に戻される。
「もうこんな時間か、校門閉まってねぇよな?」
『ええ。一応ここも二十時まで使用可能です』
家に帰ってもどうせする事無ねぇしな、時間ギリギリまでここに居るか。でもその前に……
「ちょっと休憩するか」
『では気分転換に外に出てみては? このフロアから屋上に行けますよ』
「お、いいなそれ!」
※ ※
来る時は気付かなかったが、出入り口の横には屋上へと続く階段がある。そこを登り鉄製の扉を開くと、
「おぉ……」
校舎を囲む超高層ビルが夕日により茜色に染まり、何とも幻想的な空間が広がっていた。
ここからの景色は目を見張るものがあるが、当の屋上自体は三人掛けのベンチが数箇所に設置され、屋上を囲む様に安全の為の柵が取り付けられている何処にでもある平凡な学校の屋上だった。
当然ここにも人の姿は無い。
そもそもあのクソ長い階段を登って来る奴なんてそうそう居ないだろう。
「ん~~~っ」
俺はすぐ側のベンチに腰掛け大きく背伸びをする。と、
「…………ん?」
俺の座ったすぐ隣に、先ほど本棚から抜けていた”君恋”の五〇巻〜七〇巻が無造作に置かれていた。
「なんでこれがここに?」
俺が君恋を手に取ろうとしたその瞬間、背後から突然女の声が響き渡る。
「あッ! そこ私の特等席だよ!」
反射的に振り返ると、そこには制服を来た女子生徒が立っていた。
逆光で顔はよく見えないが、肩まで伸びたオレンジ色の髪は夕焼けでキラキラ光り、その華奢な身体からは高校生というより中学生の様に見える。
まさかこのシングル社会で話し掛けられるとは思ってもいなかった俺は、少し戸惑いながらも素朴な質問を投げかける。
「これ、お前のか?」
「うん。そうだよ! まさかキミも恋愛に興味があるの?」
も? 今この女”キミも”って言ったか?
「全く興味無いな!」
「うっそだぁ〜だってキミその本手に取ろうとしてたじゃん!」
そう言いながら彼女はこちらへと近づいて来る。 すると逆光で見えなかった顔が徐々に露わになっていき、そして俺は、
「だから興味無いって言っ…………ッ‼︎」
彼女の顔がハッキリと見えた瞬間、完全に冷静さを失った。
「ぉ……お前はッ‼︎」
それは忘れもしない顔だった。
目の前には、俺をこの時代に連れて来た元凶を作ったあの恋愛女が立っていた。
「て、てめぇ! あの時はよくもッ!」
「え、なになに??」
彼女は訳もわからず焦った顔を浮かべたが、そんな事は関係無い。
俺は彼女の肩を強く掴み、乱暴に言葉をぶつける。
「てめぇの恋沙汰のせいで俺が一体どんな目にあったと思ってやがるッ‼︎」
発する言葉により怒りの感情は更に増していき、比例する様に彼女を掴む手にも力が入る。
「ちょ、何よ急にッ⁉︎……痛ッ……痛いってば!」
「黙れッ! 俺はあの時、お前のせいで……‼︎」
もはや自分では抑える事のできない感情の高ぶりだったが、それを止めたのは胸ポケットからの強烈なバイブレーションだった。
『ちょっと‼︎ 一体どうしたんですか⁉︎ あの時って……この時代に貴方の知り合いが居る訳ないでしょう!』
「はッ!」
その言葉で俺はようやく冷静さを取り戻し、彼女の肩から手を離す。
「……あッ……す……すまん」
何をやってるんだ俺は。普通に考えたらわかるだろ、この女が別人だって事くらい。
「あぁ、もう痛かった!」
彼女はやや怒った表情で自分の肩を撫る。
「本当に悪かった……どうかしてたよ」
「まぁ、別にいいけど。私の身体、意外と丈夫だし!」
「そうか、そう言って貰えると……」
「まぁ、許しはしないけど!」
「え? だって今……」
彼女は笑みを浮かべながら俺に近付き、人差し指を立てながら口を開く。
「それは身体の話! 精神はすんごぉ〜〜く傷付いたの!」
その満面の笑みからは、そんな風には微塵も感じられない。
「さっきキミ言ったよね? "恋沙汰のせいで"って」
ぃ、言ったのか? 正直、我を忘れてたからよく覚えていない。
「聞き間違えじゃねぇか? 俺はそんな事……」
「言った! 間違いなく! こう見えて私、記憶力には自信があるの!」
「仮に言ったとして、それがどうしたって言うんだよ」
「つまり貴方は恋愛を知ってる。って事だよね!」
「ッ!」
まずい、まずい、まずいぞ!
どう誤魔化す? 俺が平成の人間と知られる訳にはいかない。
「はぁ? 恋愛? なんだそりゃ、初めて聞いた言葉だな、ハハハ……」
我ながら厳しい嘘だというのは分かっている。が、今はこの嘘が通用するのを祈るしか……
「ううん。キミは絶対に恋愛を知ってる! 私の勘がそう言ってるの!」
くっ、厄介な女に捕まった。
それにしても何だ、この女のテンションは?
他のシングル社会の住人とは全く違う。まるで綾乃さんを見ているようだ。
ここはひとまず逃げるのが得策だろう。
「すまん、急用を思い出した。さっきは本当悪かった許してくれ! じゃあな!」
そう言葉を投げ捨て、全力でこの場を離れようと階段の方へ向かう。が、彼女は俺の制服の裾を掴みそれをさせない。
「にひひ、ねぇ……許してほしい?」
振り返り彼女の顔を見ると、何かを思い付いた様な含みのある笑みを浮かべていた。
俺はこの表情を知っている。
この顔は二〇〇年前、恋愛女が俺に恋人のフリをさせる事を思い付いた時の顔にそっくりだ。
やばい、猛烈に嫌な予感がする。
「許して欲しいなら一つ、私のお願いを聞いて欲しいな……」
言うな! 聞きたくない!
この顔の先にあるものなんて絶対にろくなもんじゃない。
「――――私に恋愛を教えてッ!」
茜色の空の下、彼女の叫びにも似た願いは屋上に響き渡り……それと同時に、今度こそ独りで生きる。と心に決めた俺の第二の人生は、脆くも崩れ始めることとなる。




