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恋愛義務教育  作者: 真下木
1/6

プロローグ



 ――――私に恋愛を教えてッ!



 茜色の空の下、彼女の叫びにも似た願いは、校舎の屋上に響き渡る。


 これが恋愛を知らない彼女と、恋愛を憎む俺が交わした初めての会話だった。


 自分でも何故こんな事になったのか分からない。

 ここまでの経緯を語るには、まず俺の第一の人生……つまりは200年前のあの日まで遡らなけれならない……



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……ん、朝か」


 ここは都内に位置する住宅街。その一角に《天宮あまみや》という表札を掲げるごく平凡な二階建て一軒家が俺の家。

 その二階の自室にて、俺は第一の人生最後の朝を迎える事となる。


 眠い目をこすりながら壁に掛けてある学生服に袖を通すと、気怠さを抱えたまま階段を降りる。


「はぁ……」


 窓から見えた空は晴天。だが俺のテンションは下がる一方だった。

 その理由は至極単純、学校に行きたくないのだ。しかし今日だけは、そうも言ってられない。

 体育祭、文化祭、修学旅行、様々な学校行事を欠席してきた俺だが、流石に中学最後の行事くらいは出席せざるを得ないだろう。


 気怠さは更に増していき、重い足取りの俺はようやく玄関に辿り着く。と、その時、俺の視界に入ってきたのは、いつもなら気にも留めない、棚の上に置いてある両親の写真。


「……じゃあ、行ってくる」


 言葉を発しても、当然写真の中で微笑む二人からの返事は無い。

 そのまま俺は靴を履き戸締りを確認すると、静寂に包まれた我が家を後にする。



 ※ ※



 基本的に外出が嫌いな俺だが、駅まで向かうこの並木道は嫌いじゃない。

 この時期は桜も綺麗に咲き、尚のこと足取りは軽くなる。


 春の陽気を感じながら歩くこと5分、目的地である電車駅前には、同じ制服を着た人間達が溢れていた。


 俺に話しかけて来る同級生は居ない。俺からも話しかけるつもりも無い。


 そんな俺はやや視線を落としながら改札を抜け、ホームへと足を進める。

 すると、その途中の通路で一人の女子生徒と目が合う。


「あ」

「あ」


 二人の言葉が重なる中、女子生徒はやや気まずそうに口を開いた。


「ぉ、おはよう……ジン君。今日で中学も終わりだね」


 こいつの名は美咲みさき。近所に住む同級生で世間一般的な言い方をすると幼馴染という間柄になる。

 うちの中学で唯一俺に話しかけてくる物好きだ。


「そうだな」


 俺が素っ気なく返答をすると、美咲は何やらソワソワと言葉を選ぶ様に口を開いた。


「あの……もしね、もし用事が無かったらでいいんだけど、卒業式が終わったらクラスの皆んなでカラオケ行くんだ。だからジン君も一緒に……」


「美咲」


「……な、何?」


「気を使うな。俺の事はほっとけ」


「で、でも、私は……」

「ごめーん! 待った美咲?」


 その時、美咲の言葉を遮ったのは、改札の方から手を振り近付いて来る一人の女子生徒。


「ごめんね美咲! 朝の準備に手間取っちゃって!」


「大丈夫だよ友子。私もさっき来た所だし、それにジン君と話してたから」


「げッ、天宮あまみやジン⁉︎」


 友子と呼ばれる彼女は俺の存在に気付いた瞬間、あきらかに嫌そうな表情を浮かべた。


「ちょっと美咲、何でこんな奴と話してるの⁉︎」


「ま、待ってよ、そんな言い方しなくても……」


「だってこいつ評判最悪だよ⁉︎ いつも一人で居て何考えてるか分かんないし、団体行動の時も自分勝手な事ばっかりするしで、美咲も知ってるでしょ?」


「そ、それは……」


「こんな奴と一緒に居たら美咲まで変な目で見られるって! さ、電車来るよ! 行こ行こ!」


「……ちょ、引っ張んないでよ」


 彼女は美咲の手を無理矢理引き、駅構内へと進んで行く。

 その間、美咲は何度もこちらを振り返り、申し訳無さそうな表情を浮かべていた。


 別に他人から悪く言われるのは慣れてるし、そもそもあいつが気にする事じゃない。自分のせいで俺が傷付いたとでも思ってんのか?

 そうだとしたら大きな勘違いだ。

 むしろ俺的には美咲あいつのお節介の方が遥かに鬱陶しい。

 皆んなとカラオケ? どんな拷問だそれ。


され、これでようやくあのお節介から解放された。これでもう顔を合わせる事も無いだろう……と言いたい所だが、何せ目的地が同じなのだ。

 必然的に彼女らの後ろを付いて行く様な形になる。

 まぁ、勿論距離は空けてるが。


「美咲、本当に大丈夫だった? 何もされなかった?」


「だからそんなんじゃないって。皆んなジン君を誤解してるよ。ジン君も昔はあんな風じゃなかったんだよ……」


 

 この距離で微かに聞こえる彼女らの会話からは、美咲が俺のフォローしている内容が伺える。


 ったく余計な事を……ほっとけって言ってんのに、あのお節介め。


「ちっちゃい頃のジン君はね……もっと活発で運動も出来て本当カッコよかったんだよ。それに誰よりも優しかったの……」


「はぁ? あの天宮ジンが? あり得ないでしょ!」

 

「本当だよ! でも6年前……ジン君のお父さんとお母さんがあんな亡くなり方した日からジン君は……」



「――――美咲ぃッ‼︎」


「ッ⁉︎」

「ッ⁉︎」


 駅全体に響く程の大声を発した俺に対し、こちらを振り返った美咲と友人は驚きの表情を浮かべている。が、恐らく一番驚いているのは俺自身だろう。


 何故これほど感情的になっているのか自分でも理解できなかった。

 

 そして一度高ぶった感情は自分でもコントロールが利かず、更に強い言葉を美咲にぶつけてしまう。

 

「お節介もいい加減にしろ! ひとの事ベラベラ話してんじゃねぇよ!」


「……ご、ごめんなさい……」

 

 ……柄にも無い事しちまった。

 我に返った頃には時すでに遅く、美咲は今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。


「ぁ、あんた美咲に何してくれてんのよッ‼︎ 美咲はただ喋ってただけじゃない!」


「その内容が問題だって言ってるんだ」


「はぁ?」


「ヤメて友子! 私が……今のは、私が悪いの……」


「美咲ッ……でもッ!」


「いいの……ね、お願い」


「……ぅ」


 美咲の言葉で何とか興奮が収まった彼女はその場で静止する。


「ジン君も……本当ごめんなさい……」


「……チッ」


 美咲は深々と頭を下げ許しを乞うが、俺は目も合わせず、その隣を無言で横切りホームの方へと向かう。



 くそ、なんだこの感じは、イライラする。

 だから他人と関わるのは嫌なんだ。



 ――ジン君も昔はあんな風じゃなかったんだよ。


 確かに美咲の言う通り、俺はあの日を境に変わったのかもしれない。

 でもそれは、あの日…父さんと母さんが大切な事を教えてくれたからだ。


 両親の死が俺に教えてくれた事……

 他人と関わる無意味さ。

 愛のくだらなさ。

 そして、恋愛の愚かさ。


 だから一人で生きていくって決めたんだ。

 絶対に俺は父さんや母さんみたいな死に方をしたくないから……



 ※ ※



 ホーム内は今の俺の心境とは裏腹に、卒業という雰囲気にあてられた同級生達で賑わっていた。


 携帯で写真を撮り合う者、高校生活の理想を語る者、打ち上げの計画を立てる者、賑わう内容は様々だが、俺はその全てに嫌悪感を感じていた。


 何笑ってやがる。どいつもこいつもヘラヘラしやがって……何がそんなに楽しい?

 分からない。いや、分かりたくない。


 そんな”思い出作り”という愚行をおこなうバカ共をかき分け、俺は誰も並んでいない乗車位置に足を止める。


 だが、その並んだ場所が悪かった。

 隣の乗車位置からは、俺の一番嫌いな類いの会話が聞こえてくる。


「なぁなぁ、卒業式終わったら二人でデートでもしようぜ!」


「もう、いい加減にしてよ! それはこの前はっきり断ったよね?」


 そこには同じ制服を着た、いかにもチャラそうな茶髪の男子生徒と、ショートヘアの明るめの髪をした女子生徒が、何やら恋愛絡みの会話を繰り広げていた。


「いやいや~今日は卒業式だぜ? きっと思い出に残るデートが出来るって!」


「だから、嫌だって……」


「そんな事言うなよ、な?」


 ……最悪だ。よりによって恋愛脳の馬鹿共の隣に並んじまうとは、とことんツイてない。


「それに来月から高校生になるんだし彼氏作っといた方が友達に自慢できるよ!」


 あぁ、うるさい。

 なんで恋愛脳の奴らはこうなんだ?

 恋人を作る事の何が自慢になるのか俺には1ミリも理解できない。


 チャラ恋愛女れんあいおんなの雑音を遮断しようとイヤホンを付けるが、それでも奴らの頭の悪い会話は完全に塞ぎきれない。


「だからデートはしないって! 本当しつこいな!」


「頼むよ! 俺は本気で惚れてんだよ!」


 俺ちょっとやばいかも、これ以上ここに居たらストレスで死ぬかも。

 我慢の限界を迎えた俺は、別の乗車位置に移動しようと体の向きを変える。


「デートはしない! 付き合ったりもしない! 以上! それじゃあね!」


 だが、それとほぼ同時に恋愛女もチャラ男から逃げる様に方向を変え、タイミングが悪い事に俺たちの身体は軽くぶつかってしまう。


「……ぁ、ごめんなさい」


 恋愛女はすぐに謝罪の言葉を入れ、軽く会釈をする。

 恋愛脳の馬鹿とはいえ、最低限の礼儀は知っている様だ。

 と、どうでもいい事を考えていると、諦めきれないチャラ男が「ちょっと待ってくれよ!」と食い下がる。


「もう、本当しつこい……あ!」


 その時の恋愛女の表情は印象的だった。突然何かを思いついたかの様にニヤリと笑ったかと思ったら、急に俺の腕を掴み、とんでもない言葉を口にする。


「…実は私、この人と付き合ってるんだ! だからデートには行けないの!」


「は?」

「は?」


 俺とチャラ男の声が重なる。

 チャラ男は完全に思考が停止した様な表情を浮かべているが、それは俺も同じ事。

 この恋愛女れんあいおんなは何を言ってるんだ?

 俺は『ふざけるな』と、一喝しようと口を開きかけるが、先に口を開いたのはチャラ男の方だった。


「じょ、冗談よせよッ! こんな地味で暗そうな男が彼氏⁉︎ ありえねぇだろッ!」


 ほっとけ。

 つーか何だこの茶番は⁉︎


 恋愛女の手を振り払おうと腕に力を入れるが、それを察した恋愛女は更に力強く俺の腕を掴み、耳元でボソリと呟く。


「……お願い。もうちょっとだけ合わせて」


 は? 合わせろ?

 ……あぁ、なるほど。理解した。大方このチャラ男を諦めさせる為に一芝居打ってくれって事だろうが、わざわざ付き合ってやる義理も無い。


 状況を説明してさっさとこの場からおさらばしよう。

 と、チャラ男の方へ視線を移すと、身体を震わせ何やらブツブツと言葉を発している。


「……そそ、そ、そんな…俺…の2年間の想いが……ここここんな……こんな奴に……‼︎」


 見掛けによらず一途だなこいつ……ってそんな場合じゃない! よく見たら目の焦点が合ってないし何だかヤバイ雰囲気だ。これは早々に誤解を解かねぇと……」


「いや、ちょっとあんた話を聞……」


「うるせぇ――ッ‼︎ 何でお前がッ‼︎ 何で俺じゃないんだッ!」


 そう叫びながらチャラ男は俺の喉元を強く握り締める。


「ぐッ……ちょっ……だか…ら……話を……聞け……」


「黙れ! 黙れ! 黙れ! お前の話なんて聞きたくないッ!」


 ヤバイ、こいつ目がイッてる。このアホ、勘違いしやがって。


 俺が喉元を捕まれ声が出せない以上、この状況で誤解を解けるのはあの恋愛女だけだ。が、その恋愛女はというと、軽いパニック状態に陥っているのか口元に手をやりオタオタとしている。


 クッソ、使えねぇ。他に誰か……


 辺りになんとか視線を向けてみると、この騒ぎに気付いた生徒達は野次馬の輪を作っていた。しかし、それだけで、何もしようとはしない。


 バカ共が、見てねぇで助けろよッ!


 野次馬とチャラ男の発狂した声で騒めく駅構内。

 そんな中、俺の耳に聞こえてきたのはタイミング最悪の構内アナウンスだった。


『まもなく二番線に特急電車が通過致します。危険ですので黄色い線の……』


 ま、まずいッ!

 俺たちが掴み合ってるのは線路際ホームギリギリ。


「オイッ……まじで……シャレに……なんねぇぞッ……」


「お前が彼氏なんて俺は許せねぇ! 絶対にだッ!」


 できる限りの声を振り絞るが、興奮しているチャラ男には全く届かない。


「ちょっと、いい加減にしなさいよ!」


 そこで声を張り上げたのは、先程までオタオタしていた恋愛女だった。


「聞いてるのッ⁉︎ 電車が、電車がそこまで来てるの! 冗談じゃ済まないんだよッ⁉︎」


 恋愛女はチャラ男の腕にしがみつき必死に止めようとする。

 どうやらこいつもアナウンスが聞こえた様だ。

 が、いくら声を張り上げようと興奮状態のチャラ男にはやはり届かない。


 ホームの騒音に電車が近付く音も混じり始め、いよいよ状況が緊迫する中、恋愛女は更に声を張り上げ言葉を吐き出す。


「いいから話を聞いて! 本当はその人、私の彼氏なんかじゃ……」


「うるせぇ――――ッ!!!」


「キャ‼︎」


 今にも電車が来そうな最悪のタイミングで、チャラ男は勢いよく恋愛女を突き飛ばす。


 その方向がホーム側なら問題無い……だが、恋愛女が飛んだのはその逆。


 その時、俺の視界に映ったのは、恋愛女の身体がホームから離れ線路の上空に舞い、その奥には勢いよく電車が迫っている絶望的な光景だった。


「――クッソォ……‼︎」



 今思えば、何故俺はあんな事をしたんだろう?



 時間にすれば一瞬だった……

 気付けばチャラ男の手を振り解き、咄嗟に飛ばされた恋愛女の手を掴んでいた。


 そして力一杯その手を引っ張り、恋愛女をホーム側まで引き寄せる。

 が、その反動で俺の身体は恋愛女と入れ替わる様に線路上空へと投げ飛ばされてしまう。



「――――ッ⁉︎」



 ……なんだ? まるで世界の時間が止まって見える。

 これが、走馬灯ってやつか……?


 今の今まで騒がしかった駅構内は静寂に包まれており、目の前の電車までもが止まって見えた。


 しかし、よく見ると、その鉄の塊は確実に俺の命を奪おうとジワジワと近付いている。



 俺は死ぬのか……?



 はは、ったく何だよ……

 父さん達みたいになりたくないから、誰とも関わらず一人で生きた来たのに……


 それなのに、よりにもよって他人の恋沙汰に巻き込まれて死ぬなんて……俺の人生いったいどうなってんだよ。


 ……本当、最悪だ。

 俺は恨むぞ、他人を――――恋愛を……



 そして次の瞬間、ホームには人間と電車が衝突する嫌な音が響き渡る。




 こうして俺の第一の人生は、恋愛を憎みながら終わりを迎えた。

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