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7話 ~ばっちいハーピー~

「で、どうすんだこれから」

「どうするって、何をですか?」

「この子だよ。誰が面倒みるんだ?」

「あなたしかいないでしょう!」

「やだよめんどくせぇ。お前といることすらめんどくせぇのに」

「ひどい!」



 渚の診療所。

 午後の太陽が射し込むその部屋の中で、渚とケイトリンが激しい口論を繰り広げている。

 

「だって! かわいそうじゃないですか! 親御さんがいなくなって、天涯孤独ですよ!? 力になってあげようとは思わないんですか!?」

「俺がお前に頼まれたのは、この世界で看護をするってことだけだ。里親になれなんて一言も言われてない」

「あ、じゃあ看護はしていただけるんですね!」

「……」


 口論というか、漫才というか。

 とにかく緊張感のかけらもない口論を繰り広げる二人から少し離れたところに、先ほどのエルフの少女が突っ立っていた。

 彼女はおろおろとすることしかできず、気まずそうに部屋の隅で縮こまっている。


「そもそも、下着ドロの娘をかくまってる事になるわけだろ? いいのかこれって」

「そうですけれども! 彼女自身にはなんの罪もありません!」

「まぁそうだけど、世間体ってものがさぁ……」





 二人の口論を遠巻きに見守るエルフの女の子。

 彼女の父親は、『娘をダシに下着コーナーへと侵入し、そのまま万引きをする』という女性下着だけを狙った万引きの常習犯だったのだ。

 彼らがこの街に来たのはつい最近らしく、街の人々は彼が下着ドロだとは気づかなかったらしいのだが、騒ぎを聞きつけて駆け付けた衛兵が、道にうずくまってせき込む彼を見た途端に剣を抜き放ち、ひっ捕らえたのだ。


 今までほかの街で何度も下着ドロを繰り返し、指名手配されていたらしい。

 下着ドロで指名手配されるってどんだけだよというツッコミは、ここでは割愛させていただく。


 


 彼の娘である彼女はロクデナシ親父に利用されていただけであるために無罪放免となったのだが、当然父親はその場で逮捕。

 そのまま街の拘置所へと引っ張られて行ってしまったのだ。


 当然、彼女はひとりぼっちになる。

 町の人々も彼女に同意や哀れみの視線を向け、やさしい言葉を投げかけた。

 だが誰一人として、その後の彼女の生活について触れるものはいなかったのだ。


 所詮、他人は他人。




「あの……!」


 言い争いを繰り広げる二人に、エルフの少女が声を投げかけた。

 勇気を振り絞って、声も振り絞って、やっと出てきたかのようなか細い声。


 だけど、その次の言葉は室内にしっかりと響き渡る力強いものだった。


「私を、ここで雇ってはいただけないでしょうか!」


 言い争いを繰り広げていた二人が顔を見合わせる。

 

「雇うって、ここが何だかわかってるのか?」


 試すように、渚がそう問う。


「診療所かなにかですよね? それも、遠い異国の技術を駆使した」


 渚はそのエルフの少女の言葉に、感心したように眉を動かす。


「ほほう。見たことのない技術だということからそこまでは想像できるか。あの状況のなかで大した観察力だ。まぁ、そうだな。診療所ってことには変わりないが、どこまで言っていいんだケイトリン」

「別に何も隠さなくていいですよ?」

「ずいぶん適当だな……」

「お願いします! ほかに行く当てがないんです! 皿洗いでも掃除でもなんでもします! なので、どうか……!」


 深く頭を下げるエルフの女の子。


「まいったなぁ……。グータラなにもせずにただ寝て過ごそうと思ってたのに……」

「ちょっと渚さん。しっかり仕事してください」


 心底めんどくさそうに頭をひっかく渚。

 当然、ジト目なケイトリンに鋭い突っ込みを入れられる。


「そうだなぁ。じゃあ家事全般をやってくれるならここに住んでもいいよ。その代わり食い扶持は自分で稼いできてね」

「えっ? ここで雇ってもらうわけにはいかないんですか……?」

「よくよく考えたら、俺今んとここの世界での収入源が無いんだよね。だからお賃金を払いようがない」


 大げさに肩を広げながら、ソファーへと腰かける渚。


「ケイトリン。俺の体がアレってことは別に食費とかなにもいらないわけでしょ? じゃあ俺はこの世界で金を稼ぐ必要もない訳だ」

「そう……なりますね。しっかり看護は提供してもらいますが」


 渚は、これ以上の自殺を防ぐために不老不死の体にされている。

 つまり、生きていくために必要な栄養などを外部から補給する必要もないということだ。


 となると、働いてお金を稼いで食べ物を入手し、食いつなぐという行動そのものが不必要になる。

 お金を稼ぐ必要がなくなる。




「ケイトリンはどういうつもりだったの? 俺にこの世界で看護をさせて、患者から金をもらうつもりだった?」

「いえ、そこは渚さんの判断に任せようと思っていました。あまりにも高額でなければ、お金をとっても不自然ではないですし。あ、でもあまりにも高額な医療費を請求する場合はちょっとお仕置きですけど」


「その話をするってことは、今まで俺みたいに異世界に呼んだ医療従事者のなかに、ボッタクリ野郎がいたってことか。この世界の医療の実態がまだよくわからねーから突っ込みは入れ辛いけど」

「はい。少なくない人数が。今はきつーいお仕置きをして真面目に働いてもらっていますが」



「聞くけど、この世界に医療保険とかは無いよな?」

「皆無です。すべて患者の実費負担。だから、医療を提供する側はやりたい放題なんです。なんの効果もないインチキを提供して、それこそ税収の一年分近い報酬を要求したりする。そういうゲスが、この世界にははびこっているんです


 渚のいた世界では、医療保険制度が充実している。

 基本的に税金をきっちりと納めていれば、診療や治療にかかった費用の三割負担のみでその医療を受けることができるという制度だ。

 まぁ実際にはもっと複雑で、高額医療とか高齢者医療とか複雑に絡み合ってくるのだが、普通の成人が普通に病院にかかれば基本は三割負担だと考えてしまって問題ない。


 医療保険制度で患者が三割負担ということは、残りの七割はどこから支払われるのか?

 それは当然、国である。税金から払われるのだ。


 だから、病院もしっかりとした医療を提供しなければ、国からその七割を受け取ることができない。

 ゆえに、技術の差はあれど、基本的には一定のレベルの医療をどこの病院でも受けることができるのだ。

 


 それが無いということは、医療を提供する側は自分たちの度量で物事を決めることもできてしまうということだ。

 特に、広範囲に、全ての医療機関を監視する機関や制度が発達していない、この世界のような環境では。

  


「胸糞悪い話だ。だから、俺みたいな人間が必要だと」

「そういうことです」


 二人がなんの話をしているのか全く分からないといった表情をしていたエルフの少女は、耐えかねたように突然床に自身の頭をこすりつけた。

 突然の彼女の行動に、二人も驚いて目を見張る。


 涙を含む揺れた声で、エルフの少女は言い募った。



「お願いします! 雑用でもなんでもします! だから、だから……!」

「んー……」

「渚さん! ここで追い払っちゃったら、彼女は路頭に迷うことになるんですよ!?」



 ――正直、クソめんどくせぇんだよなぁ。この子雇うってこたぁお賃金払わなきゃで、つーこたぁまじめに診療所経営しなきゃいけないってことで……。――


 この期に及んで渋り続ける渚は、そんなことを考えながら腕を組む。

 なにかあった時は率先して動くくせに、本当にめんどくさい男である。



 でも、こんないたいけな少女を路頭に迷わせることになるというのは、男としてどうなんだろうという考えもあるにはあっただろう。

 それが決め手になったかどうかはわからないが――



「あ、そうだ」


 ――突然、何かをひらめいたように立ち上がる渚。


「なぁケイトリン。この子に俺の技術をいろいろ教え込んで、そいでこの子に医療を提供させるってのもありだよな?」

「え、えぇ。それは大いに歓迎します。この世界の人間に高度な医療技術を持ってもらうことで、医療レベルの底上げにもなりますから」

「じゃあ、雇ってあげる。その代わり、君にも俺がさっきやったみたいな、人を救ったりする技術をみっちり教え込んで、俺の仕事を手伝ってもらう」

「い、いいんですか!? あんなすごい技術、私にも教えていただけるんですか!?」


 パアッと明るい笑みを浮かべ、飛び上がるほどの喜びを見せる彼女。

 渚は彼女の頭にポンッと頭をのせつつ、疲れたような笑いを浮かべた。


「でも、ここも開設したばかりなんだ。しばらくはお客も来ないだろう。それでもいいかい?」

「雇っていただけるなら、なんでも!」


 嬉しさのあまり、涙をこぼし始める女の子。

 顔を手で覆い泣きくずれる彼女をソファーに座らせながら、渚は悪い笑みを浮かべていた。

 そんな彼女に、ケイトリンがジト目のまま問いかけた。


「……渚さん。今何を考えてます?」

「この子に教え込んで全部仕事させて、おれはグータラする」

「やっぱり……。でもまぁ、実際の患者さんが来たら渚さんは我を忘れて患者さんのために全力をつくしちゃう人なので、無駄な努力だとは思いますけど」

「それでも、休めるときには休みたい。できれば働きたくはない」

「はいはい。言っててください」


 円満に物事が進み始め、室内の空気もどこか柔らかいものになる。

 ケイトリンは渚に苦笑を残しながらも、泣き崩れるエルフの少女の隣へと座り込み、やさしく肩を撫で始めた。


「そういえば君、名前は?」

「モナカ……モナカ・ウィルソンです」

「美味そうな名前だな。私は渚。こっちは毛糸。よろしくなモナカ」

「人を糸くずみたいに言わないでくれますか? 私はケイトリンです。よろしくねモナカ」

「よろしくおねがくっさ!!!!!!」

「どうしたのモナくっさ!!!!!!」


 突然、モナカが鼻を抑えて悶絶し始めた。

 次いで、ケイトリンも鼻を抑えて顔面蒼白になる。


「はぁ? お前ら突然なにくっさ!!!!!!」


 入り口から一番遠い位置にいた渚の鼻にも、その臭いが届いたらしい。

 ドブにタバスコを混ぜて、くさやのエキスとシュールストレミングを混ぜたような、そんな刺激臭。


 すこし鼻に入るだけで粘膜が焼けてしまうのではないかと錯覚するほどのその強烈な臭いが、突然部屋のなかを覆い始めたのだ。


「おいケイトリン! 屁ェこくなよ! くせぇよ!」

「失礼なこと言わないでください! 私じゃありません! それに、こんなくさい屁なんてあり得るわけないでしょう!」

「わ、わたひでもありまひぇん!」


 その時、入り口の向こう。街の通りがにわかに騒がしくなり始めた。

 そう、なにか、恐ろしい何かがこちらに向かってきているような。そんなパニックの、喧噪。


「お、おい。これ化学兵器かなんかなんじゃねぇのか!?」

「この世界にそんな高度な兵器があるわけないじゃないですか! っていうか、くっさ!! なんなんですかこの臭い! お父さんの足より臭いです!」


 だんだんと、騒ぎがこちらへと近づいてくる。

 逃げ惑う街の人々の姿がガラス窓超しに見て取れ、彼らは一様に鼻を抑えながら全力疾走でその何かから逃げている。


「お、おい。こっち来てるよな? 逃げた方が良いんじゃないか? 俺不老不死って言っても、戦えるわけでも何でもないんだろ?」

「逃げるってどこにですか!?」


 そんな押し問答をしている間に、何者かが診療所の入り口で足を止めた。

 刺激臭は、いっそうその強さを増している。


「あのー」


 ドアの向こうに立つ何者かが、控えめなノックを二回ほど。


「も、もしかしたら逃げ遅れたのかもしれん。おい毛糸! お前見てこい!」

「ひ、ひどい! 渚さん男でしょう!? 女の子にそういうことさせるんですか!?」

「え!? 渚さん男なんですか!?」

「あぁもうややこしい! ちょっと黙ってろ!」


 やいのやいのと言い合う三人。

 そんな三人を気に留めることもなく、ドアの前の何者かはゆっくりとドアをあけ放つ。


「すいませーん」


 その途端。


「うっ……!」

「オエェッ……」

「ふぐっ!」


 悪臭が、ひときわ強烈なものになった。

 というよりも、その悪臭のもとが、部屋の中へと入ってきたと言うべきか。


「ここで、調子が悪いところを見てくれるって聞いたんですけどー。なんでも息を詰まらせたエルフを生き返らせたとかー」


 どこか間延びをした口調で、かまわず部屋の中へと侵入してくるそれ。

 一言で表すのならば、ハーピー。


 両手が鳥の羽になり、腰のあたりからは長い尾羽。

 足は洋服に隠れて良く見えない。


 エルフがいるんだからハーピーがいてもおかしくはない。

 だが問題は、そこではない。


「体中かゆくって、どうにかしてほしいんですけどー。いいですかねー?」


 そのハーピーは、ゴミ収集所にでも墜落したのかと聞きたくなるほどに、ひどいものだった。

 全身汚れ、汚れ、汚れ。


 美しい色合いではあるものの、その羽にはゴミやらなにやらが引っかかり、電線に引っかかったタコみたいになっている。

 そしてさらに、伸び放題の頭髪。


「クソッ、エルフの次は鳥人間かよ……! モナカのことも、この世界のことまだ何にもしらねぇのに!」


 生活基盤すら整っていないこの状況で、再び舞い降りた大問題。


 それは、近づくと臭いで失神すらしてしまいそうな、この世の終わりとでもいえるほどに汚れたくっさいくっさいハーピーの少女だった。




八話に続く。





 





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