1話 ~このまま安らかに眠らせてはくれないんですか~
自身の職業を生かしたものを書いてみようと思い、不定期ですが書いていきたいと思います。
「神崎渚さん。あなた、首つり自殺を行いましたね? にしても、なんだか女の子っぽい名前ですね……」
「えぇと……、はい。確かそうだったような気がします。あとそれ、よく言われます」
どう形容すればいいのだろうか?
一言で表すのならば、事務室。
なんの変哲もない事務机が一つと、パイプ椅子が二つ。
窓はなく、この部屋を照らすのは頼りない蛍光灯の灯りが一つだけ。
部屋の隅に置かれた観葉植物が、日の光を求めるかのように大きく葉を開いている以外は、まったく色気のないさみしい空間だった。
「なぜ、首つり自殺を?」
「えぇと、もう生きるのがめんどくさくなって……」
そのさみしい空間、事務机を挟んで対面するように置かれたパイプ椅子に、女性と男性がそれぞれ二人、腰かけていた。
両名とも、ピシッとしたリクルートスーツ姿。
まるで、面接官と就学生のような雰囲気だ。
「あなたの職業は、看護師。で間違いありませんね? 神崎渚さん」
「はい、そうですけど……」
神崎渚と呼称された男性は、見たところ二十代半ば。
はっきり言ってパッとしない印象を受けた。
どこにでもいる普通の大学生、と表現しても過言ではないほど、これと言った特徴がない。
そんな彼は、短い黒髪をバリバリとひっかきながら対面の女性をじっと見つめている。
「あの、えぇと……」
突然、渚が自身の目の前で書類とにらめっこしている女性に、申し訳なさそうに声をかけた。
その女性も、見たところ二十代半ば。
こちらも、あまりぱっとしない印象を受ける女性だった。
銀縁メガネに、長い茶髪。ほっぺたにはそばかすが点々と存在し、目の下には大きなクマ。
完全に、貫徹空けのOLそのものだった。
「はいはい、どうしましたか?」
女性は書類からひとまず顔を上げ、その不健康そうな顔に事務的な笑顔を浮かべて渚を見やる。
「俺、死んだんですよね? あの、ここ、どこですか? それと、あなた、どちら様でしょうか……」
「えーとですね、ここは死者転生適正判断事務所というところでして。あ、申し遅れました。わたくし、こういうものでございます」
女性は懐から名刺ケースを取り出し、その中の一枚を彼へと手渡した。
「これはこれはどうもご丁寧に……」
日本人の性だろうか。
ヘコヘコと頭を下げながらそれを受け取る渚。
「えぇと、医療従事者異世界転生斡旋士、ケイトリン……?」
眉をひそめて名刺に目を落とす渚に、ケイトリンは続けた。
「さようでございます。わたくし、医療従事者を異世界に転生させる際の事務手続き等を行っているものです。いや、あなたの世界でもそうでしたが、どこの世界でも医療従事者が慢性的に不足しておりましてね」
「は、はぁ……」
「あなた、あの世界での生活が嫌になって自殺という手段を取ったのですよね? でしたら、悩みの原因がない他の世界でその医療知識を生かしていただけないかと思いまして」
そう言いながらケイトリンは、渚に一枚のパンフレットを手渡した。
そこには、いかにもフリー素材と言った感じの安っぽい男の子のイラストと、『求む! 医療従事者!』
との文字がデカデカとプリントされていた。
渚は眉をひそめながらも、とりあえずページをめくる。
「えーと、あなたの医療知識、他の世界で生かしてみませんか。現在どの世界でも、専門知識を持つ医療従事者が不足している状況です。そこでこのプロジェクトは、本来あなたが生活していた世界より快適な世界にあなたを転生させ、そこであなたにはストレスのない生活を送ってもらいつつあなたのもつ医療知識を最大減発揮してもらおうという……なんか頭の悪い言い回しですねこの文」
辛辣な渚の評価に、ケイトリンがガクっとうなだれた。
看護師は、業務の中に『看護記録』というものが存在する。
その日受け持った患者さんの情報、行った看護行為等を、数値や文として記録するのだ。
これは他ナースや他部署との情報の共有という目的が大きく、すなわち誰が見ても、その文面からまったく同じ情報を読み取ることができるような文を書かなければいけないのである。これができなければ、プロの看護師としてやっていくことはできない。
しかし酷評を受けてなお、ケイトリンは気を取り直したかのように顔を上げ、さらに続けた。
「とにかくですね! 神崎渚さん! あなたの看護師としての技量を必要としている異世界があるのです! どうか、その世界に行って人々を助けていただきたいのです!」
彼女の本気さが伝わってくるような熱弁。
瞳に宿る光も、本心からの言葉であることを裏付けるようだった。
「あなたは看護師という職業を選んだ! 患者さんに言ってもらえるありがとうが、一番うれしいはずです! あの世界では苦しくて自殺をしたかもしれないけれど、次の世界では何の不自由もない生活を送れることも保証します! ですので、どうか……!」
ケイトリンが、深々と頭を下げた。
渚は、物思いに耽るような顔をしながら、再び短い黒髪をひっかく。
そして、パンフレットの端を指ではじきながら、やがて――
「お断りします」
――輝くような笑顔で、そういってのけたのだった。
2話に続く。