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サウンド・シーン  作者: 災人
3/3

~虚無の絵、想いの歌~ 第二章『曇天模様』

「……なぁ…… 」



「ん? 何? 」



「取り敢えず、離してくれないか? その手…… 」



「えっ、あぁ…… ごめん」



彼女の手が頬に触れた瞬間、僅かではあるが周りが消え、音が消え、彼女…… 芽衣華だけが俺の世界になった。


だが俺は、その世界から逃げようと、芽衣華に手を離す様、伝える。


そう…… 俺にとって、その世界は、余りに異質過ぎたのだ。


これまで、俺が今まで見てきた世界とは、まさに真逆と言える世界。


それが彼女と見ていた、束の間で、輝かしい世界だ。


でも、俺の本来の世界…… 日常は、そんな世界とは掛け離れていて、その場に慣れてしまっていた俺には、彼女の世界が…… 彼女自身が眩しく感じていた。


故に俺は、その世界から自分自身を突き放す。


その切っ掛けが例え、些細な事だとしても、そこには存在、出来ないと知っているから…… だから俺は、彼女も突き放そうとしていた。



「そろそろ、服も…… 」



乾いてるんじゃないか、そう話を切り出しては、別れる様、話を持っていこう。


そんな事を考えていた俺だったが自らの頭の上に、何かが当たる。



ポタッ…… ポタッ……



「これは…… 」



「雨? 」



ふと空を見上げると、先程の青空が嘘みたいに、様変わりしていた。


曇天模様、青空から、灰色に変わっている空を見上げていると、時折、雫の様なものが落ちてくる。



「これは…… 降って来るな」



「うん…… 私、傘なんて持って来てない。どうしよう…… 」



「どうしようも何も、丁度、服が濡れてるから、お前に、とっては都合が良いだろ? 」



「あっ、ヒドイ! 私、これでも女の子なのに! 」



「おっと! 自覚は、あったのか…… でも、もし自分の事をそう思ってるなら、今の格好を少しは、恥じた方が良い」



「何よ、それ! 失礼しちゃうわね…… って、キャアッ! 」



俺に指摘された芽衣華は、自分が着ている服を見て、思わず赤面する。


今更ではあるが服自体、未だに乾いていない為、その服の一部分が透けて、着ていた下着の色が一部、露になっていたのだ。



「ちょっと…… もしかして、これ…… さっきから、ずっと? 」



「さぁね…… 俺も、気付いたのは、ちょっと前だし…… 」



まるで、睨み付ける様、視線を飛ばして来る芽衣華。


そんな芽衣華から、俺は、咄嗟に視線を逸らす。



「この、変態! 何よ! 自分だけ楽しんで…… 」



「ハァ? 人聞きの悪い事を言うな! 何で、お前を見て楽しまなきゃ行けないんだよ! 大体、自分の事だろ? それくらい自分で気付け! 」



「気付く訳、無いでしょ! 言っとくけど、こっちは見えないんだから! 」



「そうじゃねえよ! 着てる服が濡れたら、どうなるかくらい、把握を…… 」



ポタッ…… ポタッ……



すると、互いに言い争う二人の間に、割って入る様、空から雨粒が落ちて来る。



「…… これは、言い争ってる場合じゃないな? 」



「うん…… 私も、そう思う…… 」



途端、冷静になっては、同じ様に空を見上げる二人。


そこには、辺り一面に広がる、曇天模様の空が見えていた。



「因みに、結斗は、傘…… 持ってるの? 」



「いや、持って来てはいない。でも…… 」



「でも? 」



「俺が住んでるマンション…… この近くだから、今、帰れば、恐らく濡れずに済む」



「えっ? 」



俺の言葉に、時が止まった様な、反応を示す芽衣華。



「…… ずるい…… 」



「何? 」



そして、俯いた芽衣華は、その場で、微かに言葉を溢す。



「ずるいよ! そんな結斗ばかりに、都合の良い展開! 私なんて、ヌレヌレのスケスケで、この後、ビショビショになっちゃうのにぃ! 」



突然、癇癪を起こした子供の様に、喚き散らす芽衣華。



「お、おい…… 取り敢えず、落ち着け。つーか、ちゃんと言語化してくれ…… 」



(こいつ、 さっき歌ってたのは、何だったんだ? キャラが違い過ぎる…… )



幻が滅すると書いて、幻滅と呼ぶがその言葉通り、俺の中にある歌っていた時の、芽衣華の幻は、目の前にある現実に、ものの見事、滅されてしまう。



(チッ、仕方ない。ここは、こうするしかないか…… )



「オイ! 」



「ふぇ? 」



「行くぞ! 着いて来い…… 」



「えっ! 何? 急に、どうしたの? 」



唐突な言葉に、流石の芽衣華も、我に帰ると、戸惑いながら、今にも降り出しそうな空の下、俺の後を着いて来る。



「ねぇ、何処に行くの? 」



「お前、雨を凌ぐ当てが無いんだろ? 」



「そ、そうだけど…… それがどうしたのよ? 」



「なら貸してやる。俺の傘を…… 」



「へっ! でも持って来てないんじゃ…… 」



「だから取りに帰るんだよ。言ったろ? 俺の住んでるマンション、この近くだって…… 」



「良いの? 部屋に行っても? 」



「勘違いするな。傘を貸すだけで、部屋には入れん! 」



「エェー…… ケチ! 」



「煩い! 嫌なら、別に着いて来なくて良い」



「ムゥー…… 人の足元、見て…… 」



「何だよ。不服か? 」



「…… 分かったわよ。それじゃあ傘、貸して」



「分かれば良い。それじゃ、行くぞ」



そう言って、俺と芽衣華の二人は、歩き始めた。


だが俺の後ろを着いて来る芽衣華の表情は、どうも不機嫌そうだ。


すると、しばらく歩いた地点で、芽衣華は、ふと何かを思い付いた様に、話し掛けてくる。



「ねぇ、結斗? 」



「何だ? 」



「もしかして、部屋に入れないのって、親がいるから? 」



(こいつ…… 部屋に入る事、諦めてないな…… )



「…… 何で、そう思う? 」



「だって、よくある話じゃない。親が変な事、言うから会わせたくないとか、色々、詮索されるから嫌だ、とか…… 私の友達にもいるよ! そういう子…… 」



(? よくある話か? )



「…… 別に、そういう理由で、入れない訳じゃない。それに、そもそも部屋には、俺一人しか住んでないしな」



「エェ! 一人暮らしなのぉ? 」



俺の言葉を聞いた芽衣華は、驚いた表情を浮かべ、声量が急激に上昇する。



「煩いなぁ、何をそんなに驚く必要がある? それこそ、よくある話じゃねぇか…… 」



「いや、そうかもだけど…… それじゃあ、家族とは離れて住んでるの? 」



「…… 」



僅かな時間だったが芽衣華の言葉に、結斗は、その場で黙り込んでしまう。



「…… そうだな。家族とは、一緒に住んではいないな」



「そう、なんだ…… 」



(何だろう…… 何か、変だ…… )



この時の結斗の表情に、私は、違和感を抱かずにいられなかった。


言葉を返しながらも、私ではない、何処か、遠くを見る様な視線。



(何か、気に障る様な事、言ったっけなぁ…… )



互いの、これまでの会話を思い返しても、どうも、思い当たる節が見当たらない。


そう思った私は、思い切って、結斗に、尋ね様としてみる。



「あの…… 」



『私…… 何か、変な事、聞いちゃった? 』そういった言葉が口から出掛かった瞬間だった。



ザァー……



奇しくも、といったタイミングで突如、降り始める雨。


いつ、降り始めても、可笑しくないという状況ではあったがその降り注ぐ雨量は、かなりのもので、せっかく乾いて来ていた私の服も、その一降りで、以前の状態に逆戻りしつつあった。



「オイ! 走るぞ! 」



「う、うん! 」



そんな中、私は、結斗に連られながら走り始める。


仮に、この雨がもう少し弱く、手を繋ぎ、笑いながら走れたなら、どれ程、ロマンチックなワンシーンになっただろう。


そんな事をゆっくりと、考えてみたい気もするが実際の状況は、豪雨とまでは行かないものの、かなりの本降りで、しかも有無も言えない程、全力で疾走している最中だった。


必死に、結斗の背中を追いながら走る私。


そんな結斗も、私の方に振り向かず、必死に走っていたがやがて、その口から、待望の一言が溢れる。



「…… 着いたぞ。ここだ…… 」



「ハァ…… ハァ…… 」



そこまで長い距離では無いにしろ、急いで走れば、息も切れるというもの、それに服も濡れているからか、かなりの不快感が私の体を包んでいた。


でも、結斗の言葉に私は、顔を上げる。



「ここって…… 」



そこに見えたのは、大きな屋根付きの玄関だった。


透明なガラスが貼ってあり、中には、オートロックを解錠する為の認証端末が見える。


だがその玄関よりも気になるのは、実際に、聳え立っている建物の大きさだ。


超高層マンション、とまでは行かないが目測で、およそ十数階程の高さになる。


しかも辺りには、このマンションに匹敵する高さの建造物が見当たらない為、周りから見て充分、目立つ建物の一つと言えるだろう。


そんな建物の中へと、入って行く結斗は、自らのポケットから鍵を取り出し、端末に触れる。


そして、その鍵を使い、玄関のオートロックを解錠した。



「オイ、入れよ」



「う、うん…… 」



扉が開き、結斗に呼ばれるがまま、私は、マンション内に入って行く。


そして、エントランスを通り過ぎ、エレベーター前で、エレベーターが来るのを待っていた。


その間、二人の間に静寂が訪れる。



「あのさ…… さっきの事だけど…… 」



「ん、どうした? 」



話し掛ける私に、応える結斗。


でも一度、会話が途切れたからか、再び、同じ内容の会話をするというのは、何処か、もどかしいものがある。



「結斗は、何で一人暮らしを? しかも、こんなに立派なマンションでなんて…… もしかして、結斗の家って結構な、お金持ちだったりするの? 」



「ハッ…… 何だよ、その質問は…… 」



「いや、だって…… こんな立派な場所に、息子を一人で住まわせてる訳でしょ? そんなの、お金持ってる人位しか出来ないんじゃ…… 」



チンッ、ウィーン……



会話を続ける二人の前に、降りて来るエレベーター。


そして、開いたドアから、二人は、エレベーター内へと入って行く。



「案外、そうでもないさ…… 」



「? どういう事? 」



「確かに俺は、ここに住まわせて貰っているがそれは、親にじゃない…… と言うより俺には、親と言える人物はいない」



「えっ…… それって…… 」



「よくある話だろ? 」



そう言っては、上の階へ上昇するエレベーターの中、扉の方に視線を逸らす結斗。


その瞬間だった。


私の目に写る結斗の姿が…… その輪郭が二重、三重に、ボヤけては虚ろに見える。



「…… それじゃあ、その『佐野』って苗字は? 」



そんな中、尋ねる私の言葉に結斗は、ゆっくり、こちらを向くと、その口を開く。



「そいつは、詮索しない方が良い…… 」



そう、結斗が言葉を漏らした時、私の中で、ある光景が浮かぶ。



(曇天模様…… )



黒と白、それらが混じり濁った灰色の空模様、透明感の無い、その光景が今の結斗に重なる。



チーンッ……



すると、目的の階に到着したエレベーターは、その扉を開く。


それと同時に、エレベーターを降りる結斗。


私も釣られて、エレベーターを降りると、その長い廊下を歩いていく。


やがて辿り着くのは、一つの部屋…… そこは、他でもない結斗自身の部屋だった。



カチャッ、ガチャンッ!



鍵を取り出し、ドアノブに差し込むと、結斗は、その部屋の扉を開ける。



「さて、と…… 取り敢えず、中に入れよ」



「えっ! でも、さっきは部屋に入るなって…… 」



「確かに、そうは言ったがその様じゃあ、な」



そう言っては、私を見詰めてくる結斗。


そんな私の姿はというと、雨に打たれたからか、服は濡れ、髪も濡れて、川に落ちた時の姿に戻っていた。



「な、何よ…… そんな見なくても…… 」



「まっ、とにかくだ。雨が止んで、服が乾くまでなら、居ても構わない。それが守れるなら、入れよ」



「う、うん。分かった…… 」



正直、断るべき理由が無い処か、願ったり、叶ったりの展開だった。


この状況で、雨宿りしても良いという、結斗の言葉に乗っかると、私は、結斗が指示する通り、部屋へと入って行く。



「へぇぇ…… 」



すると、そこにあったのは、私の想像よりも広く、そして、綺麗な空間だった。


一人暮らしと聞いていたので、それに見合った部屋の間取りを想像していたが実際は、2LDKという一人暮らしには、身に余る程の広さを誇っている。


それに、部屋全体にも掃除が行き届いている様で、とてもじゃないが同年代の男子が住んでるものとは思えない気品さが感じられた。



「凄い、綺麗にしてるんだ」



「まぁな、だから汚すなよ。それと…… ちょっと、そこで待ってろ」



そう言って結斗は、私を玄関口に止めると、部屋の奥へ、一人で入って行く。


そして、しばらくした後、二つのタオルを持って、私の前に現れた。



「ほらっ! これ使って、まずは体を拭け」



「わっ! 」



二つの内、一つを私に向かって投げると、結斗は、もう一つのタオルで、自分の頭を拭き始める。



「あ、ありがと…… 」



そういう私も、受け取ったタオルで、体を拭き始めるが気付くと、そこに、結斗の姿が無い。



「あれ? 結斗? 」



「拭き終わったら、上がって来てくれ」



「あ、うん…… 」



部屋の奥から聞こえる、結斗の声に従い、濡れた体を拭いた私は、部屋へと上がる。



「おじゃましまーす…… 」



よそよそしく、玄関から、部屋へ上がる私。


廊下を伝って、リビングに出ると、そこには手に、ジャージとTシャツを持った結斗が立っていた。



「そこの浴室に乾燥機があるから、それで、濡れてる服を乾かすと良い。もし使い方が分からなければ入れて、そのままにしておけ。それとこれは、その間の着替えだ。乾かしてる間、裸でいるよりは、マシだろ? 」



そう言っては、持っていたTシャツとジャージを投げる様に渡して来る結斗。



「フフッ…… 」



そんな結斗を見ていると、何故か、私の顔に笑みが浮かぶ。



「…… 何が可笑しい? 」



「いや、結斗って意外と面倒見が良いんだなって…… 何か、お母さんみたいに思えて来ちゃって…… 」



「冗談だろ? お母さんって…… 心外だ」



「ごめん、ごめん! とにかく、ありがたく使わせて貰うね! あっ、それと…… 」



「? 何だ? 」



「このTシャツの柄、もう少し、可愛いのは…… 」



「ねぇよ! 無駄口叩いてないで、とっとと着替えろ! 」



「チェッ、ハーイ…… 」



バタンッ……



浴室の扉を閉めると同時に、着ていた濡れてる服を脱ぎ、乾燥機へと入れる。



(えーと…… それで、どうすれば動くのかな? まぁ、良いや! 取り敢えず、入れとけば良いって言ってたし、それよりも…… )



流石に、気にならずには、いられないといった処か、結斗から渡された服は、想像以上の大きさを誇っていた。


下に履くジャージは、ベルトが必要な位、ブカブカで、上に着るTシャツに至っては、下を履かなくても良いんじゃないかと思える位、裾が長く感じる。



(流石、男の子。やっぱ、大きいな…… あっ! でも、これって、もしかすると伝説のあれ状態になるんじゃ…… )



そんな事を考えながら、私は、ある想像を脳内で膨らませる。


下着の上から羽織る男物のシャツ。


その裾の長さは、まるでミニワンピースを思わせる。



コンッ、コンッ……



すると、そこへ、ドア越しに聞こえるノック音が鳴り響く。



「オイ、大丈夫か? 」



その声は、他でもない結斗の声だった。



「ふぇっ! あっ、うん。大丈夫、大丈夫! どうしたの? 」



「いや、なら良いが…… 飲み物に、珈琲を淹れたんだがお前、飲むか? 」



「えっ、良いの? ありがとう! それじゃあ、頂こうかな」



「分かった。なら淹れておく。終わったら、リビングまで来い」



「うん! 」



結斗の言葉に応えると、スタスタ、ドアから、離れて行く様に足音が聞こえる。



ガチャッ……



後に、その音を追う様、私はドアを開け、リビングに姿を表す。



「フワァァ…… 良い香り…… 」



そこで、待ち受けていたのは、リビング…… いや、部屋全体を包み込む、珈琲独特のアロマだった。



「…… どうやら結構、無理したみたいだな」



そんな中、私を見る結斗は、呆れた表情を見せている。


それも仕方がないと言えば、そうなのだが結斗から渡された、サイズの合わない服を何とかして着ている私の姿は、正直な処、人に見せられる様な格好ではなかった。



「ムゥ…… 仕方ないでしょ! だって、おっきいんだもん! 」



そして私は、不服そうな表情を見せながら、リビングに置いてある、ソファーへと座る。



「まぁ、服が乾くまでの辛抱だ。ほら…… 」



「オォ…… 良い香り…… 」



結斗から差し出された珈琲を見て、その色と芳醇な香りに、私は、目を丸くしていた。



「ほっ、あったかぁい…… 」



そして、珈琲が注がれたマグカップを持つと、その温かさに、私は、安心を覚える。


丁度、雨に打たれていたので、体が冷えていたのだろう。


手より伝わる、その熱は、何処か、安心を与えてくれる。



「熱っ! しかも苦い…… 」



だが実際、口に運んだ一口目は、私に、思わぬ衝撃を与えた。



「何これぇ…… もしかして、砂糖も何も入れてないの? 」



「当たり前だろ。ブラック何だから…… つーか、それくらい気付けよ」



余りの苦さに、口に付けたマグカップを離す私を見ていた結斗は、呆れた眼差しを向けている。



「ぶぅぅ…… そんな事、言ったって…… ていうか、結斗こそ『砂糖は? 』とか『ミルクは? 』位、聞く気遣いを見せてよ」



「…… 悪かったな。そんなものを淹れて飲む奴、俺の周りにいないから、聞く必要すら無いかと思ってたよ。で、どれ位、入れるんだ? 砂糖とミルクは? 」



「うーんとねぇ…… 取り敢えず、二つずつ、かな」



「…… それは少し、入れ過ぎじゃないのか? 」



「だって苦いんだもん! 」



(苦いって…… 子供かよ)



「あぁ、分かったよ。ちょっと待ってろ」



そう言って結斗は、席を立つと、キッチンの辺りから、スティックシュガー二本と、コーヒーフレッシュ二個を持って来てくれた。



「ほらっ! 」



「わっ! ありがとう! 」



結斗から渡されたものを躊躇なく私は、自分の珈琲へと入れる。



「…… うん! これで飲み易くなった! 」



その結果、一口飲んだ後、笑顔を見せる私だったがそんな私に向け、結斗は対面越しに、生暖かい視線を向けると、静かに言葉を溢す。



(あんなに入れて…… )



「そうか、それは何より…… 」



だがそんな視線に気付かない私は、未だ、満面の笑みを見せている。



「それにしても、このコーヒー、苦いのは、ともかく、凄く香りが良いね! 」



「ほぅ、あんなに砂糖とミルクをドバドバ入れる奴が珈琲を語るのか? 」



「何よぉ、別に良いじゃない! それに語ったんじゃなくて、素直な感想を言っただけなんですけど…… 」



「成る程、そいつは失礼…… 」



他愛もなく、会話をする結斗と私の二人。


気が付くと、そんな二人の間で、互いに笑顔を見せる回数が増えている気がする。


それに、珈琲という話題の後押しもあるからか、会話自体、衰える気配も無い…… かの様に思われた。



ピンポーン!



途端、インターホンの音が部屋中に鳴り響くと、互いに、驚いた反応を見せる。


どうやら、マンションの入り口にあるオートロックの端末から、呼び出しが掛かっている様だ。



「あぁ、急にビックリしたぁ…… こういう時、唐突に鳴らされると驚いちゃうよね。ねっ、結斗! ……結斗? 」



そんな中、私は、結斗へと話し掛ける。


だがこの時、結斗の表情は、会って間もないが見た事がない表情を浮かべていた。


それは、驚きの表情も入っていたと思う。


けど、それよりも私が気になったのは、その表情に混じった、何かを恐れている様な結斗の表情……


少なくとも、この時、私の目には、そう写って仕方がなかった。

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