表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/64

第九幕 第二場

「ここは夢のなか……いったい何がどうなっている?」


 わたしは激しく混乱していた。アリスを救い現実の世界に帰ってきたかと思いきや、ここもまた夢の世界。つまりはわたしは夢の世界から、さらにもう一段階深い夢の世界にいたのだ。そんなことができるなんて知らなかったし、試したこともないはずだ。なのにどうしてこんな事態に陥っている?


 わけがわからなかった。どんなに考えても、答えは見えてこない。そもそもなぜわたしは、この世界を現実だと思い込み、そうでないと気づかなかったんだ。


 もしかするとこの世界を現実世界と認識していたため、夢の状況に合わせて都合のいい記憶を持っていたのではないだろうか。それなら可能性はある。夢を見ている人間が、夢だと気づけないのはそれが理由だからだ。


 だがしかし、わたしはここが夢の世界だと気づいた。これまでの経験上、夢の世界だと気づけば、おのずと正しい記憶はよみがえってきた。だけどいま、何も思い出せない。ここが夢の世界だと気づいたにもかかわらず。


 ……何かがおかしい。記憶が思い出せないというよりも、大事なものが抜け落ちているような奇妙な感覚。こんなことはいままでなかった。そのため何か不吉な予感を覚えた。


 だれかに助けを求めたくなった。すると脳裏にアリスの顔がよぎった。だれもいないこの世界でアリスだけは確実に存在している。それはまちがいない。


 わたしはすぐにアリスが眠っている部屋へと引き返した。そして部屋のドアをあけて中へとはいる。アリスは先ほどと同じように、部屋の中央にあるベッドで横になっている。


「アリス!」思わず叫ぶとわたしは駆け寄った。「ねえ起きてよアリス。大変なの、ここは現実ではない夢の世界だったの。ここが夢の世界だと気づいたのに、自分がどうやってこの世界に来たのかわからない。こんなこといままで一度もなかった。ねえお願い起きて。もうレイシーは取り憑いていないのだから、目覚めることができるはずでしょう」


 アリスは小さく呻く声をもらすだけで、なかなか目覚めない。しかたがないので、わたしがその肩を揺さぶって無理矢理アリスを起こそうとしたそのとき、声がかけられた。


「アリスを無理矢理起こすのはやめたまえ」


 わたしは驚いて、声のしたほうへと顔を向けた。すると部屋の戸口にルイス・ベイカーの姿があった。

「どうやらきみのその発言から察するに、アリスからレイシー・レイクスを追い出すことに成功したようだな」ベイカーは満足げにほほ笑んだ。「きみならできると思っていたよ」


「……ベイカー、これはどういうことよ?」


「アリスは長いあいだレイシーに取り憑かれていたんだ。無理に起こすと、意識や記憶に混乱が生じる可能性がある。だからアリスが自然に起きるのを待ちたまえ」


「そういうことを訊いているんじゃない!」わたしはいらだった口調になる。「ここは夢の世界よ。現実じゃない」


「どうやらきみは勘が鋭いようだ。ここが夢の世界だと気づいたようだな」


 そのことばにわたしは目を丸くする。「どういうことなのか教えなさいよ」


「もちろん教えるつもりだ。だがここではアリスを起こしてしまう危険性がある。場所を移そうではないか」

 ベイカーはそう言うと部屋を出て廊下を歩き出した。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 わたしはすぐさまベイカーを追って部屋を出る。わたしはベイカーに連れられて施設を移動し、ロビーへとやってきた。

 ロビーにあったソファーにベイカーは腰をおろすと、テーブルを挟んで対面にあるソファーをわたしに勧めた。


 わたしはとまどいながらソファーにすわる。「全部説明して。何が起きているの?」


「きみが混乱するのも無理はない。きみがいなくなってから、わたしたちもいろいろあってね、大変だったんだよ」


「あんたらのことはどうだっていい!」わたしはこぶしをテーブルに叩きつけた。「いまのこの状況を説明しろ」


「落ち着いてロリーナ」ベイカーはわたしをなだめる。「現状を把握するには、順番よく話を聞かないと、ただ無闇にきみを混乱させるだけだ。だからはやる気持ちをおさえて、わたしの話を聞いてくれ」


「……わかったわよ。早く話して」


 ベイカーは語りだした。わたしがエイトからいなくなり、アリスがレイシーに取り憑かれたあとのことを。わたしが不在のため、自分たちでアリスと夢の共有をおこなうことを決めた。最初は手こずったものの、夢を共有することに成功。だが、いざレイシーとの対話に挑もうとするが、その姿はどこにもなく、さらにはアリスは夢のなかでも眠ったままの状態だった。


 この原因について、夢の共有中にレイシーに取り憑かれてしまったので、夢のなかから、さらに深い夢へと落ちていったと推測された。なので夢のなかのアリスともう一度、夢を共有しようとしたができなかった。


 だから行方をくらませていたわたしを、必死になって探していた。接触タイプの共感者であるわたしなら、夢のなかでもさらに夢を共有することができると予測されたからだ。そしてわたしはその予測どおり、夢のなかでさらに夢を共有することに成功し、アリスを救うことができた。


「だいたいの事情はわかった。ここが夢の世界だということもな」わたしはそこまで言うと、こめかみをさする。「だけど、わたしはこの夢の世界に来た覚えはないぞ。だからずっとここが現実だと思っていた。いったいこれはどういうことだ」


「その説明をするのはむずかしいな」ベイカーは深く息をついた。「ロリーナ、きみはレイシーに死を納得させ、アリスを救ってくれた。そうだね?」


「……ああ、そうだけど」わたしは眉をひそめる。「それよりも質問に答えろよ」


「落ち着いて。きみの質問に答えるには、わたしからも質問しなければならないんだよ。そうじゃないと、きみの質問に答えるのはむずかしいんだ」


「あんたが何を言っているのか、意味がわからない。わかることばで説明しろ」


「ロリーナ」ベイカーは声の調子を落とした。「レイシーはすぐに自分の死に納得してくれたかい?」


「いいや」わたしは首を横に振る。「あんたらの予想どおり生者に取り憑いたことで、自分が生きている人間だと錯覚し、自分の死に関連する記憶を失っていた。だから自分が死んでいることを納得させるのは、むずかしかったよ」


「そうかむずかしかったか」ベイカーはため息をつくと、長々と間を置いた。「だからこれから話す内容を、きみに納得させるのはむずかしいだろうな」


「おい、ベイカー!」そのことばにわたしはどきっとし、思わず声を張りあげながらソファーから立ちあがる。「まさかおまえ、おかしなことを言い出すんじゃないだろうな」


「おかしなことなんて言わない。わたしはただ真実を告げるだけだ」そう言うと、ベイカーは胸元で十字を切る。「ロリーナ・ベル。きみはもうすでに死んでいるんだ」


 足下がぐらつき倒れそうになった。自分がすでに死んでいると告げられ、はいそうですか、と納得なんてできるはずがない。


「おい冗談きついわよベイカー」わたしは顔をこわばらせた。「すぐにジョークだと言え。いまなら笑って許してやるからさ」


 ベイカーは哀れむような表情でわたしを見つめる。


「頼むよベイカー」わたしは叫んだ。「嘘だと言ってよ!」


「ほんとうに気の毒だったよ。きみの死はエイトにとって大きな損失だった。だからアリスだけはどうしても救いたかった。接触タイプの共感者は貴重だからね。それでわたしは交霊会の手を借りて、きみの魂を呼び出してアリスに取り憑かすことを提案した。それが成功するかどうかは賭けだったが、きみは交霊会のアリス救出の呼びかけに見事に応えてくれた。そのあとは、アリスの夢のなかできみを探していたよ。そしてようやくきみを見つけて、アリスとのさらなる夢の共有をさせたんだ。すまなかったね、だますようなまねをして」


 わたしはその場で呆然と立ち尽くした。わたしは生者であるアリスに取り憑いている死者。だから自分が死んだことに気づかなかった。夢のなかで夢だと気づかないように。

「……どうしてわたしは死んだの?」わたしは蚊の鳴くような声で訊いた。


「やはり覚えていないのか。なら知らないほうがいい。つらいことを無理に思い出す必要なんてないんだから」


「いいから教えてよ。このままでは死んでも死にきれない」


 ベイカーは言いにくそうな表情になる。「エリックが亡くなったことで、心のよりどころ無くしたきみは自暴自棄になり、後追い自殺したんだよ。首吊りだった」


 それを聞いたわたしは愕然とし、ソファーへと体を沈めた。両手で顔を覆い、そのまま感情にまかせて大泣きしてしまう。


「ほんとうにすまない」ベイカーは悔恨のこもった口調で言う。「死んだきみの魂を呼び出してアリスの救出に利用し、さらにはまたこうして、つらい思いをさせてしまっている。許してくれとは軽々しくも言えない。だがしかたがなかったんだ。それだけはわかってほしい」


 わたしはなんて愚かなんだ。エリックを亡くしたことで死んでしまうなんて。でもそれもしかたがない、わたしは弱い人間になってしまたんだ。だれかに依存してないと生きていけない。わたしにとってエリックは心のよりどころだった。それを失えば、生きていけるはずもない。わたしはもう、だれにも依存できないのだから。


 そう考えた瞬間、アリスの顔がわたしの脳裏をよぎる。


 ……いや、ちがう。わたしはエリックを失ったことで、アリスにその心のよりどころを求めていたはずだ。だからわたしはアリスに執着していた。だからこそアリスを助けようと交霊会の声に従い、ここまでやってきたはずだ。そんなわたしが後追い自殺なんかするはずない。だってわたしはアリスに依存して生きようとしていた、卑怯な人間だったはずよ。


「……ほんとうにわたしは自殺だったの」わたしは顔をあげた。「他殺の可能性は?」


「認めたくない気持ちはわかるが、きみは自殺だった。その証拠に首にひっ掻き傷などの外傷はなかった。念のためビル・グレイ博士に検死解剖して調べてもらったが、他殺ではないとのことだ」


「グレイがわたしを検死解剖しただと」わたしは面食らった。「どうしてやつが?」


「生前のきみは軍の監視下にあったからね。だから民間の医師ではなくグレイ博士にその役目がまかされたんだ。彼は昔からこの手のことが得意だそうで、こころよく協力してくれたよ」


 ひっ掻き傷のない首吊り死体。それを考えたとき、すぐにレイシーのことを思い出した。レイシーはグレイに薬を打たれ、その死を偽装され自殺にされた。


「ねえベイカー、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、あなたレイシー・レイクスについて、彼女のことをくわしく調査しているわよね」


「ああ、もちろんだと」


「レイシーが自殺したときも、検死解剖がおこなわれたはずよね」


 ベイカーの表情がきびしくなる。「……たしかにそうだが」


「もしかしてレイシーの検死解剖をおこなったのは、ビル・グレイじゃないの?」


 ベイカーは長々と間を置いた。「きみの言うとおり、レイシーの検死解剖をおこなったのは、ビル・グレイ博士だ」


 わたしとレイシーの死が重なった。ひっ掻き傷のない首吊り死体。検死解剖をおこなったのはビル・グレイ。そしてわたしたちは自殺と断定される。


 わたしが自殺するはずない。だから殺されたんだ。おそらくはグレイに!


「思い出せロリーナ」わたしは自分に命じる。「自分が死んだときのことを思い出すのよ」


「よしたまえ。つらいことを無理に思い出さなくてもいいだろ」


「思い出さなくちゃいけないの。おそらくわたしは殺さたはずだから」わたしは自分の両手に視線を落とした。「わたしは共感者だ。人の手を握ることで、その人の心や記憶がわかる。ならその力で自分のことだってわかるはずだ。ためしてみる価値はあるはず」


 わたしは両手を組み合わせ祈るような形をとると、目をつむった。そして自分の死についてイメージを連想する。するとすぐに記憶の映像が脳裏に浮かんでくる。どこかの安ホテルの一室でわたしは物思いにふけていると、部屋のドアがノックされた。ドアをあけると、そこには私服姿のグレイがそこにいた。


「……何の用?」わたしはつっけんどんな態度で言った。「もうわたしがあんたらに協力する義理はない。もうほうっておいてよ」


 グレイは何も言わずにわたしの背後を指差した。わたしはそれにつられて、後ろを振り向いた。するとつぎの瞬間、首筋にちくりと痛みを感じたかと思うと、そのまま床へと倒れた。


 グレイは素早く部屋の中に侵入すると、ドアを閉めて鍵をかけた。


「まったくきみたちのせいで、友人のハートマンは亡くなってしまった。これはぼくにとって大きな損失だ。だからきみのことはずっと憎かったんだぜロリーナ」グレイが恨みのこもった口調で言う。「ハートマンの後ろ盾を失っては、これまでのように好き勝手できなくなる。その損失を埋めるには共感者の脳を解剖し、調べさせてもらうぐらいしないと割にあわない」


 グレイは注射器を取り出すと、それでわたしに薬を注入する。するとわたしの意識は闇へと変わった。そこから先の記憶はいっさいない……



「グレイに殺された!」わたしは怒りもあらわに叫んだ。「わたしもレイシーもグレイに殺されたのよ。まったく同じ手口で、自殺に見せかけるために」


「グレイ博士に殺された?」ベイカーは心底とまどっている。「しかもレイシーもだと?」


「グレイはハートマンの仲間だった」わたしはこぶしを強く握りしめた。「お願いベイカー、あいつを捕まえて。そしてわたしたちの無念を晴らしてほしいの」


「いったいどういうことなんだ?」


 こうしてわたしは、グレイの悪行のすべてをベイカーに伝えることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ