第九幕 第一場
わたしは永い眠りからようやく目覚めた。ベッドから上体を起こすと、隣で眠るアリスへと顔を向けた。アリスは穏やかな表情で静かに寝息を立てていた。わたしはその寝顔を見つめ、ほっと胸をなでおろした。
アリスを救うことができた。そのことがとてもうれしかった。思わず涙が込みあげ、こぼれそうになってしまう。
いけない、感傷的になってしまっているな、とわたしは思った。まだやるべきことがある。一刻も早く、ビル・グレイ博士を捕まえて報いを受けさせなければ。
わたしはグレイのことを伝えようと部屋を見まわしたが、おかしなことにだれもいない。ルイス・ベイカーや研究員の姿はどこにもなかった。
「みんなどこにいったんだ?」
わたしはわけがわからず困惑する。とりあえず手を固定していた布をはずすと、アリスの手を離してベッドから立ちあがった。
「ねえ、だれかいないの!」
わたしは叫んだが、なんの返事も返ってこない。耳をすましてみると、やけに静かだ。物音ひとつ聞こえてこない。もう一度叫んでみたが、やはり返事はなかった。
「……おかしい」
わたしは部屋を出て廊下へと立った。あたりを見まわしてみるも、人の姿は見当たらない。窓から外をながめても、だれもいない。
「どうしてだれもいない?」
わたしは廊下を進み、ほかの部屋をのぞいてみたが、なぜかだれもいなかった。こんな経験はエイトに来て以来、はじめてのできごとだった。いつもならだれかがいるはずだ。きょうはクリスマスでもなければ、年中行事の祝日でもない。たとえ休日だったとしても、職員関係者や銃を携帯した軍の警備員がいるはずだ。
不安になったわたしは、人の姿を求めていつのまにか走り出していた。だがどこを探そうが、エイトの施設内で人を発見することはできなかった。
「どうしてだれもいないのよ?」わたしは自分がそうつぶやくのを聞いた。「こんなことありえない」そこではっとする。「ありえない? ありえないことが起きている……」
まさかと思い、わたしはすぐにポケットからコインを取り出すと、それをまじまじと見つめる。そしてコインを打ちあげると、それを受け止めるために手のひらをひろげた。だが落ちてきたコインは手のひらに上で制止し、空中でまわりつづけた。
それを見てわたしはようやく理解した。ここは現実ではない、夢の世界なんだ、と。




