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幕間 その八

 わたしが目を開けると同時に、レイシー・レイクスはその場に泣き崩れた。


「……全部思い出した」レイシーはこぶしを握ると、床へと叩きつけた。「グレイ博士、信じていたのに……わたしを殺すなんてひどい。ひどすぎる」


 わたしはレイシーを哀れみのまなざしで見つめた。よりにもよって好意を寄せていた男性に裏切られて殺される。それはともてつらいことだろう。そのせいで死んでも死にきれず、その非業の死を嘆き、その苦しみをメアリー・レイクスに訴えていたのだろう。


 わたしはレイシーを殺害したのがエリック・ローランドでないことに、どこか安堵していた。もしエリックがレイシー殺害の犯人だったら、わたしはレイシーに対して罪悪感を覚えていただろう。その無念を晴らそうとしても、わたしは死してなおもエリックをかばい、何も手助けできなかったはずだから。


 それにしても奇妙な運命だ、とわたしは思った。レイシーの記憶にはアリスの父親ヘンリー・キャロル、その親友であり軍人のルイス・ベイカーも登場した。さらにはわたしを助けてくれたエリックやそれを操っていたハートマン大佐ことハートマン上院議員もからんでいた。そして極めつけはビル・グレイ博士だ。あいつはレイシーを殺した張本人であり、いまものうのうとエイトで研究者をつづけている。


 ぜったいに許せない、とわたしは思った。グレイには制裁が必要だ。そうでなければレイシーは報われない。


 思い返せばいろいろとグレイはおかしかった。共感者の実験とはなんら関係のない、レイシーが取り憑いたメアリーに執着していた。その救出作戦の際にアリスにメアリーの体からレイシーを追い出すだけでいいと言い、深くかかわるなと警告した。それはアリスの身を案じての発言ではなく、自分の身を案じただけのことだったといまわかった。


「レイシー、わたしがあなたの無念を晴らすわ」


 レイシーは泣き顔をあげる。「どうやってよ?」


「わたしはビル・グレイ博士を知っているし、その居場所もわかっている」


「どういうこと?」


 わたしは事のいきさつをレイシーに説明した。自分の生まれの生い立ち、共感者の力について。第二次世界大戦後、共感者の力を悪用して生きてきたが、へまをして捕まり死にかけた。その際にエリックに助けられ、以後はいっしょに暮らしていたこと。そしてエリックがわたしを助けるために、命令に背いてハートマンを殺害した事実。そのためエリックは薬の投与がおこなわれず、病魔に冒された。そんなエリックを救うためにわたしは政府と取引し、エイトでの研究に協力したこと。そしてそこにはグレイが研究者として働いている。


「あなたはグレイ博士のもとで、彼の研究に協力していたんだ」


「ええ」わたしはうなずいた。「だからすぐにでもグレイのしでかしたことを軍に通報するわ。そうすれば彼は裁かれる」


「お願いそうしてちょうだい」レイシーはくやしげに唇を噛む。「そうでないとわたしはくやしくてくやしくて、このままではあの世へは行けない。だからこうして人に取り憑いてまで、自分の死を嘆いていたんだわ。だからあの人に罪の裁きを」


「まかせて。ぜったいに報いは受けさせてやるから」


「ありがとうロリーナ」レイシーはそう言うと、複雑そうな表情になる。「それにしてもわたしをあんなに苦しめたハートマン大佐は殺されたんだ。しかもあの少年兵だったエリックが、あなたのために命令に背いてまで」


「いまは大佐じゃないわ。ハートマンは戦後、上官だったロック・チャーチルが亡くなると政治家に転身し、超人化部隊の生き残りを利用し、法ではさばけない悪人を暗殺していたの」


「……わたしはまちがっていたのかな。あなたの話を聞くとハートマンはこの国のためを思って活動していたみたいだし、そのおかげであなたの命も助かった。ハートマンは愛国者だった。それなのにわたしは自分のつまらない意地を張って協力を拒み、そして殺された」レイシーは苦笑する声を漏らした。「わたしって馬鹿みたいでしょう」


「何が正しかったなんて、いまさら過去のことを考えても意味ないわよ。それにだれにだって譲れないものがある。あなたはそれを守ろうとしただけ」


「だから人は争い、戦争を繰り返すのかもしれない。人間がみなあなたたちのように共感者で、お互いの心を理解し合うことができるのならば、世界は平和になるかもしれないわね」


「そんなうまくいくとは思えないけどね。たとえ人の心が理解できたとしても、それを受け入れるかどうかは、また別の話だから」


 レイシーはさみしげにほほ笑む。「悲観的なのねあなたは」


「そういう環境で育ったからね。人の心がわかるからこそ、わたしは人を信じられなくなっていた。でもエリックやアリスと出会い、人を信じてみたくなった。そしてだれかを救ってみたいと思ったの」


「あなたはもう、わたしを救ってくれたわ。そしてアリスも救いたいのでしょう」


 わたしはうなずいた。「エリックがいなくなってしまったいま、わたしに残された希望はアリスだけだから。だからこそ彼女だけはぜったいに救いたいの」


「それならわたしはもう行くわね。いろいろと迷惑をかけて悪かったわ。目覚めたらアリスに伝えて、取り憑いてしまってごめんなさい、と」


 レイシーがそう告げると、その体はどんどんと透けていき、そして消えてしまった。


 これでレイシーは成仏した。だがまだ終わってはいない。ビル・グレイに鉄槌を下すまで、その無念は晴れはしない。

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