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第八幕 第十三場

 わたしは悲鳴をあげながら目を覚ました。息を喘がせながらあたりを見まわす。薄暗いがすぐに自分の部屋だとわかった。耳を澄ますと雨音が聞こえてくる。


「……生きている」わたしは自分ののどに手をふれる。「そうか予知夢だったのね」


 いま見た予知夢を頭のなかで思い返してみる。ハートマン大佐は少年兵を使いわたしを暗殺しにくる。だからわたしは殺されてしまった、あの銀髪の少年兵エリック・ローランドの手によって。


 ハートマンを追いつめてやったと思っていたら、自分が非情に危険な事態に追い込まれてしまった。まさかこんなことになるなんて。すぐにでも逃げなければ殺される。


 わたしは窓に歩み寄ると、カーテンを少しだけ引いて外の様子をうかがう。どうやら明け方前らしいが、小雨が降っているため視界は暗くて見通しが悪い。そのためどこに少年兵たちがひそんでいるのかわからない。だが確実にどこかにいるはずだ。注意深く観察しなければ。


「レイシー」


 唐突に背後から声をかけられ、わたしは驚きの声を漏らしながら振り返った。するとそこには不安げな表情を浮かべた妹が、メアリーと名付けた人形を抱きしめながら立っていた。


「驚かせないでよもう」わたしはほっと息をつく。「いったいどうしたのこんな時間に。しかもお人形さんのメアリーを抱えてさ。何かこわい夢でも見て、それで起きてきたのかしら」


「だってレイシーの叫び声が聞こえたから心配だったの。何かあったの?」


「だいじょうぶ。なんでもない」家族を巻き込むわけにはいかない。だからわたしは冷静さを装う。「それよりも、わたしちょっと用事があるからいまから出かけてくるね」


「こんな朝早く雨も降っているのに?」妹は怪しんでいる様子だ。「ほんとうにだいじょうぶなの。最近のレイシー様子がおかしいから心配だよ。悪い予知夢でも見たの?」


「ただの気晴らしの散歩よ」わたしは微笑んでみせた。「だから心配しないで」


「……帰ってくるよねレイシー。このままどこかいなくなったりしないよね」


「だいじょうぶ、ちゃんと帰ってくるから。あなたとメアリーが待つこの家にかならずね」


 わたしは妹を部屋に帰すと、すぐさま寝間着を着替えて持てるだけのお金をかき集めた。しばらくは生活に困らないだけの金額になった。これだけあれば、どこかに隠れひそむことができる。そのあいだに反撃の手だてが見つかればいいのだが……。


 わたしは家族を起こさないよう、静かに玄関へと向かった。だが外には少年兵らしき人影が見えている。やはり表からは無理なようだ。しかたがなしに、わたしは裏口へと向かった。そして少しだけドアをあけて、その隙間から外を観察する。だれかがいる気配は感じない。だがはたしてこのまま出て行っても、だいじょうぶだろうか?


 しばしのあいだ危険を推し量っていた。心臓の鼓動が耳障りなほど大きく聞こえる。いたずらに時を過ごせば、予知夢どおりの運命になってしまう。ぐずぐずしてはいられない。


 意を決したわたしは、外へと飛び出すと走り出した。後ろを振り向かず、ただひたすら全力で走りつづける。


 すると後方から複数の走る足音が聞こえてきた。その瞬間、わたしはぞっとした。振り向かなくてもわかる。ハートマンの手先である、あの冷酷な少年兵たちだ。このまま表通りを走りつづけても追いつかれるのは目に見えている。なんていったって彼らは兵士だ。いくら年下とはいえ、わたしがその足にかなうはずがない。


 わたしはすぐさま表通りから、路地の複雑な裏通りへと進路を変えた。できるだけジグザグに道を進んでいく。そのかいあってか、わたしを追ってくる足音が少なくなったような気がする。もしかすると逃げ切れるかもしれない。


 そんな淡い期待にすがりながら、走りつづけていると、向かう先の道から少年兵の姿が。わたしは悲鳴を漏らすと、すぐに引き返し別の道に逃げ込んだ。どうやらわたしは少年兵を何人かまいたと思っていたが、じつはそれは思いちがいだった。彼らは分散してわたしを追いつめにきている。どうやら表通りへと誘導されているらしい。


 逃げ場のない表通りに行けば、わたしは捕まりそして殺されるだろう。でもそこに行くしか逃げ道はない。進退きわまるこの状況下では、もはや走りつづけることだけしかできない。


 やがて裏道から表通りが見える場所へとやってきた。すると表通りの道にはあの銀髪の少年兵エリックが立っており、手にしている拳銃をこちらへと向けた。


 わたしは思わず立ち止まり後ろを振り返った。背後からは複数の少年兵がこちらに向かって走ってくる。もはや退路はない。


 わたしはふたたび前を向いた。するとエリックが無慈悲にも拳銃の引き金に指をかけているところだった。


 もうお終いだ、と思ったつぎの瞬間、もうスピードで走ってきた車が甲高いブレーキ音を立てながらエリックへと突っ込んだ。エリックがはね飛ばされ道路を転げまわると、車の助手席のドアが勢いよく開いた。


「こっちだレイシー!」そう車の中から叫んだのはビル・グレイ博士だった。「早く車に乗るんだ」

 わたしは急いで車に駆け寄ると、助手席へと身を滑らせた。グレイはわたしがドアを閉めるとすぐに車を急発進させる。


 わたしが後方を振り返ると、少年兵たちは走るのをやめ、こちらをただ見つめていた。どうやら追うのをあきらめたらしい。


 わたしは逃げ切れたこの奇跡に感謝し、神に祈りをささげた。神さま、グレイ博士を助けに寄越してくれてありがとうございます、と。

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