第八幕 第十二場
ハートマン大佐とわたしの無言の戦いはつづいていた。だがいまだにあちらから接触してこない。どうやらまだ降参する気はないようで、少年兵たちによる監視もいまだつづいている。
なかなかしぶといな、とわたしは思った。だがそれもしかたがない、相手は頭の切れるハートマンだ。どうにか妙案を考えているだろう。だがそれもわたしが予知し阻止してみせる。
「とことんあなたを追いつめてあげるハートマン。あなたが泣いて許しを請うまで」
そしてふたたび雨の日がやってきた。わたしは胸を躍らせて寝床に着いた。だがしかし、その日はなんの夢も見なかった。朝起きてから何度も記憶を探るが、何も覚えていない。
「……おかしい。どうして予知夢を見なかったの」
雨の日にはかならず予知夢を見ていたはず。なのに今回は夢を見なかった。予知夢を見ることに失敗。だとしたら夢を見ている途中で雨でもやんでしまったのだろうか。
わたしは窓のカーテンを引くと、外に目を向ける。あたりには朝日が差し込んでおり、雨が降っている様子はない。きのうの雨はどのくらいつづいていたのだろうか?
くわしい状況を確認するために窓を開けた。すると庭にある大きな木が風もないのに揺らいだかと思うと、何かが屋根に飛び移るような音が聞こえてきた。猫かと思い窓から顔を出してのぞいたその瞬間、わたしはぞっとする。そこにいたのは猫ではなく銀髪の少年兵だったからだ。しかも素早い身のこなしでこちらに駆け寄ってくるではないか。
わたしはすぐさま窓を閉めようとするも、遅きに失した。少年兵は窓の前に立っていたわたしを突き倒すようにして、部屋の中へとすべりこむ。そしてすぐさまわたしに馬乗りになり動きを封じると、懐からナイフを取り出した。
「騒がないでください」少年兵は抑揚のない口調で言う。「もしもあなたが騒ぐことによって、この状況をあなたの家族に目撃されたのなら、その人物を処分しなければならなくなる」
そのことばに血の気が引く思いだった。わたしは否応無しにうなずく。
「ハートマン大佐からの言伝です。きみはわたしを追いつめ激怒させた。こうなってしまったのもきみの責任。愛国心のない愚者に死を、だそうです」
突然の死の宣告にわたしの頭のなかは真っ白になった。まさか夢占い師であるわたしを利用することをあきらめ、殺しにくるなんて想像していなかった。
「……お願い殺さないで」わたしは涙をこぼしながら相手を見つめる。「あなたはまだ子供でしょう。命じられたからといって人を殺すの。そのことについて良心は痛まないの」
「あなたを殺すことに特に何も感じていません」
少年兵は言い終えるとナイフでわたしののどを、なんのためらいもなく引き裂いた。鋭い痛みとともに血が抜け落ち、すぐに意識が遠のいていく……。




