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第八幕 第十場

 半年ぶりに帰った我が家にやすらぎを感じることはなかった。

 ハートマン大佐はあまりにも危険過ぎる。あの男はわたしに対して嘘の予知夢を強要してきた。首相すらあざむき、この国をおのれの意のままに操ろうとしている。


 ハートマンの話によると、首相は政治家として優秀だが軍にかんしてはだめだ、とのことだが、それにしてもこれはあきらかな越権行為だ。許されるはずがない。


 だがハートマンがそう感じているのだとしたら、軍部にもそう考えている人間がいてもおかしくない。おそらく軍部内に賛同者や軍上層部の有力な協力者がいるはず。それにあの男は常に用意周到だ。政治家側の人間にも根まわしをしている可能性だってある。


 わたしには政治家や軍部のことなんてよくわからない。内部の人間関係なんて知る由もない。ハートマンの横暴について、だれを頼ればいいのかなんて見当もつかない。けどひとつだけわかっていることがある。もし頼れる人間がいるとすれば、それは首相ただひとりだ。


 だが一国の首相に対して、どうやってコンタクトを取る? 首相官邸に乗り込んで話をさせてと訴えるのか。あまりにも無謀だ。それにハートマンだって馬鹿じゃない、わたしに嘘を強要した時点でなんらかの対策を打っているはずだ。


 そう考えると、ハートマンがわたしを無事に家に帰したのが不気味に思えた。いやな想像が頭に浮かんだ。わたしはすぐに窓から外を見やる。人通りはまばらで、路地裏では少年たちがサッカーをして遊んでいる。だれかが監視している様子はない。


 ほっと胸を撫でおろしたのもつかの間、ある奇妙なことに気がついた。サッカーをしている少年たちの表情がおかしいことに気がついた。遊んでいるはずなのに、だれもかれもみな無表情なのだ。まるで楽しんでいる様子はない。それどころかさりげなく視線を向けて、こちらを観察している。


「まさか……例の少年兵?」


 わたしは陸軍第八軍病院にいた少年兵たちのことを思い出していた。いま路地裏でサッカーをしている少年たちに、見覚えのある顔はいないかと探すと、ほどなくしてその人物を見つけた。その人物は銀髪の少年で、たしかエリック・ローランド隊長とハートマンから呼ばれ、そして殴られていたのを覚えている。むごたらしい場面だったために記憶に印象的に残っており、その顔と名前を偶然にも覚えていた。


 これで確定した。ハートマンは少年兵を使ってわたしを監視している、馬鹿なまねをさせないために。ハートマンに嘘を強要された時点で、わたしはすでに詰んでいたのだ。最初から選択肢なんてない。わたしはハートマンに協力せざるを得ない状況へと、追い込まれてしまった。逃げ道なんてどこにもない。

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