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第八幕 第九場

 ビル・グレイ博士との別れをすませ、荷造りを終えたわたしは、施設の表に停めてある送迎用の軍用車へと向かった。そして後部座席のドアを開くと、そこには思いがけない人物が乗っていた。


「ハートマン大佐……どうしてここに?」


「わたしがきみをここに連れてきたんだ」ハートマンは不適な笑みを浮かべている。「責任者として、きみを無事に家に送り届けるのを見守ろうと思ってね」


 いやな予感がひしひしと感じられた。ハートマンがそんな理由で、わざわざわたしと同乗するはずがない。


「どうしたのかね。早く乗りたまえ」ハートマンが乗車するよう手でうながす。


「……わかりました」しかたがなしにわたしは車に乗り込んだ。


 車が走り出すと、ハートマンは予知夢の検証結果について、わたしに賛辞を送った。特に予知夢の対象がある程度コントロール可能なことが気に入ったらしく、不自然なくらいわたしを褒めそやす。そのため何か企んでいるな、とわたしは直感した。


「今後はきみの予知夢の力は政府の管理下となる」ハートマンは言った。「政府の許可なく、他人に予知夢の内容を口外することは許されない。雨の日の翌日には、政府の関係者がきみの家を訪れるだろう。きみは彼らに予知夢の内容を正確に伝えてくれればいい」


「わかりました。そうすればいいんですね」


「それといまはいろいろと検討中なのだが、いずれきみには予知夢の注文をお願いすることになるだろう」


「予知夢の注文?」わたしは眉をひそめた。「なんですかそれは」


「きみは特定の情報を知っていれば、その対象の予知夢を見ることができる。これを利用すれば敵性国家の情報が収集できる」


「わたしに諜報活動をさせようというの?」


「ああ、そうだ。いずれはじまるであろう戦争に向けて、きみには各国の情報収集につとめてもらう。そうすればわが国は開戦前から優位に立てるのだよ」


「ハートマン大佐」わたしは険悪感を込めた口調で言った。「あなたはどうしても、わたしの力を軍事利用するつもりなのね」


「ミス・レイクス。わたしの話をよく聞いてくれ」ハートマンはなだめるような口調だ。「たしかにわたしはきみの力を軍事利用したいと考えているし、首相もそれを望んでいる。きみが協力してくれれば、わが国の戦死者は減り、数多くの命を救えるだろう。きみもこの国を愛する人間として、ひとりの愛国者としてわが国に尽くしてくれないかね」


 わたしはそれに返事ができずに沈黙に陥る。ハートマンのことばは正しいように聞こえる。わたしが協力すれば、おそらく戦死者は減るだろう。だがなぜか胸がざわつく。これまでの経緯から、この男は危険だと知っているし、どうあがいてもわたしを協力させるだろう。


「……わたしは仕事柄、多くの人を見てきた」ハートマンが言った。「そしてその人たちがどんな人物なのか見抜けなければ、いまのわたしの地位はなかっただろう。自慢ではないが、わたしは人を見抜くことに長けていてね、きみの本質も見抜いている。だからきみがわたしたちに対して、協力的でない理由もわかっているつもりだ。ほんときみは卑しい人間だ」


「卑しい人間ですって?」わたしは憤慨し、相手をにらんだ。「ふざけたこと言わないで」


「きみは自分の予知夢の力が政府に管理されるのがおもしろくない、と感じている。たとえそれがこの国を救うことだとしても。それはどうしてだ?」ハートマンはほくそ笑んだ。「きみは予知夢の力でちやほやされたいだけの、自尊心の高い女だからだよ。だから予知夢の力が政府に管理され、世間から注目をあびることができないことに不満を持っている。思い出してごらん、きみが最初に新聞の見出しを飾ったとき、世間はきみをあざ笑った。そのせいできみの自尊心は深く傷ついた。だからきみは世間を見返すために、地震の予知夢をわざわざ新聞社に伝えたんだ。結果、世間はきみを認めて絶賛した。最高に気分がよかっただろ」


 言われてはじめてそのことに気づいた。自分でも知らなかった自分の心をハートマンに見抜かれたことで、わたしは羞恥を覚え、顔をゆがめて視線をそらした。


「図星だろ」ハートマンは勝ち誇った笑みを見せた。「そのようすだと自分でも気づいていなかったようだな。まったく愛国心のない浅ましい女だ。戦後勝利の暁には、きみの力がどれだけ役に立ったか、大いに喧伝してやる。それできみは名声を得る。それで満足だろ」


 わたしはくやしさのあまりこぶしを握った。だが何も言い返せず、わたしは押し黙る。

 無言の間がつづくなか、やがて車が家に着いた。わたしは車をおりるため、ドアをあける。


「ここからは極秘の話なんだが」ハートマンが口を開いた。「いまの首相は国のトップとして、わが軍を指揮するのには向いていない。彼は優秀な政治家だが、軍事にかんしてはまるでだめだ。だからきみには軍部のために偽の予知夢を語って、われわれを優位に運んでほしい」


「なんですって」わたしは振り向いた。「わたしに嘘をつけと言うの」


「善意の嘘だよ。首相は理想主義者で現実が見えていない。そんな無能が戦時の際に指揮を執れば、戦場の兵士たちが地獄を見ることになる。先の大戦を経験した者として、それだけはさせらない。だからわれわれに協力してくれ。でないときみもこの国も不幸になってしまう」


「脅すつもり。もしわたしや家族に何かしたら、あなたのその企みを暴露してやるわよ」


「それはお互いにとってよい結果にはならないな。きみには正しい選択をしてもらいたい」


 わたしは無言で車をおりると、憤然とハートマンをにらみつけた。


「ミス・レイクス。今後もよき友人であることを、わたしは望んでいるよ」

 ハートマンがそう告げると、車は行ってしまった。

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