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第八幕 第七場

 予知夢の検証実験がつづけられたある日のことだった。検証のため外界との接触が禁じられ、退屈をもてあそんでいたわたしは、何気なく窓の外を見ていた。ハートマン大佐の指揮のもと、少年兵が軍事訓練をおこなっている。だがその顔つきは最初に見たときと同じで無表情で、やはり動く人形のように思えてしまい不気味だ。


 しばらくぼうっとしていると、わたしの部屋にビル・グレイ博士がやってきた。

「やあレイシー、何をしているんだい?」


「べつに何も」わたしはため息をついた。「ただ暇すぎて退屈しているだけ」


「だったらぼくがまたおもしろい話でもしてあげようか」


「それは遠慮しておく」わたしは苦笑いを浮かべた。「だってグレイ博士の話はむずかしすぎて、わたしにはさっぱりだもの」


「それならまたチェスでもどうだい?」


「それもだめ。グレイ博士は強すぎるうえに、いっさい手を抜かないんですもの」


「だって負けたくないじゃないか」


 そのことばにわたしはあきれてしまう。「なんですかその子供じみた理由は。いい大人なら、もっと相手のことを考えて手加減してくれてもいいじゃないですか」


「ごめんねレイシー」グレイは無邪気に笑う。「やっぱ勝負するからには勝ちたいだろ。だから勝ちにいく。ぼくは自分の欲望には素直に生きると決めているんだ」


 子供のように笑うグレイを見て、わたしはあきらめのため息をついた。大人のくせに中身は子供じみていて、だけど頭脳はずば抜けて優秀。そのせいだろうか、この施設にいるほかの大人たちとはちがって親しみやすく、いつのまにか打ち解けていた。なんとも不思議な人だ。


「グレイ博士って人生楽しそうですね」


「もちろん楽しいよ。だって人生は一度っきりだから、楽しまなきゃ損じゃないか。それにいまこの瞬間が、ぼくのこれまでの人生のなかでいちばん楽しいからね」


「いまこの瞬間が?」わたしは疑問符を浮かべる。「どうしてですか?」


「だってきみと、いっしょにいられるじゃないか」


「へっ!」予想外のことばにわたしは素っ頓狂な声をあげてしまう。「……それってどういう意味ですか?」


「ことばどおりの意味だけど」グレイは無邪気な笑顔のままで、照れ隠しなど見せない。


 わたしは顔を赤らめ、動揺してしまう。突然何を言い出すんだこの男は。それってつまり、わたしに好意を寄せているってことなのだろうか。どうしてそんなことを突然言い出す。しかもこのタイミングで。わけのわからない人だと思っていたが、ほんとうにわけがわからない。


「グレイ博士。あの、その……それってつまり、博士はわたしのことが——」


 外から大きなうめき声が響き、わたしのことばをかき消した。視線を外に向けると、そこにはひとりの少年兵が倒れ、苦し気に悶えている姿があった。


「何が起きた!」ハートマンが声を張りあげた。「エリック・ローランド隊長、報告しろ」


 そう言うと、すぐさま銀髪の少年がハートマンのもとに駆け寄ってくる。


「訓練の最中に突然、倒れ苦しみだしました」少年は冷淡な口調で言う。「これまでの経緯から、薬物投与による副作用の発作だと思われます。彼をすぐに医務室に連れて——」


「馬鹿者!」ハートマンは少年を殴った。「仮想訓練といえども、ここは前線の戦場だ。仲間を助けている暇があれば敵を殺せ。きさまらは前進あるのみ。このまま訓練をつづけろ」


「はっ、了解しました」


 少年兵たちは倒れている仲間に目をくれず、訓練を再開すると淡々とそれをつづけた。わたしはその冷酷さが恐ろしかった。苦しむ仲間を見捨てて、訓練をつづける少年兵たちが、とても自分と同じ人間とは思えない。


「あまり見ないほうがいいよ」グレイが窓のカーテンを引いて、視界を遮断する。「きみのような人にはつらいだろ」


「こんなのって……いくらなんでもひどい。そう思いませんグレイ博士」


「大佐は過激な人だからね。その大佐みずから指導するとなれば、それだけ訓練もきびしくなるさ。それにぼくたちがどうこう言ったって大佐の方針は何も変わらないよ。あの人は自分がやると決めたら、とことんやり通す人だからね。敵にすれば、いちばん厄介なタイプの人間じゃないかな」


 たしかにそのとおりだ、とわたしは思った。だからこそわたしはここにいることを思い出し、憂鬱な気分に陥った。きっとあの少年兵たちも選べる選択肢がなかったのだろう。


「あまり思い詰めない方がいい」グレイがにっこりと笑いかける。「言っただろ、人生は一度っきりだって。だったら外で起きていることは仕方がないことだと割り切らないと、人生は楽しめないよ。そうやって割り切って生きるのが人生のコツさ」


 いまここにグレイがいてくれることが心強かった。そしてこんなときに大人らしく、わたしを励ましてくれることに驚かされた。いつもは子供のように無邪気に自分勝手に振る舞うくせに、こういうときだけ大人のようにわたしにやさしく接するなんてずるい。


「笑ってよレイシー。きみにはそんな顔は似合わないからさ」


 極限状態に置かれた男女が恋に陥りやすいという話を聞いたことがある。いまのわたしは極限状態下とは言えぬも、軍の秘密施設に軟禁状態だ。こんなときにやさしくされたら、だれだって心動かされてしまう。


「ありがとうグレイ博士」わたしは笑みを繕う。「あなたがそばにいてくれてよかった」

 わたしはいつのまにか、グレイに好意を抱くようになっていた。

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