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第八幕 第六場

 わたしはビル・グレイ博士に、自分が予知夢を見るきっかけとなった階段からの転落事故の話から、いまにいたるまでの経緯をすべて語り聞かせた。そして予知夢を見る規則性などについて話しだすと、グレイは興味津々といった目を輝かせながらメモを取る。その様子はまるで小さな子供がお絵描きをしているように、無邪気に書きなぐっていた。


「おもしろい!」グレイは声高に言った。「きみの話はじつにおもしろいよ、レイシー。雨の日にだけ予知夢を見るとは。その原因はなんだ。頭の怪我とどう関係している。ぼくはくわしく知りたい」そこではっとした表情になる。「そうだレイシー。きみの脳を解剖させてくれないか。そうすれば原因が絞り込めると思うんだ」


「……あのグレイ博士」わたしは困惑した口調で言う。「そんなことしたら、わたしが死んでしまいます。そうなったら予知夢の検証自体ができなくなりますよ」


「しまった!」グレイは愕然とした顔つきになる。「そのことに気がつかなかった」


「それに気づく気づかない以前に、わたしは解剖されて死ぬつもりはありませんから」


「そうか……」グレイはがっくりと肩を落とした。「そいつは残念だ」


 理解できない、とわたしは思った。この男はいったいどういった思考原理なんだ。いつのまにかわたしのことをファーストネームで慣れ慣れしく呼んでいるし、人として何かが抜け落ちてしまった変人にちがいない。


 その後、グレイはわたしの話をもとに予知夢の検証実験方法を提案した。それはわたしを外界から隔絶し、外からのの情報を遮断したうえで予知夢の検証をおこなうとのことだった。これはわたしが自作自演や協力者を使い、予知夢をでっちあげている疑惑を晴らすための措置であり、そのため施設からのいっさいの外出を禁じられた。検証期間は半年間で、そのあいだわたしにはこの施設で暮らしてもらうとのことだった。


「半年間もここで暮らすの」わたしは暗澹たる思いだった。「長過ぎるわよ」


「長くない。むしろ短いくらいさ。ほんとうは一年以上かけてじっくりと検証したかったけど、大佐にどんなに長くても半年で結論をだせと言われてて困っているんだ。きみからも大佐に期間延長をお願いしてくれないかな」


「するわけないでしょう」わたしはため息まじりに言う。「だれが好き好んでこんな秘密施設で暮らす期間を延長しないといけないのよ。ぜったいにいやだからね」


「秘密施設?」グレイは眉をひそめた。「いったいなんのことだい」


「ここのことよ」


「へー、ここって秘密施設だったんだ」


 そのことばにわたしは驚きあきれてしまう。「あなた知らないでここに来たの?」


「いや、待てよ」グレイは思案気な顔つきになる。「たしかここに来る前にそんな話を聞かされたような気がする……」そこで相好を崩した。「でも全然覚えていないや。ぼくって興味のない話とかすぐに忘れるタイプだからさ、こればっかりはしかたがないね」


 そう言って無邪気に笑うグレイを見て、わたしは心のどこかで安堵していた。ハートマン大佐のような恐ろしい人物ではなく、こんなふうにのんきで明るい人が、ここにいてくれることがありがたかった。もしもハートマンのように恐ろしい博士だったらと思うとぞっとする。そんな人と半年もいっしょなんて耐えられない。


 そして検証実験がはじまった。わたしには施設の一室が個室として与えられ、そこに生活に必要なものがすぐさま用意された。即席の簡易アパートメントの完成だ。


 雨の日になると、眠っているわたしの横でグレイがまんじりもせずに、ひと晩じゅう付き添うことになった。他人に寝顔を見られるのは恥ずかしいことだったが、どうしてだがグレイにはそれが許せてしまった。一般人の常識を超えた変わり者だからだろうか。そして朝起きると予知夢の内容を伝え、グレイはそれがほんとうに起きるかどうか検証するのだ。


 その結果、つぎつぎと予知夢が的中し、四度目の予知夢が現実に起きたことで、わたしの力は認められた。そうなると、つぎは予知夢の内容を知ることで、その未来を変えることが可能かどうかに焦点があてられた。


 何度かの検証実験の末、予知夢で見た未来のできごとを、事前に防ぐことができることがわかった。この結果については、以前に知り合いの老婆や医者のヘンリー・キャロルを交通事故の危機から救っていたので、わたしは特に驚きはしなかった。


 そして予知夢の検証実験は新たなステージへと移行した。いままで予知夢の内容は、その夢を見るまでは知ることができなかった。そのため予知夢で知る未来のできごとは予測ができず、有益な情報もあれば取るに足らない情報もある、雑多なものであった。


 それを改善し、自分たちが知りたい有益な情報だけを予知夢で見ることができるかどうかの検証がはじまった。つまりは予知夢のコントロールだ。


 これまでの結果から、わたしは自分の知らない人物や団体、国などについて、その予知夢により未来を知ることはなかった。そのためわたしは自分の知らない事柄については、予知できないとグレイは結論づけた。逆に言えば、わたし自身が興味や関心のある事柄であれば、予知夢できるのではと推測された。


 そしてつぎの雨の日の夜、わたしはとある人物の写真とその詳細なプロフィールを渡され、それを眠りに落ちる寸前まで、何度も目を通した。するとその人物が予知夢に現れ、さらにはそのできごとが現実で起きた。さらなる検証の結果、眠る前に見聞きしたり、意識していた事柄について、予知夢でその未来を知る傾向が高いことがわかった。


 予知夢はある程度のコントロールが可能。この結果はグレイをはじめとする、まわりの人々を驚かせることになった。

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