幕間 その一
わたしが目を覚ますと、そこは薄暗い部屋のベッドの上だった。
いったいここはどこだ? なぜわたしはここにいる?
混乱しながらも記憶の糸をたぐり寄せてみる。たしかわたしは歩いていた。理由や目的もわからず、どこへ向かえばいいのかもわからないまま、ただひたすら歩いていた。だれかを救いたいという思いを携えて。そして大きな木の生えた赤レンガの家の前に来たところで、そこで気を失ってしまったはずだ。
「どうやら目覚めたようね」女の声が聞こえた。
わたしは声のした方へと顔を向ける。窓辺に月明かりに照らされた、女性と思われるうっすらとした人影が見えた。けど薄暗いためその容姿まではよくわからない。
「……ここはどこですか?」わたしは問いかけた。
「わたしの部屋」女は答えた。「あなたが家の前で倒れていたから、ここまで運んできたの」
「そうだったんですか。ごめんなさい、迷惑かけて。すぐに出て行きます」
わたしはベッドから起きあがろうとしたが、体が鉛のように重くてうまくいかない。
「無理をしてはだめよ」女は言った。「あなた体調が悪そうだし、今夜はここに泊まっていくといいわ。部屋はいくつかあいているから、遠慮しなくていいわよ」
「……すいません。ご迷惑かけて」
「ところであなた名前は?」
そう問いかけられ、わたしは答えに窮した。「……わからない。何も思い出せないんです」
「まさか記憶喪失なの?」女は冗談でも言われたかのような口調だ。
「……そのまさかみたいです。自分が何者なのか、どうしてここに来たのかもわからない」
ため息とともに、しばし間があく。「なんでもいいから思い出せることはないの?」
わたしはこめかみをさする。「夢を見ました。その夢のなかでわたしはアリスと呼ばれる子供でした。そのアリスは不思議な女の子で、人の心を読み取る力があるんです」
「人の心を読む力か。おもしろそうな夢ね」女はそこで間を置いた。「ひょっとするとあなたの名前はアリスなのかしら?」
「……わかりません。わたしの名前はアリスなのでしょうか?」
「わたしに訊かれても困るわよ」女はくすっと笑った。「そうだね、どうなんだろう。夢のなかであなたがアリスだったからって、いまのあなたをアリスだと断定するには早計すぎるわね。でもまあ、ひと晩ぐっすり眠って頭をすっきりさせれば思い出せるわよ。ゆっくり休んで」
女はそう言うと部屋から出て行った。
ひとり残された部屋でわたしは目を閉じると、すぐにふたたび眠りへと落ちていった。