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第一幕 第三場

 父の葬儀が終わり、しばらく経ったある日のことだった。学校から家に帰ると、リビングに母とともに見知らぬ人物の姿がそこにはあった。その人物は軍服を着た三十代ぐらいの男で、怪我をしているらしく右腕には包帯が巻かれ、それを首から三角巾で吊り下げている。


 いったいこの軍人はだれなのだろう、とわたしは思った。まったく見覚えがないにもかかわらず、どこか懐かしさを感じる不思議な人だ。


 わたしが帰宅してきたことに気づいた母が手招きをする。わたしは男の人を訝しげに見つめながらリビングへと進んだ。


「アリス、こちらのかたはパパの親友のルイス・ベイカーさんよ」母はそう言って男を手で指し示した。「ご挨拶しなさい」


 父の親友だと言われた男をわたしは見つめる。軍人らしく短く切りそろえた髪型をしており、鋭い眼光と引き締まったあごを持つ、いかめしい顔つきの男だった。肩幅は広く、鍛え抜かれたであろう肉体が、軍服の上からでもわかるぐらい盛りあがっている。そのためかどこか近寄りがたい雰囲気があるな、とわたしは感じていた。


 わたしが臆していることに気づいたのか、ベイカーと呼ばれた男は表情をやわらげた。そしてわたしの前に屈み、視線の高さをそろえる。


「ひさしぶりだねアリス」ベイカーは言った。「こんなにも大きくなって」


 そのことばにわたしはとまどった。「……ひさしぶり?」


「そうか、わたしのことは覚えてないか」ベイカーは残念そうに息をついた。「最後に会ったのが、まだきみが小さいときだったからね。その後は戦争がはじまり、わたしは終戦までずっと戦場にいたからな無理もないか」


 幼い頃の記憶を探ってみるもこの男のことは覚えていない。けれどどこか懐かしさを感じた。それはわたしが物心がつく前に会っていたせいだろうか。


「アリス、きょうわたしがここに来たのはきみに会うためなんだ」


「わたしに?」


「そう」ベイカーはうなずいた。「まず最初に言っておきたい、お父さんについて気の毒だったね。ほんとうに惜しい人をなくした。あの人ほど誠実で正義感があり、人の役に立とうとする人物をわたしは知らない。だからきみは誇っていい、自分の父親は立派な人間だったと。わたしも彼のことを親友として誇りに思っている」


 そのことばがうれしかった。思わず感極まり、涙があふれそうになる。

「父のことを誇りに思ってくれてありがとうございます、ベイカーさん。わたしもうれしいです。きっと父もそう思っているでしょう」


「もし今後、きみの人生において何かが起きたら、わたしが亡くなったきみのお父さんに代わって力になることを約束するよ。それがきみのお父さんの願いだから」


「パパの願い?」


「ああ、そうだよ」ベイカーはうなずいた。「実はとある戦地で偶然にもきみのお父さんと出会ってね、それできみたち親子のことを頼まれたんだよ。もしわたしに何かが起きたら、わたしに代わって家族を守ってくれ、とね」


 ベイカーは胸ポケットから十字架のネックレスを取り出すと、それを掲げてわたしに見せてくる。


「これはきみのお父さんが亡くなるときに、娘に渡してくれとわたしにゆだねた物だ」ベイカーは沈痛な面持ちになる。「だからアリス、この十字架を受け取ってほしい」


 わたしは十字架を手に取ると、それに視線を落とした。それは生前父が愛用していたものでまちがいない。


「ねえ、ベイカーさん教えてほしいの」わたしは顔をあげた。「パパは軍医だった。兵士として戦場で戦ったわけではないのに、どうして亡くなったの?」


「それは……」ベイカーはことばを濁すと視線をそらした。


「お願い教えて」わたしはベイカーの手を取ると強く握りしめた。そしてしばらくのあいだ、目を閉じる。


「アリス、どうしたの?」母のとまどった声が聞こえた。


 わたしは目を開けると、ベイカーを見据えて涙をこぼした。「パパは味方に殺されたんだ」


 ベイカーの目が大きく見開かれると、動揺した様子で母に顔を向ける。母も動揺した様子で首を横に振ると、ベイカーはふたたびわたしに視線を向けた。

「どうしてそのことを知っているんだいアリス」ベイカーは訊いた。「だれかから聞かされたのかい?」


「あなたに教えてもらったの」


「わたしが教えた?」ベイカーは心底困惑している。「どういうことだいアリス」


「わたしは人の手を握ると、その人の考えていることがわかるの。だから知ることができた。パパは負傷し錯乱していた患者の手当をしていた。けれどその患者に敵兵と勘違いされてナイフで刺されてしまった。怒ったあなたがその人を銃で撃ったわ。すぐさまあなたはパパのもとに駆けつけて、必死に呼びかけていた。パパはあなたに十字架を託すとこう言ったわ、アリスに伝えてくれ、帰れなくてすまない。パパはおまえのことを愛しているよ、と」


 ベイカーはしばしのあいだ面食らった様子だったが、やがてはっとしたように我に返ると、ゆっくりとうなずいた。「ああ、そうだよ。お父さんは最後まできみのことを愛していたよ」


 そのことばを聞いたわたしは泣きじゃくってしまう。そんなわたしをベイカーは片手でぎこちなく抱きしめてくれた。

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