第五幕 第二場
あれからずっとロリーナのことばかり考えていた。命の恩人であるエリックの死をきっかけに、その姿をくらませてしまい行方不明。ルイス・ベイカーを信頼し、その捜索に期待するも、いまだその所在はわからずじまい。いったいどこにいるのロリーナ?
「——アリス!」やにわに大声が響いた。
わたしは驚きの声を漏らしながら顔をあげた。するとそこにはビル・グレイ博士の姿が。あたりを見まわすと、そこはさまざまな計測機器やら機材に囲まれた部屋の一室だった。
「さっきから声をかけているというのに、まったく」グレイは掛けていた眼鏡をくいっと持ちあげる。「きみはぼくの話を聞いていたかい?」
「あっ……すいません。考え事をしてたもので」
グレイは失望したかのようにため息をつくと、心配するような口調で言う。「ロリーナのことを考えていたんだね」
「……どうしてわかったんですか?」わたしは一驚する。「博士は共感者でもないのに」
「あのねアリス。そんな憂いた表情をしていれば、たとえ共感者ではなくてもわかるよ。どうやらきみたち共感者は人の心が読み取れるゆえに、人の表情から感情や気持ちを読み取る力が乏しいようだね」グレイはそこで間を置く。「ロリーナのことが心配なのはわかる。彼女がいなくなったのは、ぼくにとっても大きな痛手だ。もしもロリーナが共感者の力を使って雲隠れでもしていたら、その所在を突き止めるのはむずかしいだろう。実際に軍部も手こずっているみたいだし」
わたしは表情を曇らせた。「やっぱり探し出すのはむずかしいんですね……」
グレイがわざとらしく咳払いする。「ところできみは透視能力について知っているか?」
「透視能力ですか。あまりよくは知りません」
「簡単に説明すると対象となる物や人物を空間を越えて見る超能力者のことだ。すでに透視能力者のいる部門の研究員たちにロリーナ・ベルの捜索の協力をお願いしておいた。いずれ彼女は見つかるだろうさ」
「ほんとうですか!」わたしは思わず大声を出してしまう。「わたしのためにありがとうございます、グレイ博士」
「おいおいアリス、勘ちがいするなよ」グレイは眉根にしわを寄せる。「ぼくはただ自分の研究に支障が出るのがいやで、やっているだけだ。きみのためじゃない、自分のためだ。だからきみに礼を言われる筋合いはない」
わたしは思わず苦笑する声を漏らした。「博士って最初はモラルのないただの変人かと思っていたけど、ちゃんとやさしいところがあるんですね」
「さて、なんのことやら」グレイは大仰に肩をすくめた。「ぼくはただ自分の研究のためになら、ほかの研究部門のやつらが迷惑そうにしていようが、どんな手を使ってでも協力させる、自己中心的な人間だ。ぼくを勝手にやさしいなどとは思わないことだな」
「はい、わかりました」わたしはほほ笑んだ。「ありがとうございます」
「だから礼は言うな」グレイは不機嫌そうに顔をゆがめた。「それよりもアリス、ぼくが話していた内容を覚えているか?」
「えーと……なんの話をしていたんでしょうか」
「まったく」グレイは嘆息する。「もう一度最初から説明するから、ちゃんと聞きたまえ」
グレイの話によると、とある患者がエイトへと移送されてきたとのこと。その患者の名前はメアリー・レイクス。十歳の女の子だ。メアリーは半年前に両親が離婚し母親に引き取られたため、母方の実家で暮らすようになると、頻繁に奇妙な夢を見るようになったという。
その内容はある女が助けを求め、自分の部屋をうろつきまわる夢だった。不思議に思ったメアリーが母に相談したところ、夢に出てきた人物の特徴がとある人物と一致した。その人物はメアリーの母の姉であり、夢占い師として名を馳せたレイシー・レイクスだとのこと。
この奇妙な夢について、死者が何かを訴えていると考えたメアリーの母は、ロンドンで有名だったとある交霊会の人たちの手を借りて、レイシーの魂と接触をはかろうと試みた。そのために夢を見た当人であるメアリーを媒介し、その体にレイシーの魂を降霊させようとした。その結果、驚くべきことにメアリーの体にレイシーが馮依したという。
「だが取り憑いたはずのレイシーはメアリーの体からいつまでも離れず、ずっと彼女を支配したままの状態だ」グレイはそこで間を置く。「アリス、きみはこの話を信じるかい? 死者が存在し、さらには人に取り憑くなんてことをさ」
中学のときに起きたウィジャボードの一件以来、わたしは死者の存在、ましてやその存在との交信に懐疑的だった。
「わたしには信じられません。どうせ世間の目を引きたいだけのイカサマ師なのでは」
「やはりそう思うか。ぼくも最初はそう思っていた」
「最初はそう思っていた?」
グレイはうなずいた。「じつはぼくがまだ駆け出しの研究者だったころ、生前のレイシー・レイクスとは面識があるんだよ。彼女の予知夢について、くわしく研究したからね。だからレイシーが取り憑いたというメアリーと話をして驚いたよ。まるで彼女はほんとうにレイシーかのようにしゃべるし、その記憶がある」
「……母親と共謀して取り憑かれたふりをしているのだけでは?」
「たしかにその可能性もある。だからこそきみの力でほんとうかどうか調べてほしいんだ」
「そのくらいおやすいごようですよ」わたしは自分の手のひらに視線を落とした。「どうせイカサマ師だと思いますけどね」




