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第三幕 第七場

 つぎの日のあさ、目覚めたときにはすでに部屋にはロリーナの姿はなかった。いったいいつの間にいなくなってしまったのか。わたしは寝間着を着替えると、ひとりさみしく朝食を食べはじめる。


 ロリーナ・ベルとの出会いはわたしにとって、これまでの人生でいちばん衝撃的なできごとだった。自分と同じで人の心を読み取ることのできる人間がいるという事実は、わたしの心を躍らせる。わたしにも同じような仲間がいる。それがとてもうれしかった。


 食事を終えると、わたしは急いでエイトへと向かった。現時刻は八時五十分。きょうの九時までにロビーに集まるように指示されていたからだ。ロビーに着くと可動式黒板の前に人だかりができていた。近づいてみると、黒板に何やら書き記されている。どうやらこの研究所であるエイトの見取り図に、能力者別の集合場所が記されている。テレパシー能力者は一階の東端の会議室、念動力者は一階の西端の会議室といったぐあいにだ。わたしはその指示に従って、二階南側にある会議室へと向かった。


 会議室に着くと、そこには十数人の人たちがすでに椅子に腰かけていた。そのほとんどがわたしよりもだいぶ年上の大人たちばかりだ。だから年若いロリーナの姿は目立っており、すぐに見つけることができた。わたしはすぐさまロリーナの隣にすわった。


「もうロリーナったら、なんで起こしてくれなかったの。遅刻しそうになったじゃない」


「なんでわたしがそんなことまでしないといけないんだ」ロリーナは頬杖をつきながら、眠そうに大きなあくびをする。「朝ぐらい自分でなんとかしてよ。こっちは自分のことで手一杯なんだからさ。それに気持ち良さそうに熟睡しているあなたを起こすのは、なんとなく悪い気がしてね」


「だいじょうぶ。これからは遠慮なく起こしていいから」


 ロリーナはため息をついた。「なんでがあなたを起こすことが、わたしの仕事みたいになっているんだよ。そんな面倒なのはごめんだ。子供じゃないんだから自力で起きてよね」


 わたしたちが何気ない会話をつづけていると、会議室に白衣姿の研究員たちと軍人が数人やってきた。そのなかで四十代ぐらいの眼鏡をかけた研究員の男が壇上へとのぼった。


「みなさんおはようございます」眼鏡の研究員が快活に言う。「ぼくの名前はビル・グレイ。今回の超能力者研究プロジェクトにおいて、きみたちを担当することになった博士であり、このプロジェクトの最終責任者でもある。よろしくたのむよ」


 ビル・グレイと名乗った眼鏡の研究員はにこやかな笑みを浮かべて、こちらに両手を振る。その行動はまるで動物園に来た幼い子供のようで、その知的な顔つきとはまるで裏腹であり、ちぐはぐな印象を与える。


「まず最初にみなさん」グレイは話をつづける。「あなたがたの他人の心を読む力のことですが、世間ではサイコメトリーと混同されることが多いですがそれはまちがいです。サイコメトリーとは物体などに残った人の残留思念を読み取る力であり、あなたがたの生きた人の心を読み取る力とは、似て非なるものです。あなたがたのような他人の心を読み取る力を持つ者を、われわれ研究者は『共感者』と呼称しています。ですからみなさんのことをこれからは共感者と、呼ばせていただきます」


 グレイの説明によると、一概に共感者といってもいくつかのタイプに別れるらしい。相手の顔を見るだけで心を読み取ることができる共感者もいれば、直接相手にふれなければ心を読み取ることができない共感者もいるらしく、その心の読み取り方はさまざまだ。だがしかし、相手を見て心を読み取る共感者よりは、相手に直接ふれて心を読み取る共感者のほうが、より深く相手の心を読み取れる傾向にあり、わたしとロリーナがそのタイプにあたる。


「では共感者についてのひととおりの説明を終えたところで、共感者であるみなさんにぼくから提案があります」グレイが右手の人差し指を立てた。「共感者の脳が一般人とどうちがうのか、ぼくは非常に興味があります。ですからどなたか脳を解剖させてもらえないでしょうか。もし解剖させていただけるのなら、提示された五倍の報酬を支払いますよ」


 場内がざわつきはじめた。まるで悪い冗談でも言われたかのような雰囲気だ。


「グレイ博士!」ロリーナが大声を発した。「あんた馬鹿なの?」


「失礼な、ぼくは馬鹿ではありません」グレイは気分を害したかのように、不満げな表情を浮かべる。「超一流の大学を首席で卒業し、その後も医学や科学の分野において最先端の技術を学んできた天才です。もしわたしが馬鹿な人間だったら、そんなことができますかね?」


「だったらなおさらわからないかな。五倍の報酬を支払うと言われても、脳を解剖されて死んだら元も子もないだろ」


 グレイは首を傾げると、しばし間を置いた。「たしかにそうですね。その点は気がつかなかったです。ぼくとしたことがうっかりしていました。毎年科学のためにみずからの体を提供してくる献体に何不自由していない身分としては、そこは盲点でした。ではみなさん、科学の未来のために献体になってくれるかたがおりましたら、いつでもわたしに声をかけてください」


「いるわけないだろ」ロリーナはあきれ顔になる。「だいじょうぶなのか、この博士は」


 それまで事の成り行きを見守っていた軍人の男が大仰に咳払いし、場内にいる人々の注目を集める。

「えー、みなさん」軍人の男が口を開いた。「このエイトに集められた研究者たちは、みなが一流ですが、それゆえに個性の強いかたがたが多く、なかには一般人との常識がずれたかたも少なくありません。そのため研究者たちの発言や行動に、みなさんがとまどうこともあるでしょうが、あまり気にしないでください。われわれ一般人にとって、それは考えるだけ無駄なことですから」


 軍人の男が苦笑いを浮かべると、あたりから笑い声が漏れ聞こえてきた。きっとあの軍人の人も苦労しているのだろうと、その表情から察せられた。


「ではみなさん」グレイが話を引き取った。「話の腰が折られてしまいましたが、あなたがた共感者の実験について話をもどしたいと思います」


 こうしてわたしたち共感者の実験がはじまった。はじめにおこなわれたのは、無作為に選ばれた老若男女の人々の心を読み取る実験だ。方法は被験者に対して質問を問いかけ、その答えを頭に思い浮かべてもらい、それを共感者であるわたしたちが読み取るというものだ。グレイの説明によると性別や年齢によって、心の読み取りに何かしらの影響があるのかどうかを調べるためのものらしい。


 この実験によってある種の傾向が判明した。大人よりも子供のほうが心を読み取りやすく、幼ければ幼いほどその心を簡単に読み取れるという実験結果がでた。さらには男性よりも女性のほうが心を読み取りやすいということも判明した。


 以上の実験結果から、人の心は複雑なことを考える大人よりも、単純な子供のほうが心を読み取りやすい、と推測された。また理性的な傾向がある一般男性よりも、感情的な傾向がある一般女性のほうが心を読み取りやすい、とも推測された。それによってあらたな実験が模索されることになった。


 つぎの実験は被験者に過去の思い出を頭のなかに浮かべてもらい、それを共感者が読み取るというものだった。被験者にはリラックスできるよう寝椅子に横たわってもらい、思い出しやすいように目を閉じて記憶を思い浮かべてもらう。この実験によってわかったことは、楽しい思いでほど簡単に読み取れることに対して、つらい思い出ほど読み取りづらいことが判明した。特に戦時中の思い出は断片的な映像しか読み取れなかった。このことから被験者が思い出したくない記憶であればあるほど、その記憶は読み取りづらくなることがわかった。


 グレイの説明によると人の心は意識と無意識の領域に分かれているそうだ。ふだん意識できる心とは別に、自分でも意識できない心の奥底の領域。それが無意識だという。そのことから、共感者が読み取れる心の領域は、その人物の意識下にあがった情報だけだと推測された。被験者がつらくて思い出すのに抵抗がある記憶は、抑圧されて無意識へと押しもどされる。そのため意識下まではのぼってくるのは困難で、読み取る事がむずかしいということだ。


 だがしかし、例外が起きた。


 連日の実験で疲労していたとある女性の被験者がいた。そのため彼女は実験の最中に半ば眠りに落ちかけてしまう。するとどうであろう、つらい思い出が抑圧される事もなく読み取れたのだ。さらには他人にしゃべるには抵抗があるはずであろう性体験やひわいな思い出までもが、なんの抵抗もなく読み取れた。そのほかにも思い出すのがむずかしいであろうと予想されていた彼女の記憶をつぎつぎと読み取ることに成功する。


 この結果に対してグレイは、おもしろくなってきた、とにんまりと口元をゆがめていた。

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