第三幕 第五場
ルイス・ベイカーの誘いを受けて、わたしは国家プロジェクトに参加することを決めた。その決断に対して母はとまどっていたので、わたしは自分の意思を伝えた。自分に授かった力を何かの役に立てる、それと同時に自分と同じ境遇の人たちと出会える。それがわたしに答えを与えてくれるはずだ。すると母はあなたが自分で考えて決めたことならわたしは反対しないと、納得してくれた。
こうしてわたしは正式にプロジェクトに参加することになった。ベイカーのくわしい話によると、研究の対象者には報酬が支払われるようで、その額は驚くべきことに一般家庭の年収を軽く超えていた。そのかわり守秘義務が発生するらしく、研究の成果についてだれにもしゃべってはいけないらしい。それはどうってことはないと思った。いままでも母の言いつけで、自分の力について他人にしゃべったことはないし、これからもするつもりはないからだ。それよりも報酬が支払われるとは予想外だった。しかも高額。これならお金を貯めて高校へ、いや大学だって進学できるかもしれない。
わたしはその日が来るのを心待ちにしていた。プロジェクトは九月頃をめどに開始するらしく、いまはそのための準備をいろいろとしているのだという。どうやら研究所はロンドン郊外にある軍事施設を改築して使用するらしく、その敷地内には都合よく広い芝の広場があるため、わたしのようにロンドンから遠く離れた場所に住んでいる超能力者のための住居施設もあわせてそこに造られるそうだ。いたれりつくせりだな、とわたしは感心した。
そしてその日がやってきた。ベイカーは軍用車両でわたしの家まで迎えにきてくれた。母に別れを告げたあと、わたしはそれに乗ってロンドンへと向かった。はじめて向かう大都会にわたしは胸を躍らせた。戦争の時に激しい空爆は受けたとはいえ、いまでは復興も進み戦前となんら変わりはないという。だがしかしベイカーによると研究所は郊外にあるため、あまり期待しすぎるとがっかりするぞ、と言われた。ロンドンとはいえど、郊外はふつうの田舎と変わらないらしい。
「研究所ってどんなところなんですか?」わたしは訊いた。
「戦後使われなくなった軍病院を改装した場所だ」ベイカーは答えた。「元の名前は陸軍第八軍病院。だからわたしたちは研究所のことをその名にちなんでエイトと呼んでいる」
「どうしてエイトなの?」
「第八軍病院だからな。わかりやすいだろ」
以外と単純な名前だな、とわたしは思った。てっきり有名な研究所にありがちな長ったらしい名前で、その頭文字を省略した名前がつけられていると思い込んでいた。でも名前なんてものは単純でいいのかもしれない。要は名前よりも中身が大切ってことね。
やがて研究所であるエイトが視界の先に見えてきた。その建物は軍病院を改装しただけに、その外観は病院と大差はない。研究所と聞いて先進的で斬新的な建物を想像していたわたしは、肩すかしを食らった気分だった。元軍施設の性質上、機密保持のためかエイトの敷地は高い塀に囲まれており、周辺にはあまり建物はなく豊かな自然が広がっている。
エイトに着いたわたしとベイカーは、さっさく建物の中へとはいっていった。ロビーは広く、白衣を着た研究員らしき人たちがたくさん往来している。そんな人たちに混じって、わたしと同じような一般人らしき人の姿もちらほら見かけた。さらにはベイカーと同じように軍人もおり、みな腰から拳銃をさげている。そのためこの施設の警備の重要性を察した。
わたしがあたりを見まわしていると、派手なスーツを着た人物が白衣の人たちを数人従えて、こちらへと歩いてくる。その人物は四十代ぐらいの男で、ちょびひげを蓄え、髪を七三にきれいに分けており、金ぴかの腕時計をはめている。その身なりから、どうも自己主張が強く思えてしまう。
「やあお嬢ちゃん」男はわたしのところに来るなりそう言った。「ここにいるということは、きみもぼくと同じ超能力者だね。会えてうれしいよ。同じ選ばれた人間として、きみを歓迎する」こちらに手を差し出した。「ぼくの名前はチャールズ・ロバート。念力の力を持つ超能力者だ。よろしくたのむよ」
わたしは目の前にいる男に訝しげな視線を投げる。その怪しい見た目からどうに好きになれない。でもここで握手を拒むのは失礼に値するので、しかたなしにその手を取った。
「ところでお嬢ちゃん、きみのお名前は何かな?」
「イカサマ師よ」わたしはぶっきらぼうに答えた。
「イカサマ師?」男はわけがわらないといった様子になる。「それがきみの名前なのかい」
「ちがう、わたしじゃない。あなたのことよ、イカサマ師さん」
男の表情がみるみる曇っていく。「な、何を言っているのかねきみは。わたしがイカサマ師だと」そこで咳き込むと声を大にする。「何を根拠にそう言っているのか知らないが、それはわたしに対しての侮辱だ。いくら子供だとはいえ許さないぞ!」
「靴底にベルト、それに腕時計。そのほかにもスーツのいたるところに磁石を仕込んでいる。その仕掛けから目をそらさせるために、わざと派手なスーツを着てごまかしている」
男はわたしの手を払いのけると、面食らった様子であとずさった。それを追い討ちをかけるべく、わたしはベイカーに鋭い視線を送り、こいつは偽物だ、と目で訴える。
「その男を身体検査してたしかめろ」ベイカーが男の付き添いの人たちに命じた。
白衣の人たちが男を取り押さえる。すると男はわめきはじめた。そのためロビーにいた人たちの注目を集めてしまう。男は無実だとわめきちらし、わたしを罵る汚いことばを口にした。わたしはそれが不愉快だった。だがすぐに男の仕込んだ磁石が発見されると、そのままどこかへと連れて行かれ、わたしの視界から消え去った。




