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第三幕 第四場

 中学卒業まで半年を切ったある日のことだった。その日、わたしは卒業後の進路について思い悩みながら帰宅している途中だった。


 卒業後の進路は進学か就職の二択しかない。母子家庭であるわたしには進学は金銭面的にむずかしいものがある。母は気にしないで進学しろと言ってくれた。けどこれ以上、毎日のように朝から夜まで働いている母の負担になりたくはない。

 かといって就職するとしても、中学を出たばかりのわたしができる仕事は限られている。たいして金も稼げないだろう。


 ……だったらどうする?


 わたしは自分の手のひらを見つめる。この人の心の力を読める力で占いでもはじめてみるか。世間では占いや昔に流行していたらしい死者の魂を現世に呼び出す降霊術なるものが、ひそかに人気を集めているそうだ。だとするとその人気にあやかって、わたしの力が利用できるのでは。たとえばそうだ、亡くなった人の魂を呼び寄せたと言って、相手の記憶からその故人の思い出をしゃべれば、きっと相手はほんとうに死者を呼び寄せたと信じて……。


 何を考えているんだわたしは! 

 これではいつかのエイダやメイベルたちみたいに、ただの詐欺師じゃないか。わたしはそんなことのためにこの力は使ったりしない。だれか人の役に立つために使うと決めたはずだ。


 ……だが肝心のその使い道は未だに見つからない。


 自分で考えて決めなさい、と母に言われたあの日から、ずっとこの力の使い道を考えていた。だが思いつくのはだいたいが悪用法だけだった。この力をよいことに使うなんて有効方法は、わたしには見いだせなかった。


 重苦しいため息をつきながら歩きつづける。わたしはなぜこの力を持って生まれたのだろうか。何か意味があってのことだったのか。それとも神さまが気まぐれに、わたしのこの力を授けてくれただけだとでもいうの。


 気分が落ち込んだまま家に帰宅すると、思いがけない人物の姿がそこにはあった。

「ベイカーさん」わたしは驚きの声を漏らした。「どうしてここに」


 いまわたしの目の前には亡き父の親友であるルイス・ベイカーの姿があった。ベイカーは軍服姿でリビングのソファーにすわっていたが、わたしの姿を見るなりすぐに立ちあがる。


「やあアリス。ひさしぶりだね」ベイカーはほほ笑んだ。「また見ないうちにこんなに大きくなったね」


「ほんとうにおひさしぶりです。突然どうしたんですか。連絡もなしに訪ねてくるなんて、驚きましたよ」


「驚かせてしまったかね。そいつは失礼」ベイカーはソファーを指し示した。「立ち話もなんだしすわってくれたまえ。きょうはきみに重要な話があってきたのだよ」


「わたしにですか」わたしはソファーに腰かけた。「それでいったい何の話をなんです?」


「じつはとある国家プロジェクトが立ちあげられてね、そのプロジェクトにきみを誘いにきたんだ」


「国家プロジェクトにわたしを?」わたしはとまどいを覚えた。「いったいその国家プロジェクトとは何ですか」


「実はイギリス政府はテレパシーや念力、未来予知などといった超能力と呼ばれる力を解明するために、科学的実験を試みることにしたんだよ。それで人の心を知ることができるきみにも、この実験に参加してもらいたいと、わたしは考えているんだ」


「政府がそんなオカルト的なことに手を出すなんて、わたし信じられない。その話はほんとうなんですかベイカーさん?」


「もちろんほんとうさ」ベイカーは大仰にうなずいた。「だいたいわたしがきみに対して嘘をついても、きみの力ですぐに見破られてしまう。わたしが嘘をつく理由なんてないんだよ。それにきみは政府がオカルト的なことに手を出すなんて信じられないと言ったが、そんなことはないんだ。第二次世界大戦後、世界の大国ではこの手の研究をはじめているんだよ。もちろん世間に向けて公表なんてしたりはしないが、秘密裏にすでにはじまっているんだよ。われわれイギリスは出遅れてしまっているくらいさ」


 その話にわたしは目を丸くするばかりだった。そんなことが世界じゅうでおこなわれていたなんて夢にも思わなかったし、考えもしなかった。


「いま現在この国家プロジェクトは軍を中心にして動き出している。わたしの役目は国内にいる超能力者を探し出してスカウトしてくることなんだ。けどだからといって、きみに無理強いをするつもりはない。いやだったらことわってもいいし、ことわったからといって、きみに不利益になるようなことはいっさいない。それは保証する。それにきみのような力を持つ候補者をすでに数人確保している。だからいやだったら遠慮なくことわってもいいんだよアリス」


 そのことばにわたしは驚きを隠せなかった。「わたしのほかにも、人の心が読める人間がいるんですか!」


「もちろんいるとも。きみがこのプロジェクトに参加してくれるというのならば、紹介できると思うけどね」そこでベイカーは間を置いた。「さてアリス、きみはどうするかね? 大事な話なのでいますぐに答えをだせとは言わないよ。プロジェクトは半年後にはじまる。ちょうどきみが中学を卒業する頃だ。それまでに返事を——」


「やります!」わたしはベイカーのことばをかき消した。「やらせてください」


 自分以外にも人の心が読める力を持つ人間がいる。その事実にわたしは胸を躍らせた。そしてこの国家プロジェクトに参加すれば、わたしの迷いに答えがだせるのかもしれない!

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