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第三幕 第三場

 これからは自分で考えて決めなさい、と母に言われたその日の夜。わたしは十字架を手に握りしめながら、ベッドに横たわりそのことばかりを考えていた。


「自分で考え決めるのか……」


 人の手を握ると、その人の心がわかる。それは物心ついたときからそうだった。だから相手のことがよくわかるし理解できる。でも相手はわたしという人間が何を考えているのか理解してくれない。それが不思議だった。だからわざわざ口に出して思いを伝えないといけない。


 成長するにつれて、わたし以外の人間は相手の心を読み取る力がないことを悟った。それを理解したとき、なんて不便なんだろうと思った。そしてなぜ自分だけにこんな力が備わっていたのか疑問に思った。

 わたしは十字架の鎖を指に絡ませると、その手を天井へと向かって突き出した。振り子のように十字架が揺れるさまを静かに見つめる。


「なんでわたしだけが人の心を読み取れるのかな……」


 母はわたしのこの力のことを、人の心をのぞき見る力と言う。のぞき見る、という母の言い方がきらいだった。まるでわたしが悪いことをしているみたいだ。べつにわたしは悪いことなんてしているつもりはないのに。


 わたしはため息をつくと、突き出した手を自分の胸へとおろした。

 相手の気持ちがわからない人間ほど、自分の心を知られるのをいやがる。大抵の人間がそうだった。わたしみたいに思ったことを正直に話す人間は成長すればするほど、まわりにはいなくなっていた。どうして自分が感じたり思ったりしたことを正直に話さないのか。そうしないと相手に自分のことを理解してもらえないというのに。


 もしかするとふつうの人たちにとって、わたしがおかしいのだろうか?


 ……おそらくそうだろう。そんなことはわかっていたはずなのに。わたしのこの心のわだかまりは、だれにも理解してもらえないだろう。だってほかの人たちは相手の心を読み取ることなんてできないのだから。


 わたしは人の心を読み取れる。この力の使い道はどうすればいい?


 幼い頃、父はいつもわたしにこう言っていた、人にやさしくしてあげなさい。もしだれかが困っている人がいるなら助けの手を差し伸べてあげるんだよ、と。


 だとしたら、わたしのこの力を持って人助けなんてできるのだろうか?


 ……わからない。どうやってこの力を有効活用すればいいのか、いまのわたしには思いつかない。それに人は自分の心を知られるのをいやがる。だったらこの力は無意味なのでは。

 わたしは答えをだせないまま、そのまま眠りについた。

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