78 出発できない出産
トルポップの村の民宿で一泊した僕達は出発の準備をしていた。
突然ではあったが、民宿の奥さんが産気づいた。
予定日よりもだいぶ早いらしい。
民宿の主人が産婆さんを呼びに行ってくるので、その間見ていてくれないかと頼まれた。
僕達は客ではあったけれど、出産に協力することにした。
ここで活躍したのはメリクル神父だった。
プロだった。
職業柄、色々なところで出産の手伝いをしたり、さらには自分の子供を自分で取り上げたこともあるという。
いやいや、あんた子供いたのって突っ込みたい。
そもそも神父って結婚できないんじゃ無かった?
この世界基準だからカトリック的な常識は意味が無いんだろうけど、決まり事とかどうなってるんだろう?
まあ出産を控えている今、それは重要では無い。
メリクル神父は、お産婆さん呼びに行かなくて良かったんじゃと思う手際で僕達に指示を出し、準備を万端に整えた。
そこに青い顔をして民宿の主人が戻ってくる。
お産婆さんが留守だったという。
ガタガタ震えだしている。
大丈夫、ここにプロがいる。
そして元気な泣き声が響く。
無事に元気な赤子が生まれた。
この騒ぎのせいで出発するどころでは無くなってしまった。
赤ん坊が寝付くと、騒がしさから一変して静かになった。
僕はその赤子を見て、この世界の母の記憶を辿った。
あまり思い出せない。
そもそもあの頃、ハッキリとは目が見えていなかったのだ。
微妙に見える輪郭と音で辺りの気配を読んで、状況を察していたのだ。
だから母の顔は分からない。
僕がそんなことを考えながら赤子を見ていると、民宿の夫婦が抱いてみないかと勧めてきた。
希望の家でも、さすがに首が据わっていないレベルの赤子の面倒を見たことは無い。
少し怖かったけれど、素直に抱かせてもらった。
暖かくて不思議な匂いがした。
エリッタも抱きたそうな顔をしていたので、夫婦の許可を取って赤子を渡した。
受け取ったエリッタは、おっかなびっくりな手つきだったけれど、抱いているときの表情は嬉しそうだ。
メリクル神父も抱かせて貰っていたけれど、無茶苦茶慣れた手つきで様になっていた。
リプリアは私は遠慮しておきますと断っていた。
名残惜しいけれど、さすがにこれ以上出発を遅らせるわけにも行かない。
僕達が村を出るとき、民宿の主人や近くにいた村人が手を振って送り出してくれた。
「赤んぼうって可愛いな。」
エリッタがそんな感想を漏らす。
「この辺りは平和で良かったです。
ただ・・・そうですね、みんなには話しておいた方が良いですね。」
僕は出産に立ち会ったことで一つ決意を固めた。
僕は王国のことを話すことにした。
「神の遺跡の件で知っての通り、神魔砲の開発にブリデイン王国が関わっています。
そしてブリデイン王国が反帝国陣営をまとめている状況も知っていると思います。
中立だったフェイベル王国も、神魔砲の共同開発から考えると既に反帝国に加わっていると考えられます。
もうすぐ帝国と反帝国の戦いが始まります。
位置的に考えて、いずれここは戦場となります。」
みんな黙って聞いている。
僕は話を続ける。
「戦いを止めるためには、神魔砲をなんとかしなければなりません。
あれがある限り、戦略的に優位な反帝国派は勝利を確信し戦争を始めるでしょう。
僕は人間同士の戦いを止めたい。」
メリクル神父が頷く。
「そうですね。
今は人間同士が力を合わる時。
そもそも神の遺物を兵器に使うなど言語道断。
教会も協力してくれるでしょう。」
協会の協力も得られそうだ。
「だけどそれってブリデイン王国を裏切ることになるんだ。
それは分かってるのか?
アタイは賛成できない。」
エリッタが言う。
「僕は出産に立ち会った子供が、戦争に巻き込まれて死んでいくのを認めたくはありません。
それが裏切りに繋がるとしても、自分が正しいと思ったことをやります。」
「・・・。」
エリッタはそれ以上何も言わなかった。
「わたくしはオキス様のご指示に従います。」
リプリアはいつも通りだった。
もし試しの剣を抜くことが出来れば、勇者として仲間を集めやすくなるだろう。
そして遺跡の兵器利用を防ぐためには賢者の杖が必要になる。
師匠が言っていた五ヶ月という刻限以内に必要な物を揃えて戻らなければならない。
僕は堅く決意した。
例えそれが裏切りと言われようとも。
裏切り無双が発動するかも。




