62 威光の力に移行する
僕に向かって三メートル級の岩が降ってくる。
このまま行けば直撃だ。
さすがにこれを躱す手立ては無い。
心残りは沢山あるが、けっこうやれた方ではあるだろう。
『ちょっとー、諦めちゃうの?』
唐突に頭の中から声が響く。
そういえばこの子と話が出来てなかったな。
「さすがに無理、もう体が動かないよ。」
僕は頭の中から聞こえる少女の声に応える。
『えぇー、ようやく声が届いたのに。』
少女は残念そうだ。
「君は僕のユニークスキルなんだよね。
打開する手立てとかあるのかい?」
『え、知ってたの?
結論から言います。
アタシにそういう力はありません。』
「やっぱりね。
そんな気がしてたんだ。」
岩は僕の視界を覆い、空が見えなくなる。
僕は覚悟を決めて目を瞑る。
ドーンという轟音が響く。
ん?轟音が響く?
なんで音が聞こえる?
「あれ?」
僕は落ちてきた岩から数メートル離れたところに立っていた。
体に植物の蔓のようなものが巻き付いている。
「なんだいこの状況は?
私がいない間に偉いことになってないかい?
ちょっと事情を聞いて良いかな?」
僕の目の前にはローブの男が立っていた。
右腕から植物のようなものが出ている。
僕に巻き付いている蔓はそこから出ていた。
ローブの男は僕の顔を覗き込んでくる。
「うんん?もしかして君はクエルクの。
ああ、久しぶりだねオキス君。」
ローブの男、魔術師ワイアデスの事件の裏にいた魔族だ。
まさかこの男に助けられるとは。
「もしかしてあの亀の魔物は。」
僕が聞く。
「クルタトルの事かい?
そうだよ。
ちょっとした実験をしてたのさ。
せっせと育てていたのに、酷いことになってるね。」
ローブの男は同士討ちでボロボロになっていく巨大クルタトルを悲しそうに見つめている。
そしてふと思い当たったのか、僕に尋ねてくる。
「もしかして精神魔法かけたの?」
「・・・。」
僕は答えなかった。
この魔族に情報を与えてもメリットは無い。
「人間で精神魔法を使うなんて轟魔ぐらいしか知らないよ。
彼だってここまで激しい同士討ちをさせるなんて出来るはずは無いし。
あのお方なら朝飯前だろうけど。」
ローブの男は僕をじっと見る。
「君・・・もしかして魔族なのかな?
クラレウスの鎖の効果・・・。
なるほど、それなら合点はいく。
いや、魔族だったとしてもこの幼さでは。
可能性があるというと・・・ハッ!」
何か閃いたようだ。
「あのぉ、一つお尋ねします。
あなた様の母君はアストレイア様というお名前だったりしませんかね?」
ローブの男が不安げな表情で尋ねてくる。
「・・・。」
僕は黙っていた。
しかし状況を悟ったのか、ローブの男はみるみる青ざめていく。
しばらくは口をパクパクさせていたが、ついに声を絞り出す。
「ひぃぃぃ。
知らぬ事とは言え、ご無礼を。
何とぞ、何とぞご容赦を。
私は非力な身ではありながらアストレイア様からの命を賜っております、ブリゲアンと申します。」
額を地面にこすりつける。
これ以上は無いと言うほどの見事な土下座だ。
「もしかして僕がこっちに飛ばされた事情とかを知ってたりするの?」
「いえ、そこは存じ上げません。
しかし私の知っていることであれば何でもお答えいたします。
本当に、本当に今までのご無礼は・・・。」
何度も地面に額を打ち付ける。
僕の母親の威光なんだろうけど、どれだけなんだ。
クルタトルの同士討ちの音が弱まってきた。
クルタトル達はもうボロボロになっており、そろそろ限界が来ているのだろう。
この後も一波乱ありそうだけど、危機はひとまず脱することが出来たようだ。
親の七光り無双だった。




