203 審査が入りそうな診察
弱った体も順調に回復し、路銀も無い僕はブレイトンさんの手伝いを始めた。
町医者としてちょっとした怪我から病気、果ては難しい手術まで華麗にこなすブレイトンさん。
回復魔法すら使用不可になった僕に出来ることがあるかというと・・・実はあった。
異界の辞典に死角は無い。
薬や病巣に関する知識、そして遺跡街レイネスから送られてくる道具の使い方、そういった部分で役に立てているはずだ。
シーリを経由しなくて良いので、必要な情報をバンバン引き出すことが出来る。
今の体の欠点は、魔力を失い完全に魔法が使えないことだ。
そして体力が大幅に落ち、一般的な現代人の成人男性レベルに毛が生えた程度になっている。
当然のごとく魔導力も神の残滓も使えない。
戦闘力はその辺りの冒険者にも劣るかもしれない。
きっとこっちに来たばかりの頃のギスケも苦労したのだろう。
僕のアドバンテージは、こちらの世界で過ごした知識があることだ。
言葉も問題なく話すことが出来る。
そして異界の辞典が使用可能なままであることだ。
「アグレト、お前は何者なんだ?」
突然ブレイトンさんからそんなことを言われた。
まあ、異界の辞典を躊躇せず使っているので気持ちは分かる。
「少し前にオキスが来ましたよね。
同類です。」
「やっぱり知り合いだったのか。」
「ついでに言うと、魔神ギスケと同郷です。」
「おい、それは俺が聞いていい話なのか?」
「まあ、問題ないと思います。
ブレイトンさんに嘘を言っても、何の得にもなりませんから。
それともう少し路銀を貯めたら遺跡街に行こうと思っていますので、迷惑はかけませんよ。」
そんな話をしているとき、アデルタが姉と共にやってきた。
差し入れを持ってきたのだ。
アデルタは以前僕が助けた少年だと思っていた・・・少女だった。
僕がオキスをやっていたときのアデルタの格好は完全に男装だったので、僕に罪は無い。
まあ僕とオキスは別人なので、何のフラグも立たないから安心して欲しい。
そしてその姉ウイリンは心臓の手術を受け、ブレイトンさんに経過観察されている状態だ。
彼女は毎回パンやチーズなどを差し入れてくれる。
ブレイトンさんはウイリンを診察すると、また僕に話しかけてきた。
「レイネスに行くのなら、俺も連れて行け。
オキスとの約束もあるからな。」
「ここは大丈夫なんですか?」
「まあ不安はあるが、他の医者もレイネスの薬を使えるようになっている。
ウイリンの経過も良好だし、俺がいなくなっても問題は無いだろう。」
その話を聞いたウイリンが悲しそうな顔をする。
薄々勘付いてはいたけれど、ウイリンはブレイトンさんが好きなのだろう。
僕はいったんこの場を離れる。
うん、二人で話し合ってもらおう。
遺跡街に戻る前に本当はギスケにコンタクトをとりたい所なんだけど、帝国の中枢にも恐らく神の使徒がいるはずだ。
せっかく盗聴される体とお別れしたのだ。
再びマークされるのはしばらくは避けたい。
いずれはこの事実をギスケに伝えなければならない。
これからの行動目標はまず遺跡街レイネスに戻ること。
そして神と戦うための武器を揃える必要がある。
以前に開発を凍結させた化学兵器も使わざるを得ないだろう。
とはいっても、僕はもうオキスではない。
遺跡街でどう立ち回るか、なかなかに難しいことになりそうだ。
神の使徒はスパイ無双中のようだ。




