2 疎開したんだって、へぇそうかい
魔王である母が死んでから、4年が過ぎた。
ここは山だ。山荘とか城とか宮殿とかでは無い。
他に言いようがない山だ。
そして目の前には生活に必要なものが置いてある洞穴がある。
そこには僕と爺とボディーガードしかいない。
「爺、イチゴ摘んできたよ。」
僕は籠を限界まで傾けた。
ピンク色にまで熟れた甘いイチゴが籠からギリギリのところで踏みとどまる。
コロボックルみたいな姿をした爺は籠をのぞき込んで満足そうに頷く。
「オキス様、ではそれを食べながらでかまいませんので、復習にはいりますぞ。」
オキスは僕の仮の名前だ。真名は隠しておくことになっている。
「魔法を発動させるのに必要な物はなんですじゃ?」
これは魔法の基本講義だ。
「魔力と魔導と魔術回路だね。
自分の中に蓄積されている魔力を、魔導を通じて外に出し、精神力で編み込んだ魔術回路の中に注ぎ込むことによって発動させるんだよね。」
「そうですじゃ。そして魔力を多く持っていたとしても、魔導が細いと、魔術回路に大きな魔力を注ぎ込むことは叶いませぬ。
逆に魔導線が太くとも総魔力量が少なければ、やはり大きな魔力を注ぎ込むことは出来ませぬ。
また、魔術回路の編成が稚拙だと、いくら魔力を注ぎ込んでも形にならずに消えてしまうのですじゃ。」
魔力量は種族や個体差によって大きく違いがある。
そして訓練することによって伸ばすことが出来る。
もちろん才能の差という物は存在していて、魔力と魔導は先天的な才能が大きく影響し、魔術回路は訓練によって複雑なものを構築することができる。
魔術回路を初めて編んだときは、シェーダプログラムを思い出した。
挿入された魔力が各ステージで並列演算され、最終的な色が効果として決まる。
訓練次第で並列ユニットが増え、レジスタの増加で式が組みやすくなり、一度に使える命令の数が増える。
「魔法について教えるのは、本来であればもっと成長なされてから・・・。
しかしオキス様は物覚えの早さが尋常ではありませぬ。
魔王様ですら魔法の修行を始められたのは十歳になられてから、モグ。」
そういえば僕はまだ四歳だった。
四歳でも山菜とかイチゴとかぐらい採ってきたりは出来る。
魔王種の成長は人間とあまり変わらないらしい。
ただし500年とか平気で生きる長寿の種族だ。
だから同じような成長速度でも、最終的には人間と圧倒的な差がつくことになる。
前世の記憶があるおかげで精神年齢にチートが入っている。
魔法の習得も同じ年の魔王種よりも優位だ。
だけど微妙なアドバンテージだ。
子供の頃は天才でも、何もしないで大人になったら凡人の仲間入りが目に見えている。
「モゴモゴ。ただし魔王種の方々には特殊なスキルがモゴモゴ」
爺が小さな体でイチゴを頬張っている。ハムスターみたいに頬袋が変形している。
魔王種には個体によって色々なユニークスキルが存在し、僕の母は魔力を急速回復させる能力を持っていたらしい。
たったそれだけのスキルなのだが、魔王種史上最強と言わしめた。
僕が生まれる少し前に、世界最大最強だった人間の帝国を一方的な蹂躙で崩壊させたという話だ。
勇者が面会に来るのも無理からぬ話だ。
魔法使いたい放題、これは戦闘時だけでなく、修行するときにも圧倒的に有利だ。
常時魔法を使いっぱなしで技を磨くことが出来る。
もはや誰にもどうにも出来ないレベルで最強だったらしい。
魔力の回復には個体差はあるが時間がかかる。
総魔力量が多ければ多いほど、使い切った後の回復には時間がかかる。
魔王クラスであれば、空の状態から回復するまで下手をしたら半年かかる。
それを短くする方法もあるらしいけど、自然回復を待つとそのぐらいかかるらしい。
気になる僕のユニークスキルはまだ発現していない。いつか強力なのが目覚めるといいな。