177 お疲れの彼にカレーを食べさせたい
私は動けなかった。
心取り戻したからだ。
彼が死んだことによって、彼の中にあったシーリが私の元へ戻ってきたのだ。
なんとか動くことが出来るようになった私は、彼に治癒魔法をかけ続けた。
単純な回復魔法では無い。
最大級の治癒魔法だ。
「なんで、なんで目を覚まさないの。
傷なんてもうどこにも無いのに。
お願い、目を覚まして!
私はもう大丈夫だから。」
私はこの世界で十年しか生きていない。
でも繰り返した時間を換算すれば百年を超えている。
心が枯れるまで魔法の修練を続け、魔術回路の構築は意識すらせずに編むことが出来る。
この程度の傷を塞ぐなんて造作も無いはずなのに・・・違う、傷は塞がっている。
私はさらに治癒魔法を彼にかけ続けた。
いっこうに動かない彼。
心臓も止まったまま。
「なんで動かないの?」
私は叫んだ。
こんな世界に前世の記憶を持ったまま、ひとりぼっちで生まれてきた。
救いだったのは、彼がこの世界にいることが感じ取れたから。
私の一部が彼の所にあったから・・・繋がっていた。
いつか必ず会える、その為だけに生きてきた。
でも私は不安定な存在だった。
心がバラバラになり、アリスという存在に残されたの心は、悲しみと寂しさ、そして憎しみ。
それでも生きてこられたのは、彼に対する愛が残っていたから。
それだけは失わずに来られたはずだった。
彼に会うために力を付ける必要があった。
時を戻すユニークスキル、永劫の回帰が使えるようになってからは、ひたすら魔法の修練に明け暮れた。
だけどこれは諸刃の剣だった。
永遠とも言える時が使える代わりに、心が疲弊して枯れていくのだ。
そして枯れた心は凍っていった。
私はそれすらも、魔法の修練に没頭できるようになって良かったとすら考えていた。
シーリと名付けられた私の一部。
そこから彼と繋がっている。
でもそれは凍った心に憎しみを宿す結果となった。
それがどんどん膨れあがって、自分では制御できない怪物に変わった。
そして彼と再会した。
昔と顔は全然変わっていたけれど、私を見て吹き出した彼の笑顔は同じだった。
私は自分を抑えられなかった。
そして彼を・・・殺してしまった。
彼は最後まで私を救おうとしてくれていたのに。
彼を殺した瞬間、私の心が戻ってきた。
シーリが私と一つになった。
よりによってこのタイミングで爆発する感情。
私は引き裂かれそうな心の爆発を抑え付け、彼の傷を治癒した。
完璧に治癒したはずなのに、やはり彼は目を覚まさなかった。
時間を戻した。
そして最大級の治癒魔法をかけた。
それでも駄目だった。
魂がここに無いのだ。
あるのは空っぽの体だけ。
それでも私は魔法を使い続ける。
彼が生き返るのなら、私の魔力が空っぽになっても構わない。
その時、私の肩に手がかかった。
「アリス、もういいよ。
十分だ。
オキスは・・・君を守れたんだ。」
勇者ジキルだ。
私の猛毒の魔法で命を削り取ったはずなのに、少しだけ疲弊した顔をしているけれど十分に動けている。
さすが勇者という化け物だ。
私は動かなくなったオキスと呼ばれていた彼に抱きついた。
体温が少し残っていた。
私はもう、泣くことしか出来なかった。
無双なんて幻影なのに。




