ランカー1
「大和、カードショップ行こうぜ!」
放課後、早速和馬が鞄を持って大和の席にやってくる。
「ちょっと待て、今片づけるから」
机から教材を引き出し、鞄の中に入れる。それを見ていた和馬が、首を傾げながら尋ねた。
「お前、毎回教科書持ち帰ってるのか?」
「何言ってんだ、当たり前だろ」
「え、俺持って帰ったことないんだけど」
「なんだ、兄弟でもいるのか?」
「え?」「え?」
和馬は家で勉強などしない。成績も中の下とそれらしい成績だ。それに対して大和の成績は中の上。この間にはとてつもない差があった。
そもそも、家で勉強をしないという考えが無い大和は、和馬の家には家用で教科書があると考えたのだ。そしてそんな教科書があるとすれば、兄か姉の物になる。必然的に、兄弟がいる可能性になる。
「家で勉強とかしないっしょ」
「お前何ってんの? 普通するだろ、予習とか」
「あり得ないって、宿題ならまだしも、自主勉とか誰もやらねぇし」
なぁと周りのクラスメイトたちに同意を求める和馬。しかしそれに帰って来たのは、苦笑だけだった。さすがに誰も、勉強しないと公言したりはしない。
「な」
「今のどこに賛同の言葉があった……明らかに呆れられてたろ」
「それはともかく、カードショップ行こうぜ」
「はいはい」
強引に話しを戻した和馬に呆れながら、大和も帰り支度を終え、学校を後にする。
そして向かったのは、駅の近くにあるカードショップ。割と大きな町にならある支店の一つだ。もちろん、大和が以前住んでいた町にもあった。
「カードステーションか」
「安定だろ。個人経営より、カードは安いし、管理もしっかりしてる」
「まあそうだな。その分掘り出し物は少ないけどな」
チェーン店舗だと、本部で価格がある程度決められてしまうのか、これは安い! という値段で売られているカードは少ない。その分、全体的に安定した価格で、あまり見つからない商品が無いのが特徴的だ。
「んで、新しいデッキ作るって言ってたけど、探すカードは決まってんの?」
「特に決まってないな。何か面白そうなカードがあれば使ってみようかなって感じ」
「ああ、そうだったのか。俺は場所の確認だけしたかっただけだし、適当にパック買って来るわ」
「じゃあ俺も運試しと行きますか」
大和がレジに向かうと、和馬もその後に付いて来た。
そしてお互いに、WFのユニット拡張パックの最新弾を数パックずつ購入。近くのゴミ箱に移動してその場で開封する。
大和はさっさと袋を開けてカードを確認する。その表情は淡々としていた。逆に和馬はパックを裏返して裏向きにカードを出すと、一枚ずつ確認していった。カードを捲るたびに、表情を変えて一喜一憂する。
「ど、どうだった?」
緊張した面持ちで和馬が尋ねる。
「まあまあかな。三パック理論は確実だ」
「ってことはレアが出たのか。こっちも一応は出たけど」
「その反応から見るに、ハズレアか」
ハズレア。レアカードではあるのだが、特に強力なカードという訳でもなく、人気のある絵でもないため、微妙な位置にあるカードのことだ。
「ああ、シャーマン・コネクト」
「それはまた……盛大なハズレアだな」
そのカードを使うにはまずウォーリアがシャーマン系のカードでなければならない。しかも、二対二の試合でなければ使えない効果のため、ネット上でもこのパック最大のハズレアだとして有名だった。一番希少なレアリティだけに、残念具合が尋常じゃないのだ。
「そっちは何引いたんだよ」
「再誕」
「さ、再誕だと!?」
それは、このパックで一番の当たりだと言われているカードだった。効果もそれだけ強く、発動時にウォーリアのHPを最大まで回復させると言うもの。その後、デメリットとして三分間他のユニットが使えなくなってしまうが、それ相応の価値はあるカードだ。
ちなみに、シングルの販売価格は千五百円を超えている。
そんなカードを引いておいて、淡々としている大和に、和馬は苦情を飛ばす。
「なんでそんな落ちついてられるんだよ! そこはもっとはしゃぐもんだろ!」
「そうは言ってもな……俺、もうこのカード二枚持ってるし、売るにしても、未成年だから保護者いないとダメだろ」
WFのユニットカードは、デッキに二枚までしか同じカードを入れることが出来ないルールだ。そして大和はすでに、この再誕を二枚持っている。つまり、これ以上持っていても意味が無いのだ。売るにしても、大和の言う通り、売却に保護者の名前が必要になるため、すぐに金に換えると言うことが出来ない。
「な、なら俺の何かと交換してくれ! 俺まだ一枚しか持ってないんだ!」
「別にかまわないが、それ相応のカードじゃないと交換しないぞ?」
親さへ連れて来れば高値で売れるカードなのだ。安いカードと交換するつもりは、大和には無い。
「わ、分かってる。ちょっとフリースペース行こう。そこでカード見せるから、欲しいやつと相談だ」
「了解」
和馬は自由にカードゲームをプレイできる、フリースペースと呼ばれるところで、持ってきたカードを広げる。それを見ながら、大和はどうしようかと考えていた。
選択肢は二つ。多少は安くなっても、自分がまだ持っていないカードを貰っておくか、それとも同額になるカードを貰い受けるかだ。
そこで大和は、同額になるカードを選択した。近々発売予定の、新パックの資金にするためだ。
そのカードを示した時、和馬はなんとも言えない表情をするが、しぶしぶ了承する。
「きっちり高いカード持ってくな」
「まあ、情報は大事だからな。新パックとの関連性で値上がりするカードを探してもよかったが、博打要素が多すぎるしな」
「くそう……しかしこれで俺も再誕がデッキに二枚入れられるぜ」
大和から譲り受けた再誕のカードを眺めながら、和馬は嬉しそうに言う。すると、そこに声が掛かった。
「あら、再誕なんていいカードじゃない。まあ私は使えるとは思えないけど」
「え、そうなの!? 私デッキに二枚入れてるよ!?」
大和が顔を上げ、和馬が振り返れば、そこには昨日の二人組、澄と佳奈美がいた。
「こんにちは師匠」
「よう、こんなところにも来るんだな」
「当然よ。こういう所じゃないと、なかなか欲しいカードなんて手に入らないし」
「そ、そんなことより澄ちゃん! 使えるとは思えないってどういうこと!?」
今さっき交換したばかりのカードを使えないと言われ、和馬は焦りながら説明を求める。
その言葉に佳奈美も、激しく顔を振って同意していた。
「だってそもそも、そのカードを発動するタイミングっていつよ」
「HPがかなり削られた時?」
その問いには、佳奈美がすぐに答えた。それに頷いて、澄はさらに質問を投げかける。
「じゃあ、HPが大きく削られる状況ってどういう状況よ」
その問いには、和馬が答えた。
「えっとHPが減ってるんだから、負けてるんだよね。相手の必殺技くらったり、ちくちくダメージ蓄積したり。後は昨日大和がやったみたいに、自分からダメージくらう時か」
昨日の大和の試合では、即死級のダメージを受けながらも、ユニットの効果を上手く使い何とかHPを残すという技法を使っていた。それ以外で大きくHPを削られている時は、圧倒的に負けている時だ。後はごく稀に接戦と言うものがあるぐらいだろう。
「そうね。でも、そんな時にHPを全開まで回復しても意味ないわよね?」
「え、なんで? 負けてる時に回復すれば、逆転のチャンスになるじゃん」
「そもそも負けてる時点で、流れは相手にあるのよ? しかも、三分間もこっちはユニットが使えない。なぶり殺しにされるだけよ」
再誕の最大のデメリットは三分間のユニット使用禁止。既定の試合時間が十分のWFにおいて、回復が必要なほどダメージを受けるまでに約五分、その時に再誕を発動させると、試合終了二分前までユニットを使えなくなってしまう。
「でも、相手もユニットを使い切ってたら、純粋なウォーリアの勝負になるよね?」
「大切なユニットを、勝負を決められてない時点で使い切る訳ないでしょ」
『えっ!?』
「使うよな?」
「使っちゃいますよね?」
同時に驚いたのは、やはり和馬と佳奈美だった。そしてお互いに、おかしなことを言っただろうかと首を傾げあう。
その反応に、大和も澄もあきれるしかない。
「和馬先輩も佳奈美も、WFの戦闘の流れを知らないのかしら」
「知らないんだろうな。使い切るって言ってるぐらいだし」
澄は額に手を当てて、目元を引くつかせる。大和はただただ苦笑いしか出なかった。
「流れ? WFにそんなもんあるのか? ただ正面からぶつかって勝つか、クリスタル破壊するかのどっちかだろ」
「師匠……」
「はぁ……和馬、WFの戦闘はユニットカードを使う。そのユニットカードを発動するタイミングで、試合の流れって物が生まれるんだ」
「状況に応じて、必要なカードを使うんじゃないの?」
大和の言葉を、和馬の佳奈美も理解できていなかった。大和と澄、カードの使い方からして上級者の二人と、和馬と佳奈美、カードの使い方が初心者の二組の間には、カード使用の考え方に大きな溝があった。大和はまずそれを解いていくことにする。
「いいか、確かに状況に応じてカードを発動するのも重要だが、それだと選択するカードの幅が広すぎて、デッキとして上手い構築にはならない。和馬のデッキは汎用性の高いカードが多いだろ?」
「ああ、そうだな」
昨日、二人の試合を観覧していたときに気付いたことだが、和馬や佳奈美のデッキには汎用性の高いカード、つまりいつでも使えて、ある程度しっかり効果を得ることが出来るカードが割合としては多く入っている。
「けど、昨日の澄のデッキはどうだった?」
「かなり発動タイミングが絞られてましたね」
逆に、澄のデッキに入っていたカードはピーキーな物ばかり。自分で試合の流れを操作しなければ、発動タイミングが無いようなカードも入っていた。
「上手い連中、ランキングの高い連中ってのは、あまり汎用性の高いカードは入れない。あれらのカードは必ず一定の効果を発動するけど、ここぞと言う時に発動する効果に比べれば、効果が弱いからだ」
大和の説明に、佳奈美が何となく思い当る節があるのか、ああと頷く。
「確かに、上手い人って、なんでこんな強いカード使ってるのかって思う時ある。でも自分でそのカード使っても、そこまで強くないとか」
佳奈美の経験に、和馬も同意した。
「あるある。あれってそう言うことだったのか」
ようやく理解した二人に、ホッとため息を付き、大和は説明を続けた。
「んで、そこを理解してもらった所で話しを戻すが、ウォーリアにとってユニットってのは、生命線なんだ。それ一枚で戦況を覆せる可能性のある、一筋の希望だ。そんな貴重なカードをやすやすと全部使ったりはしない。常に一枚二枚は手元に残して、何かあった時に対処できるように心がける。ここまではいいか?」
二人は神妙にうなずいた。
「じゃあ再誕の話だ。あのカードは負けている時点で発動する。そして三分間ユニットを封じる。つまり、三分間希望を失った状態で、敵から総攻撃を受けることになる。ユニットのない状態で、ユニットを使ってくる敵に敵うと思うか?」
「無理だな」「無理ね」
二人は即答した。
「師匠の説明した通りよ。だから私は使いたいとは思わないの」
『なるほどなー』
二人は、大和と澄の説明に、感心しきったようにうんうんと頷く。中学生の佳奈美ならまだしも、高校生でかなり長い間WFをやっているのに、その事を理解していなかった和馬に、大和は呆れを通り越して感心すらしていた。ある意味純粋にWFを楽しんでいるのだろうと。
「ちなみに大和」
「ん?」
「さっきの流れってどんな感じで分かれてるんだ? 参考までに聞かせてくれ」
「それ私も聞きたい」
「そうね、私も戦闘の流れはまだまだ素人だから、師匠に聞いておきたいわ」
「別にかまわないが、自己流だぞ? 前の場所で適当に考えたことだからな」
そう前置きをして、鞄からメモ帳とペンを取り出す。
そこに大和は、WFの大まかな流れを六つに分けて書き出した。その一つ目は様子見。敵のユニットの能力や、動きなどを見て、相手の戦い方を知る。二つ目にけん制。軽いジャブで相手プレイヤーの技量を調べる。三つ目が威圧。間合いを計りながら、本格的な戦闘開始を前に、先手を取るためのフェイントや行動妨害。そして四つ目で本戦。お互いの全力でぶつかり合い、技術を駆使して相手のHPを削っていく。五つ目にリカバリー。これはあるかないかは試合によるが、負けている場合や比較的不利な場合に、自分の本来の戦い方に持っていくために現状をリセットするためのフェイズ。そして最後がフィニッシュ。確実に決められると踏んだタイミングで畳み掛け、相手のHPをゼロにする。
大和はこの六つのフェイズを意識しながら戦闘を行うようにしていた。それを説明すれば、三人ともが食い入るようにそのメモを見ている。
「ざっとこんな感じだな。上手い奴らは大なり小なり自分のフェイズ確認をしてると思うぞ」
「このフェイズの中でユニットを使ってくのか」
「使うタイミングとかはウォーリアの特性や、使うユニットで変わってくるけどな」
「なら俺もこのフェイズを意識して戦えば強くなれるってことだよな!」
「わ、私もこれで万年初心者から脱出!」
和馬と佳奈美の二人は、大和の書いたメモ帳をまるでご神体でも崇めるかのように、恭しく掲げる。しかし、そのメモは横から伸びてきた手にサッと攫われた。
「な、何をするだ!」
「みみみ、返してよー」
メモ帳を奪い取ったのは、澄だった。そして、胸元に抱き込むようにして二人に取られまいと抵抗する。
「悪いけどこれは渡せないわ! 師匠の書いたものなんだから、弟子である私の物よね!」
「師匠って勝手に言ってるだけだけどな」
大和の突っ込みは、三人の喧騒によって掻き消える。
「そうはさせないし! そのメモ帳は私の!」
「くそう! 相手が女子だから迂闊に手が伸ばせない!」
佳奈美は必死にメモ帳を取り返そうと手を伸ばすが、それは澄の手によって払いのけられる。そして和馬は手を伸ばそうとして相手が女の子であることと、メモ帳の位置がちょうど胸の間にあるせいで、躊躇っていた。
そこに更なる手が伸びてきて、澄の胸元からメモ帳をサッと抜き取った。「あっ」と澄から小さく声が漏れる。
「お前ら何やってんだ……メモ帳一つで。それ以前にこれは俺のメモ帳だ。欲しいならコピーしてやるから、こんなところで騒ぐな。周りに迷惑だ」
フリースペースはカードゲームをやる場所だ。そんなところで騒がれていては周りに迷惑になる。和馬たちも、言われて初めてそれに気づき、肩を小さく窄めて席に座った。
「んで、澄たちはカード探しに来たんじゃないのか?」
「ああ、そうだったわ。足りないカードがあったのよ」
「みみみちゃんの欲しいカードってマイナーなの多いよね」
澄がここに来た理由は、新しいデッキのためのカード調達だ。大和に言われた通り、自分のプレイングセンスを見直して、それに合わせたデッキを作るべく、カードを買いに来たのである。もともとカードはある程度持っていたが、シングルで買った物は、以前の考え方でデッキを作るためのカードだったため、今の自分に合うカードが無かったのである。
「ストレージ探してくるわね」
澄はそう言って、カードが乱雑にしまわれているボックスの前に立ち、適当に一束を取り出して目当てのカードを探していく。
レア以下のあまり高値にならないカードは、ストレージボックスに纏めて入れられ、自分たちでその中から好きなカードを選んでレジに持っていくのだ。
その姿をフリースペースから見ていると、数枚のカードを束の中から選別していっている。探しているカードが見つかったようだった。
そして早々に会計を済ませ、三人の下へ戻ってきた。
「お待たせ」
「別に待っては無いけどな」
「師匠冷たいわね……」
「おいおい、もっと女子には優しくしてやれよ。女子の扱いは、ガラス細工を扱うように繊細にだぜ」
「それがお前に出来てるとは思わないけどな。さて、俺は用事も済んだし、ゲーセン行くけど、皆は?」
大和が席から立ち上がり、三人に尋ねる。三人はもちろん、一緒に行くと答えたのだった。