アンバランスな少女3
「みみみー、どこー!」
それは誰かを探しているようだ。しかしみみみと明らかに人名では無い。それに反応したのは澄だった。
「あ、佳奈美? こっち!」
澄はその場で跳ねながら手を振る。その姿が何とか見えた佳奈美は、人垣をかき分けて、大和たちの元までやってきた。
赤い髪をポニーテールに結び、動き易そうなタンクトップとショートパンツ、この時期だとまだ少し寒いのではないかと大和は思うが、その手には大きなガウンが掛けられており、ゲームセンター内だけの格好だと判断した。
「みみみやっと見つけた。もう、先に行っちゃうなんて酷くない?」
「ごめんね。でもどうしてもデッキを試してみたくって。それに補習受けなきゃいけないほど勉強サボる佳奈美が悪いのよ」
「う、それを言われると言い返せない。てかその人たちは? 常連さんじゃないよね、みみみの知り合い?」
佳奈美は話しを逸らすべく、大和達に話を振って来た。
それを受けて、澄は素直に話題を変える。
「私の師匠の大和さんと、その友人の和馬さん。大和さんが私のデッキで圧勝してくれたの」
「えぇえ!? みみみのデッキで!?」
「やっぱり私のカード選びは間違ってなかったのよ! 問題はプレイングだったの!」
そして澄は先ほどの先頭までの経緯を興奮気味に話し、試合内容も詳しく説明していく。そばで聞いている大和としては、試合内容を解説されるのは非常に恥ずかしい思いだが、澄がことのほか試合の展開をしっかりと理解しているのに感心した。理解できるということは、そこへ到達するだけの潜在的な実力はあるということだからだ。これが理解できていないと、もっと根本的なゲームメイクから教えなければならないため、強くなるには時間がかかる。
しかし、澄のようにしっかりと理由を理解できていれば、練習を続けるだけでも次第に実力が付く。適確な指導が出来る者がそばにいれば、意外と早く上位プレイヤーの仲間入りができるかもしれないと大和は感じた。
佳奈美は澄の話を聞きながら、表情を一喜一憂させ、その度にポニーテールがフラフラと揺れる。比較的落ち着いている澄に対して、佳奈美は元気っ子といった印象だろう。
「うっそ、そんな動きできるの? 話しからして相手って初心者狩りの貫さんだよね」
佳奈美も貫のことは知っていた。それを聞いて、大和は佳奈美もこのゲームセンターに良く来ているのかと考える。
「二人は友達なの?」
二人の会話に、和馬が軽快に入っていく。この辺りができるのは和馬の強みだ。誰にでも嫌われることなくすんなりと会話に交じる。大和にはできない芸当である。
和馬が入って来たことで、澄は思い出したように佳奈美のことを大和たちに紹介する。
「あ、はい。私のクラスメイトの村雲 佳奈美です。最初はゲーセンで知り合ったんですけど、そこで同じ小学校に通っているって分かって遊ぶようになったんです」
「ちなみに、小学生に勘違いされがちだけど、大白女学院に通う歴とした中学生なんで、よろしくお願いしますね!」
「うそ!? 大白女学って超お嬢様校じゃん!」
佳奈美の出身校を聞いて、和馬のテンションがギアを上げた。しかし、大和はその名前の学校は聞いたことが無い。
「大白?」
「そっか、大白はまだできて三年だったな。なら知らないのも無理はないか。大白女学院は少し前に出来た私立の女子中学校で、山の中腹に校舎があるんだよ。真新しくて、地元じゃ白亜の学園なんて呼ばれてるな。噂じゃ超お嬢様ばっかりが通ってるとかもある」
和馬の説明を聞いて、街の散策途中に見えた大きな建物のことを思い出す。山の中腹といっても、山自体がかなり高く、中腹ですら町を一望できる高さにあるのだから、相当なものである。
大和は毎日の登下校が大変なんだろうななどと、もっと重要な所があるだろうに、どこかずれた事を考える。
「ああ、あそこって学校だったのか。ってことは、澄も?」
澄は先ほどクラスメイトと言っていた。
「ええ、大白です。でも、言うほどお嬢様校って訳じゃないんですよ? 普通にこういう所にも来ますし」
「確かにそうかも、佳奈美ちゃん見ても、お嬢様って見えない。むしろスポーツ少女?」
「あはは、良く言われます」
タンクトップに短パンで、肌もどことなく日焼けしている。陸上女子と言われても違和感が無い。むしろその方がしっくりくるぐらいだ。
佳奈美も自覚しているのか、あははと気さくに笑う。
「んで、この後はどうする?」
「俺はデッキもないし、一戦して満足したから見学だな。お前がプレイング見せてくれるんだろ?」
「お前……あれだけの試合をやった後でそれを言うか……」
大和の試合を前にすれば、ランカーの試合でもなければ霞んでしまうだろう。和馬もそれにはよく分かっていた。
「なら私と勝負しましょ! 先輩! あれ、先輩で合ってますよね?」
「俺達は高一だからそうなるな」
「じゃあ和馬先輩! 勝負しましょ!」
「俺が佳奈美ちゃんと? いいけど俺Ⅳレアだぜ? 大丈夫?」
澄がまだⅡレアだったことを考えると、佳奈美もそれほど高いレア度に到達しているとは思えなかった和馬は、確認の意味も込めて尋ねる。
それに佳奈美はフンと胸を張って自信満々に答えた。
「私はⅢレアだけど大丈夫よん! みみみよりプレイはずいぶん先に始めたしね。プレイングでカバーすれば問題ないって大和先輩が証明してくれたんでしょ?」
「佳奈美に師匠みたいなプレイングができてた記憶がないんだけど……」
佳奈美が期待の篭った眼差しを大和に送るが、大和は佳奈美のプレイングを見たことが無いためなんとも言えない。曖昧に笑ってその場をごまかした。
「まあ、他人の試合を見て実力が付くってこともあるし、やって見ても良いんじゃないか?」
「なら佳奈美ちゃん勝負だ!」
「がってんだ!」
和馬と佳奈美はこつんと拳を打ち合わせると、開いているゲーム台へと駆けこんでいった。
「んじゃまたな」
「はい師匠」
「ばいばい。和馬先輩! 次は負けないからね!」
「おう、またな」
和馬と佳奈美、澄と佳奈美などで何試合かを終え、時間もいい感じになったので、その日はお開きとなる。
大和と和馬は、帰り道を歩きながら、今日の感想を話していた。
「まさか大和があんなに強かったとはな」
「まあ、前のゲーセンでも結構やってたしな」
結構などというレベルではないのだが、その辺りは大和の感覚で答えているため、控えめになっている。大和の言うやり込むでは、三百六十五日、ほぼ毎日をゲーセンに費やしているレベルで初めてやり込むなのだ。普通ならば廃人やプロと言われてもいいレベルである。
「もちろん明日もゲーセン行くよな? てか、お前のIDとウォーリア見せてくれよ」
「ああ、構わないぞ。けどその前にカードショップに行きたい。この近くってあるか?」
こちらに引っ越してきてから、まだカードショップは行っていなかった。場所自体はネットで検索して見つけてあるため、後は足を運ぶだけなのだ。
WFのユニットは拡張パックとして発売されているため、カードショップの方が、種類が豊富なのだ。ゲームセンターやコンビニでも販売はされているが、悪質なレア抜き(パックの中のレアカードの有無をある方法で調べて、レアカードの入っているパックだけ買う行為)などがされている場所もあり、大和はあまり信用していない。
「おう、俺もそろそろ新しいデッキ組みたかったし、ちょうどいいな。じゃあ明日は学校帰りにカードショップ寄って、それから行くか」
「頼むわ」
翌日の約束を済ませ、大和は帰宅する。
「ただいまー」
「お帰り、大和。今日は遅かったわね。部活でも決めたの?」
キッチンから声がする。大和の母親、和美だ。おっとりとした印象が特徴的な、どこにでもいるお母さんである。
「いや、友達に付き合ってゲーセン行ってた」
「またゲーセン? 成績が落ちない限りは良いけど、落ちたら禁止だからね」
「分かってるって」
中学生のころからゲームセンターに通っている大和に、母としてはあまり感心していない。しかし、成績も悪くなく、教師の評判もいたって普通のためそれほど強く言えないのだ。そのため、成績が落ちたらゲームセンターに行くのを禁止するのが限界だった。
父親も、成績が悪くないのならばという条件で放任している。
大和はそのまま二階の自室へと向かい、そこで制服から部屋着に着替える。
堅苦しいカッターシャツからTシャツに変えたことで、ホッと息を吐いた。そして脱ぎ散らかした制服をハンガーに掛け、机の引き出しを開ける。
そこには、引っ越してからまだ一度も使っていない、自分のWFのIDカードとデッキが入っていた。
「あの店なら拠点にしてもいいかもな」
引っ越す前の約束。自分がランキング一位になって、別のゲームセンターとのランカーマッチで勝負する。それを果たすのにも、せっかくなら高い壁が欲しいと大和は思っていた。
小規模なゲームセンターでランキング一位になるのは、自分の実力ならばさほど難しい事では無いと思っている。しかし今日行ったディメンジョンの規模でランキング一位を目指すならば、間違いなく強敵が待っているだろう。それは今日の観覧モニターでの出来事でも分かる。澄の試合を最後まで見ていた連中は、誰もが只者ではないと感じていた。
だからこそ、腕が震える。武者震いだ。これから起こるであろう、壮絶なランカーマッチに期待に胸躍らせ、震えを抑えるように、大和はデッキケースをグッと握りしめた。