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アンバランスな少女2

 初対面にもかかわらず息の合った二人を背中に、大和はWFの機材の前に立つ。それは円柱状の透明なカプセルだ。良く映画や漫画で人が入っている試験管にも似ている。二段だけの段差を上り、カプセルの中に入れば、カプセルの内側からは外の様子が青色のガラスを通してうっすらと見えた。そこに映るのは、自己紹介しあっている和馬と少女。その様子を見てフッと笑みを作り、目の前に置かれたままのカードを確認する。七枚のユニットカードと、キャラクターとなるウォーリアカード。その合計八枚のカードを見て、自分の感じていたことが正しいのだと確信する。


(さて、準備はいいか?)


 相手から通信が来た。WFのカプセル内ではリアルマッチの時のみ相手とヘッドセットを使うことで通話を行うことが出来る。試合中は手元のボタンで通話を拒否することもできるが、大抵リアルマッチで戦う相手は顔見知りなので、通話をしながらプレイしている人の方が多い。

 大和は少し待ってくれと言って、自分のユニットカードを一枚一枚確かめ、最後に少女の使っていたウォーリアカードの効果を確認する。

 ウォーリアカードはプレイ時間や勝利数によってⅠレアからⅤレアまでその姿を強力に進化させる。少女のカードはまだⅡレアの、魔女の弟子フィナだ。魔女系のウォーリアの一体で、魔導書や属性魔法などと相性のいいカードだ。

 能力は僅かな距離だが箒を使って飛ぶことが出来る《未熟な飛行》昆虫系の使い魔を召喚できる《使い魔初級》自分のHPを僅かに回復することができる《ウィッチクラフト》基本的な攻撃手段である《マジックボール》一時的に攻撃力を上昇させ、防御力を下げる《危険なお薬》の五つだ。能力の順番を暗記して、ウォーリアゾーンにセットする。

 そして、七枚のユニットカードもそれぞれ順番に設置して、相手に準備完了と伝えた。

 それを聞いて初心者狩りは待ってましたとスタートボタンを押す。大和も同じようにスタートボタンを押した。

 瞬間、カプセルの周囲が光り、一瞬にして風景を見慣れた廃都市へと変える。そこで大和は魔女の弟子フィナの背中を見るような視点で立っていた。

 両手にコントローラーを握り、足元のダンスゲームのようなステップ盤を踏むことで行動指示を出す。これがWFの基本動作だ。

 右手のコントローラーはユニットカードの選択と発動、左手のコントローラーはウォーリアの固有能力の選択と発動に使われる。


「さて、始めるか」


 通話拒否のボタンを押し、いつも通りふぅと小さく息を吐いて、集中する。そしてステップ盤に行動開始の指示を打ち込んだ。



 WFの勝利条件は二つ。一つは相手ウォーリアのHPをゼロにすること。そしてもう一つはこの廃都市のどこかに隠されている相手のクリスタルを破壊すること。このクリスタルは、ウォーリアに指示を出すプレイヤーの場所とされている。つまりプレイヤーの場所が襲撃されて破壊されれば負けという訳だ。

 フィナに索敵系の能力は無い。ならば、勝利条件として目指すのは一つ、相手ウォーリアの撃破だ。

 全てのウォーリアにはそれぞれにAIが搭載されており、攻撃主体や防御主体、回避主体などある程度自分のAIに従って行動する。しかし、それだけでは単調な動きになってしまうため、プレイヤーが細かい指示を出すのだ。その指示はカプセルの床にあるボードを踏むことで、ウォーリアに送ることが出来る。大和は迷わず進行の指示を送りながら、右手のコントローラーで能力の《未熟な飛行》を選択する。すると、フィナのAIは飛行での直線的な進行を選択し、持っていた箒に跨り、ふわりと宙へ浮かび上がった。そして一直線にビル群を抜けて空へと上がる。しかしすぐに失速し、次第に落下を始めた。飛べる距離の限界が来たのだ。こうなると一度地面に足を着かなければ、再び飛ぶことはできない。大和は近くのビルにフィナを着地させると、同じように未熟な飛行を使い、ビルの間を跳ねるように進む。

 明るい空をフィナは跳び、町の中心に向けて移動する。相手も移動してこちらに来ることを予想して、少し早めに飛行を辞めて近くのビルに着地した。そしてビルの給水塔に向けて《マジックボール》を放つ。放たれたマジックボールは給水塔に直撃し、大きな音を立てながら給水塔をビルの下へと落下させた。


「ユニット《インビジブル》発動」


 左手のコントローラーでユニットカードを発動させれば、フィナはその場で透明になった。インビジブルは自分の姿を見えなくし、相手の索敵系能力に引っかからなくするユニットカードだ。しかし、その効果はフィナが一歩でも動けば切れてしまう。必然的に動けなくなってしまうため、さほど使えないカードとされていた。

 完全に姿を消した状態でしばらくすると、給水塔が壊れた音に反応して相手のウォーリアである吸血鬼ブラムが周囲を警戒しながらやってくる。それを確認して、大和は小さくほくそ笑んだ。

 ブラムの視線が、こちらから完全に離れた瞬間を狙って行動する。

 姿を現して、ブラムの背中に向けてマジックボールを放つ。マジックボールは、ブラムの背中に直撃し、HPを削った。しかし、Ⅱレア程度のマジックボールではⅢレアであるブラムのHPを削るには力不足だ。

 ブラムはすぐに振り返って攻撃を仕掛けてくる。ブラムの最大の攻撃は、その種族から分かる通り吸血だ。そのためには組みつく必要がある。

 案の定ブラムは手を伸ばしてフィナを捕まえようとして来る。フィナはすぐに箒に跨り上空へと逃げるが、ステータスの関係で僅かに飛び上がるのが遅れた。

 ブラムの腕がフィナの箒を掴み、フィナは突然止まった箒から振り落とされる。とっさに受け身を取って屋上に着地するも、目の前にはすでにブラムが迫っていた。

 後ろから両脇に腕を通され、担ぎ上げるように腕をホールドする。フィナは身長が低いせいで、足が浮き上がり、力が完全に入らない状態になってしまった。直後、ブラムがフィナの首筋に噛みつき吸血を開始する。

 フィナのHPをぐんぐんと削りながら、少しずつHPを回復していくブラム。傍から見れば、完全にチェックメイトの状態だ。しかし、大和は落ち着いた表情でユニットを発動させる。


「ユニット発動《魔力爆破》能力発動《使い魔初級》《ウィッチクラフト》」


 カチカチと連打するようにコントローラーを操作する。するとフィナの体が光だし、突然爆発を起こした。爆発したフィナも、その爆風を間近で受けたブラムも、大きくHPを削られる。しかし、ブラムの方が大きくHPを削られていた。

 魔力爆発は、魔力を持つウォーリアが使用できるユニットで、強力な自爆をするものだ。そこに使い魔初級による昆虫召喚で作り出した魔法陣の壁で、威力を一か所に集中させ、ウィッチクラフトで自分のHPを回復する。使い魔初級の召喚魔法陣が出るエフェクトを使った、少し特殊な技だ。

 強烈なダメージを受けたブラムは、その衝撃でフィナを離す。自由になったフィナは、素早く箒を取り出すと空へと登る。しかしブラムもせっかく接近したチャンスを逃すまいと、フィナを追って飛び出した。


「付いて来たな。ならユニット《空の魔女の箒》発動」


 瞬間、フィナの使っていた箒が光、見た目が少し変わる。しかしそれだけでフィナの飛行速度は大きく上がった。後少しで手が届くという所まで接近していたブラムは、逃すまいとユニットを発動させた。少しずつ距離ができるフィナの背中に向けて、光が奔る。しかしその光はフィナの背中に当たることは無かった。

 フィナが一瞬箒から飛び降り、その光を避けたのだ。そしてすぐに箒に乗り直し、お返しとばかりにユニットを発動させる。強烈なフラッシュが焚かれ、ブラムの視界を一時的に真っ白に染める。

 ただの攻撃系魔法ならばブラムも避けることはできただろう。しかし、ただの目くらましとして広範囲に影響を及ぼす《フラッシュ》は簡単には躱せなかった。攻撃を仕掛けてくると予想し敵をしっかりと見ていたからだ。

 完全に視界を奪われたブラムは、ビル影に隠れるために急降下をする。しかしそこに新たなユニットが発動された。


「フィニッシュに持っていくぞ。《挑発》発動」


 挑発の効果は、相手の行動を直線的な攻撃に変えると言うものだ。その代りに相手の素早さと攻撃力を一時的に上昇させる。目が見えない状態のブラムでも、効果を与えるユニットは普通に効く。ブラムのAIは、挑発によりプレイヤーの後退という指示よりも、挑発を優先させ急降下から反転、フィナに向かって攻撃を仕掛ける。

 フィナは自らのAIに則り距離をとろうとするが、速度も上がっているブラムから逃げ切られるはずもない。すぐに追いつかれ掴まれた。そしてブラムが再び首筋に噛みつこうとした時、ブラムの四肢が動かなくなる。


「チェックメイトだ」


 大和は挑発の後、捕まるタイミングに合わせてユニット《バインド》を発動させていた。これは指定した場所にいるウォーリアに対して拘束魔法をかける物だ。ウォーリアの戦闘は基本流動的で同じ場所にいることはまずいない。その上発動場所に光が現れる為、相手にバインドがある場所を気付かれてしまう。そのせいで、完全に使えないカードとされていたが、相手の来る場所さえ完璧に予想できていれば、有効に使うことも可能なのだ。

 拘束されたブラムが、どうにか逃げ出そうとユニットを発動させる。しかし、その発動中もフィナはラッシュを掛ける。

 マジックボールを至近距離で連射し、ブラムのHPをガリガリと削っていく。さらに、ブラムのバインドが薄くなってきた時点でいったん距離をとると、飛行速度を限界まで上げてブラムに向けて突っ込む。鳩尾に箒の先を食い込ませながら、ユニット《ブースト》を使いさらに加速し、地面に向かって急降下を開始する。

 ブラムはフィナを捕まえて吸血しようと手を伸ばす。しかしブラムの手がフィナの首に届いた時点で地面へと激しく叩きつけられた。

 激しい煙が立ち上る中で、大和の画面にはWINの文字が現れ、カプセルの外からは大歓声が湧きあがった。



 カプセルから出れば、一瞬にして人に囲まれる。その先頭はもちろん和馬と大和がデッキを借りた少女だ。


「おまえ! おっまえー!」

「凄いわ! 私の考えてた通りのカードの使い方! なんで! なんであなたにはできるの!?」


 和馬は言葉になっていない言葉で和馬の勝利を褒め称え、頭をガッチリとつかんで振り回す。少女は自分がやりたかったことを、今さっき見ただけのデッキで完璧にこなしてしまった大和に、驚きの表情で詰め寄る。その周りからも、観覧モニターで今の試合を見ていたギャラリーたちが続々と集まって来ていた。それほど、自分のレベルより高い相手のウォーリアに勝つというのは難しい事なのだ。

 しかも、それを行ったのは、このゲームセンターでは無名、その上自分のデッキですらないとなれば、注目度は爆発的に上がるのも当然だった。


「ウザい、放せ!」


 大和の頭を掴んでいた和馬を強引に引きはがし、足を引っ掛けてその場に倒す。和馬の姿は、すぐに周りの人だかりによって見えなくなってしまった。


「デッキを見ればだいたいの戦い方は想像ができる。モニターでも見てたしな。ほれ、お前のデッキだ」


 大和は借りていたデッキを少女に返す。少女はそれを嬉しそうに受け取った。


「ならこのデッキは問題なかったのね! 私の考えたデッキはちゃんと使えるのね」

「ああ。けどあれ、かなり上級者向けだぞ」


 少女の使っていたデッキ。一見弱いカードの集まりだったが、適確なポイントで使えば無類なき強さを発揮する物ばかりだった。しかも、その状況へ持っていくためには、かなりのプレイヤースキルも要求してくる。始めて百試合もていない初心者が、簡単に使いこなせるようなデッキではないのである。

 だからこそ、観覧モニターで試合を見ていた時、すぐに見るのを止めてしまった人と、最後までじっと見ていた人が別れたのだ。最初に止めてしまった人は、もちろんカードの表面的な強さだけを見てデッキを決める人たち。そして後者は、相性や自らのプレイヤースキルなども鑑みてデッキを作るタイプの人たちだ。アクションゲームの要素も入るこのゲームに置いて、後者が強くなるのは当然のことだった。


「え? じゃあ私の技量の問題ってこと!?」

「そうだ。《インビジブル》や《空の魔女の箒》なんかは、まだ汎用性もあるし使い所も多いから上手く使えるかもしれないけど《フラッシュ》《バインド》なんかは、使い所が悪いと死に札になるからな」


 七枚しかないユニットカードが死に札になるのは、どう考えても悪手だ。


「ええ、私もそこはずっと考えていたの。いくらやっても上手く決まらなくて」


《フラッシュ》も《バインド》も相手の動きを一時的に完全に止めることが出来る数少ないカード。しかし、使い所次第では、相手に利用されて反撃をされかねないシビアなカードたちだった。


「そうだ。別に高度なデッキを使うことに問題はないけど、このゲームはプレイヤースキルも要求してくるからな。自分のスキルに合ったレベルのデッキを使わないと、上手い組み合わせでも容易に崩される」

「そっか、私の問題。なら私が上手くなることが先決だったのね」

「お前カードゲームとかよくやってたタイプだろ」


 少女のデッキの組み方は、状況によってカードを使い分けることや、変哲もないカードの組み合わせで力を発揮させるようなデッキの組まれ方をしていた。このゲームの初心者でそのようなデッキの組み方ができるのは、大抵の場合が別のカードゲーム、それも対戦型TCGをやっていた可能性が高い。そして少女は案の定、大和の言葉にうなずいた。


「ええ、今は辞めちゃったけど、昔はTCGにも手を出してたわ。でも周りがみんな辞めちゃってね」


 そう言って少女は肩を竦める。


「皆、私と勝負すると詰まらないって言うの。毎回私が勝って、皆が全然勝てないからって」

「やっぱりな。通りでデッキの組み方が上手い訳だ」


 周りが勝てずに、詰まらないと言いたくなってしまうほど、少女はカードゲームに関して才能を持っていたと言うことなのだろう。その才能のせいで、初心者としてはあり得ないミスをすることになってしまっていたのだ。才能が足を引っ張るとは、なんとも皮肉なものである。


「アドバイスできるとすれば、もっと試合して同レベル帯のデッキ構成を調べることだな。お前のデッキは完全に上級者だ。もう少し自分自身のレベルをしっかりと見極めてデッキを組み直してみな。もう少し単調なカードを使えば、すぐにレベルもスキルも上がるはずだ」

「分かったわ、ありがとう」


 少女はそう言って少しもじもじとする。それは何かを言おうとして、ためらっている様子だった。大和はそれに気づいて尋ねる。


「他になんか聞きたいことある?」

「あ、あのね。師匠って呼んでもいいかしら? あなたのプレイングを参考にしたいんだけど」

「師匠!? いやいや、俺のそんなレベルじゃないし」

「ううん! さっきの試合、カード捌きも凄かったけど、回避指示も絶妙なタイミングだったわ。あんな簡単に指示を出せる人って私久しぶりに見たもの!」

「た……確かにさっきのプレイングは凄かったな。ここのランカーレベルって言ってもいいんじゃないか?」


 人ごみの中からボロボロになりながらも何とか這い出てきた和馬が、少女の背中をプッシュしてくる。


「ねぇ、ダメかしら?」

「うっ……」


 大和は中学生のころ、ずっとゲームセンターに通っていた。おかげで共学だったのにもかかわらず、ほとんど女子と話したことが無い。

 姉妹もおらず、女子との会話に慣れていなかった。そんな状態で、美少女からお願いされては、断れるはずもなく――


「好きにすればいい」


 そっぽを向いて、そうとだけ答える。


「あはっ、ありがとう! 私は水上澄みなかみ すみよ、よろしくね!」

「ああ、葉山大和だ。よろしく」

 差し出される手を握り握手を交わした。


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