アンバランスな少女1
放課後を知らせるチャイムが鳴る。それを聞いた担任は、今日はここまでと言って教室を出て行った。それを見送った生徒たちは、声を弾ませながら、部活だ、バイトだ、遊びだと友人たちと会話しながら教室から出て行く。
それを見送りながら、大和も帰宅の準備を済ませていた。
机の中から自分の教材を引っ張り出し、適当に鞄に詰め込んでいく。そんな時、ふと顔に影が差す。顔を上げれば、入学と同時に出来た友人、佐上和馬がいた。
高校入学と同時に、豊町に引っ越してきた大和には、高校に入っても知り合いと呼べる人はいなかった。周りは同じ中学出身の生徒などで集まって談笑する中、さてどうした物かと考えていたところに話しかけてきたのが、この和馬だ。たまたま席が前後になっただけだったが、それがきっかけで何かとつるむようになったのである。
和馬は何やら楽しそうに口元をニヤつかせていた。その笑顔に何となく腹が立った大和は、率直な意見をぶつけることにする。
「どうした? キモいぞ」
開口一番、大和から出た忌憚のない意見に、和馬の笑みがクシャッと歪む。
「おいおい、ひでぇな。やっと放課後になったんじゃねぇか、気分よく行こうぜ」
「気分よくねぇ。何か紹介したい場所があるんだって?」
今朝、登校してきた大和に話しかけてきた和馬は、放課後に案内したい場所があるから時間をくれと言って来たのだ。そこは非常ににぎやかで楽しい場所だからと。
引っ越してきたばかりで特にバイトなどもしておらず、暇な放課後をどう過ごそうと考えていた大和は、特に断る理由も無く、和馬の言葉を受け入れた。
「そうそう、大和って元はこの町出身なんだろ? なら昔からある場所は大抵知ってるよな?」
「ああ、小学校のころに別の町に引っ越したからな。だいたい五年以上ある店なら知ってると思うぞ」
豊町は大和の生まれた町だった。この町で小学四年生まで豊町で過ごした大和は、父の長期出張を理由の別の町へと引っ越していたのだ。そして父の長期出張がとうとう終わり、この春を期にこうして元の町へと戻ってきていたのだ。
一通り町の散策などはしてみたが、やはり五年も経っていると色々なものが変わってくる。昔は無かった所にある信号や、コンビニ、駅はいつの間にか立派になっていたり、昔通い詰めた駄菓子屋やおもちゃ屋は跡形も無くなくなり、ビルが建っていたりした。
その変化に寂しさを思えながらも、所々に残る昔の光景と記憶を思い出して、ほっこりしたりもしていた。
その頃にいた友人は、今はどこにいるかも分からないが、きっと楽しく過ごしているのだろうと思っている。
「二年ぐらい前にできた場所だから知らないはずだぜ。さっそく行くぞ」
「へいへい」
和馬に引っ張られるようにして教室を出る。
大和たちが通っている豊南高校は、公立校だ。特に成績がいい訳でもなく、何かの部活が有名である訳でもない、普通という言葉がこれほど似合う高校は無いだろうと思えるほど、普通の高校だ。靴を履き替えグラウンドへと出れば、すでに部活を始めている学生たちの姿。
それを横目に校門から道路へと出る。
豊町はベッドタウンだ。都市部へは電車一本で行け、交通の便も悪くない。一軒家やマンションが所狭しと並ぶ街並みは、どこにでもあるものだった。
道路を歩きながら、その場所に付いて尋ねる。今朝からその場所が何なのか聞こうとしても、和馬にどうもはぐらかされているのだ。
「なあ、いい加減教えろよ」
「付いてからの楽しみだって。まあ、ヒントぐらいやるか」
和馬は顎に手を当てて考える。そしてしばらくして口を開いた。
「大和ってカードゲームはやったことあるか? TCGってやつ」
「トレカ? まあ、子供のころは良くやってたな。駄菓子屋にあるパック剥いて一喜一憂してた」
「ああ、それ分かるわ。今ならシングル買いとかBOX買い安定とか言ってるけど、昔じゃ考えられなかったよな」
トレーディングカードゲームのカードは通常、一パック五枚から十枚が入って売られている。中に入っているカードは完全にランダムで、レアな物は五パックに一つや十パックに一つ、さらに低い確率で入っているカードもあり、子供のころは少ないお小遣いの中から、何とか一パック分の代金を手に入れ、購入する。
そこにレアカードが入っていれば喜び、レアカードが入っていなければ落胆する。落胆するならやめればいいと思うのだが、一度レアカードを当ててしまうと、次は当たるんじゃないかと夢見てまた買ってしまうのだ。
今にして思えば、子供が初めて手にするギャンブルだったのだろうと大和は思う。
そして特別に希少なレアカードを当てたとなれば、クラスの間でたちまち人気者になれる。
中には他人のカードを出来心から盗んでしまう子もいて、喧嘩になったり、酷い時には警察沙汰になったりと、色々と話題の尽きないジャンルの遊びだ。
高校生になり、お小遣いやバイト代なので自由に使える金が増えた今、昔のように一喜一憂することは無くなってしまった。
一パック百五十円や三百円だが、そのパックが三十個入っているBOXを買ってしまえば、安定した確率で欲しいカードが手に入る。店によっては、パックから出して、レアカードだけを高額で売っている所もあり、欲しいカードだけをピンポイントで買えるようになっていたりもする。そんな買い方をしていれば、感動が無くなるのも当然だ。
「んで、そのトレカがどうかしたのか? まさか今から行く場所ってカードショップ?」
「いや、カードを使うことに変わりはねぇけど少し違うな。次のヒントだ」
「今のヒントだったのかよ」
「次のヒントな。アクションゲームって得意か?」
「アクション?」
アクションゲームは、リアルタイムにキャラクターを操作するタイプのゲームの総称で、将棋や先ほどのカードゲームなどとは大きく違い、その場その場の瞬間的な判断が要求される。その為に、プレイヤーの技量が大きく影響するゲームジャンルでもある。
「まあまあって所かね? あんまりやり込んだことは無いから、そこまで上手いって言わせるほどの技量は無いかな」
カードゲームにアクションゲーム、二つのヒントは全く別の性質を持つ物だ。しかし、大和の中にはその性質を併せ持つ物があることを知っていた。
「なるほどなるほど、なら最後のヒントだ。中高生で大人気な物がある場所だな」
「了解、だいたい把握した」
最後のヒントで確信した。
カードゲームとアクションゲーム、二つが出てきた時点で、大和の頭の中にあったのは、ウォーリアズ・フロントライン、通称WFと呼ばれるゲームだ。
そしてWFは中高生の間で今大人気のゲームでもあった。
「今から行く場所ってゲーセンだろ」
「正解」
WFはゲームセンターにしかないゲームだ。それは特殊な操作方法が理由でもあるのだが、元々対戦型ゲームとして他人がいなければ勝負できないからだ。
「先に言ってくれりゃ、デッキ持ってきたのによ」
大人気ゲームということもあって、大和ももちろんやっている。むしろやり込んでいると言ってもいいぐらいにプレイしていた。当然、それ用のID登録したカードも持っているし、プレイに使うデッキも所持している。しかし、まさかゲームセンターに案内されるとは思っておらず、そもそも学校にカードを持ってくるという考えが無かったため、今は持っていなかった。
「まあ、今日は下見ってことで。俺の華麗なプレイを見せてやるよ」
「ほう、なら拝見させてもらおうか」
自慢げに胸を叩く和馬を見て、大和は高みの見物をさせてもらうことにする。
そうして話しているうちに、目的のゲームセンターが見えてきた。
そこは国道沿いに建てられた大きな長方形の建物。駐車場も広く、建物自体も二階建てになっており、相当な広さを持っていることがうかがえる。
「ここが目的地。ゲームセンターディメンジョンだ。南校から結構近いから、うちの学校の連中も割と来てるぜ」
和馬の言う通り学校から歩いて来ても、ここまで十分もかかっていない。確かにそれならば学生も良く来るだろうと、大和は納得した。
「へー」
ただ、ここのようなベッドタウンならまだ珍しいかもしれないが、少し車を走らせれば、どこにでもありそうなゲームセンターだった。
「なんか感動が薄いな……しかもWFの設置台数は堂々の十八台、トレーニング用も合わせれば二十台。この数は豊町で一番なんだぜ」
「ほう、それは凄い」
今度は素直に驚く。WFはその特殊なプレイ機材のせいで、かなりの設置面積を利用する。しかも、対戦型さらにタッグマッチもあるということで、最低でも設置台数は四台じゃなければならないのだ。そのせいで、設置できる店も限られてくる。大抵が四台から八台、多いところで十二台という現状で、十八台は素直に賞賛に値する数だった。その上、デッキの調整や、初心者用のマニュアルを完備したトレーニング用の機材まであるのは、全国に誇ってもいいレベルである。
「だろ! 他のゲームも充実してるけど、やっぱメインはWFだよな。んじゃさっさと行こうぜ」
いつまでも外見を見ていても意味が無い。大和は和馬に連れられて、ゲームセンターの扉を開いた。
突如、耳に飛び込んでくる騒がしい音の数々。店内放送はこれでもかと言わんばかりに大音量でながされ、各種ゲーム台から流れてくる音楽が、その音をかき回す。
喧騒とは比較にならないほど大きな音が、そこには集まっていた。
「WFはこっちな!」
「付いてくから先行ってくれ!」
騒音に負けないように大声で会話する。
和馬は大和の言う通り、先に歩いていく。大和はその後を追って、周囲にあるゲームを簡単に確認しながら、目的の場所に向かった。
和馬に続いてゲームセンターの二階へと登ると、そこには人だかりができていた。人気のゲームは少なからず人が集まるが、そこだけは明らかに周りに比べて人の数が多い。それはWFを順番待ちしている人だかりではなく、観覧モニターで試合を見ている人だかりだ。その観覧モニターを覗けばやはりと言うか今まさに戦闘中だった。
そこで、大和はふと違和感に襲われる。それは女性客が比較的多い気がするのだ。時々黄色い歓声も聞こえてくる。WFは確かに女性でもできるゲームだが、場所の性質上どうしても男性客の比率が多くなる。前にいたゲームセンターでは、ほぼ全員が男なんて言うことも珍しくなかった。
ゲームセンターでプリクラやUFOキャッチャー以外に女性客が集まるのは珍しいんじゃないんだろうか。
「俺達もモニター見に行こうぜ!」
「ああ」
違和感に首を傾げながらも、特に気にする必要は無いかと思い直し、大和は人だかりの最後尾から壁に設置されている観覧モニターを覗く。
観覧モニターは全部で三台あり、その全てが試合中だった。一つは試合開始直後なのか、まだ戦闘自体は始まっておらず、もう一つは終了間際のようで、ほぼ試合が決まっていた。必然的に二人の視線は残り一つのモニターに集中する。
「一人はあんまり見ない奴だな。もう一人は……結構有名な奴だ」
観覧モニターにはプレイヤーのIDカードに記入されているデータが表示されている。一人は累計試合数が三百を超えるプレイヤー、片やまだ百試合も行っていない初心者と言ってもいいようなプレイヤーだ。
「なんでこの二人なんだ? 明らかにおかしいだろ」
中堅と初心者、どちらが勝つかなど目に見えている。WFでは基本的に試合数や勝率などから実力の近いの者たちがネット上でマッチングされる。しかし、直接試合を申し込んだ場合のみはそれの限りでは無いのだ。大和は最初、知り合いが教えているのかとも考えたが、その動きはWFのやり方を教える動きでは無かった。
「なあなあ、これどういう状況?」
和馬が前にいた適当な人に尋ねる。その人は声を掛けられたことに少し驚きながらも、すぐに答えてくれた。
「貫の初心者狩りだよ。あの子挑発に乗せられて試合受けちまったんだ」
「んだよ、まだあいつそんなことやってんのか」
その言葉を聞いて、和馬は眉をしかめる。
「どういうことだ?」
「今戦ってる中堅の方のやつ、貫って奴でここの常連なんだけどさ、ちょっと素行が悪いって言うか、初心者狩りが好きな奴なんだよ。周りの連中は初心者歓迎でサポートとかもするんだけど、あいつだけは、初心者狙って試合申し込んでボコボコにしてんの。そんなことして何が楽しいんだってんだか」
和馬は明らかに嫌そうな顔をしながらモニターを眺める。
「どこにでもそういう奴っているんだな」
大和のいたゲームセンターでも稀にだがそういう人種は現れた。その際は大和たちが集団になってその人物に野試合を吹っかけ徹底的に叩き潰すのだが、この店ではあまりそういうことは出来ないらしい。さすがに人数が多すぎるのだろう。
そんなことを思いながらモニターを眺める。初心者狩りの男の実力は、程よい中堅といった所か、数をこなしているから戦えてはいるが、多少上手い人が来るとすぐに負けるタイプだろう。そしてもう一人の初心者。そのプレイに大和は感心する。
周りはすでにあきらめムードで、観覧を止めて立ち去る人もちらほらいる中、上手い人たちは気づいているのだろう、少女のプレイを注目しながら観覧している。
「和馬、あの子どう見る?」
「厳しいだろうな。もう負け確定だろ」
「そうか」
和馬はその事に気付いていないらしい。それで、大和は和馬の実力をだいたい判断出来た。そしてしばらくして試合が終盤に入る。
大方の予想の通り、すでに逆転できないレベルの差が開いてしまっている。初心者の方はすでにカードを使い切り、中堅はまだ数枚のカードを残している。
そしてその内の一枚を発動し、必殺技で初心者のウォーリアのHPをゼロにした。
「やっぱ負けちまったか」
和馬のつぶやきの直後、背後にある機材から人が飛び出してきた。その人物はすぐ近くにいた大和の背中にぶつかる。
振り返れば、そこには中学生ぐらいの美少女がいた。ふんわりとした茶髪は、肩に掛かりそうな所まで伸びており、服はいかにもお嬢様が着ていそうな、フリルを所々にあしらったブラウスと、裾の方がふんわりと開いているスカートだ。ゲームセンターに来るような姿には見えないが、スカートの裾から僅かにスパッツが見え、しっかり対策はしているのだと伺える。意外と通い慣れているのかもしれない印象だ。
「おっと、大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。それじゃあ」
そう言って中学生ぐらいの少女はその場から立ち去ろうとした。しかし、大和はあるものが目に留まり少女の腕をつかんで引き留める。
「……なに?」
「カード、忘れてるよ?」
機材の上には、少女の使っていたカードがそのまま残されていた。
「もういいわ。私このゲームの才能無いみたいだし」
「そうか?」
「試合を見てたなら分かるでしょ、私の戦績」
今なおモニターに表示されているIDカードの情報、その戦績に少女の勝率は十七%と書かれていた。百戦程度をこなして十七%はほぼ負けている状況だった。
「いっぱい考えてデッキを組んでも、結局負けちゃうの。たぶんこのゲームの才能が無いんだわ」
「ふむ」
戦績だけから考えれば、その考えは正しいだろう。アクションが苦手なのか、カードの選択が悪いのかは別として、さすがにそれだけ負け続けると、やる気をなくしても当然だ。
「だから放してもらっていいかしら? 帰りたいんだけど」
少女が問うが、大和は腕を離さなかった。
「ならあと一試合待ってもらってもいい? 今日カード持ってきてないから、あのデッキ借りたいんだけど」
「いいわよ、ならあなたにあげるから好きにしなさい」
「さすがにそれはマズイな。このゲーム、アカウント二つ持つの禁止してるし」
WFは自分のIDを二つ以上持つことを禁止しているゲームだ。そのため、もし大和が少女からIDを貰ってしまうと、自分の持っている物を含めて二つになってしまう。それは規約違反だ。別に黙っていれば気付かないことかもしれないが、純粋にWFを楽しんでいる大和としてはそのようなことはしたくなかった。
「だから一戦だけ待っててくれ。デッキ借りる分、金は払うし」
そう言って大和は少女にプレイ代金の三百円を渡す。
「え、ちょっと!」
「じゃあちょっと借りるぞ。あ、対戦はアンタな」
少女が何か言う前に、大和は機械へと近づく。そしてそのそばで仲間と談笑していた、先ほどの初心者狩りを指名した。
「あん?」
「初心者狩りに勝負を挑むっつってんだよ。受ける? 受けない?」
「いいぜ、やってやるよ」
初心者狩りの男は、先ほどの試合に気分を良くしたのか、あっさりと大和の申し出に承諾する。
突然の挑戦者と、それをニヤリと笑みを浮かべながら受ける初心者狩りに、周りは騒然となった。
そして一番驚いていたのは、和馬とデッキを貸した少女だ。
当然だろう、和馬は大和のプレイを見たことがないし、少女は先ほど負けたばかりの自分のデッキで同じ相手に挑むと言っているのだ。プレイングが多少は関係するゲームであっても、カードの選択がキーポイントになることは変わっていない。ならば、負けたデッキで戦うのは、圧倒的に不利なだけだった。
「あいつ何考えてんだ」
「ほんとよね。バカなのかしら?」
突然の大和の奇行に、二人の息はぴったりと合っていた。