プロローグ・最後の試合
閑散とした廃都市。かつては、太陽光を反射して美しく輝いていたはずの窓ガラスも、そのほぼ全てが割れており、残った僅かなガラスも、埃をかぶって光を反射することは無い。
所々が崩壊したビルは、過去の栄光をあざ笑うかのように傾き、今にもコンクリートと鉄の残骸になろうとしている。
ここに人は存在しない。
ここに動物は存在しない。
逞しい植物が、ごく僅かにコンクリートの間から顔を出す程度のこの場所で、突然、あるはずのない人工的な輝きが奔った。
その輝きは、まっすぐにビルへと突っ込み、壁を壊し、積もった埃を舞い上がらせる。
突入の衝撃で、今にも崩れそうだったビルは、崩壊の時間へと針を進ませる。そして悲鳴にも似た轟音を轟かせながら、ゆっくりと傾き地面へとその巨体を倒す。
そのビルを観察する者がいた。
対面したビルの屋上に立ち、右手に剣を握り、左手に鏡のように周囲の物を写す盾を持った騎士風の男。身に纏っている白と金で配色された鎧は、これまでの戦闘により、埃をかぶって色褪せていた。
男の眉が僅かに動く。
男が見たのは、崩壊したビルの隙間からあふれ出す光。その光は周囲の瓦礫を一瞬で塵に変える。そして光が放たれた場所から、一人の女性が出てきた。
鮮やかな色をした、十二単にも似た和服を着る女性だ。青の羽衣を纏い、豪華な簪を刺している。瓦礫の上に立つ女性の目は、男の姿を射殺さんばかりに鋭く睨みつけていた。
女性は再び光を纏うと、ゆっくりと空へ浮き上がり、男へと向かう。男もそれに合わせて、まるで空気を踏むように空へと駆け上がる。
空中での激突。
女性の光が男を焼こうと襲い掛かり、男は容赦なくその剣を振り下ろす。
光が男の鎧を焼けば、男の剣は女性の羽衣を切り裂いた。しかし、お互いの装備は一瞬のうちに、元の状態へと戻る。システムが装備を修復したのだ。
立て続けに放たれる光と、乱舞のごとく振るわれる剣。それはさながらダンスのように、お互いの立ち位置を変えながら、空中を移動していく。
上下左右と激しく動き回るうち、女性の体がビルの壁に掠った。僅かな接触だったが、その一瞬で男の攻撃速度が女性のそれを上回る。振り下ろされる剣を女性は一か八かと右手を突きだし、そこから閃光を放つことで逸らそうとした。その賭けは成功する。
振り下ろされた剣が、偶然にも手元の閃光を直撃し、大きく剣が弾かれたのだ。
大きくのけぞった男を見て、女性が笑みを作り距離を取った。男は開いた詰め寄ろうとするも、光によって足を止められる。同時に、女性が不敵に笑む。その笑みと共に、男に向けて今までとは違う黒い光が放たれる。それは躱すことのできない速さで男に迫り、爆発と共に男を煙で覆い隠した。
女性はその場に浮かんだまま、男の様子をうかがう。ここで倒したとは思ってないのだ。
そして煙が渦巻いた。
直後、男は盾を体の前で正面に向けたまま女性へと突撃をかける。加速された状態で飛びだした男を、今度は女性が避けられなくなる。
男はそのまま女性に向けて盾を突き出す。すると盾からは、先ほど女性の放った黒い光と同じ物が放たれた。
同じように爆発が起き、両者が煙へと包まれる。
煙の下部から出て来る人影。それは女性だ。気を失っているのか、そのまま地上へと落下していく。
煙が晴れた後のその場には、男が剣を構えていた。一瞬男の体が光ったかと思うと、その剣から炎が噴き出す。
渦を巻くように刀身に炎を覆わせた剣を、男は高く掲げ全力で振り下ろす。振り下ろされた剣から炎が飛び、地上へ向かう女性を包み込んだ。女性は悲鳴にも似た叫び声を上げながら、地上に落ちることなく、空中で光の粒となって廃都市から消滅した。
直後にディスプレイ上に現れるWINの文字。
コントロールカプセルの外からは、割れんばかりの歓声が聞こえ、男を操作していた少年、葉山大和は、緊張を解くようにふぅと大きく息を吐いた。
カプセルから出れば、より大音量となって歓声が届く。その声が全て自分に向けられていることに喜びを覚え、観客に向けて軽く手を振った。
そこに、対戦相手がやってくる。大和にとっては見慣れた男で、このゲームセンターを拠点に活動している一人だ。
その男は悔しそうにしながらも、どこか嬉しそうに話かけて来る。
「完敗だ。完全に読まれたな」
「最後の攻撃は結構危なかったさ。カードの発動がギリギリ間に合った」
「あれって《封印の鏡》だよな? よくあんなカード入れてたな。あれって使えないってもっぱらの評判だったんだけど」
「まあ、ウォーリアが鏡系の道具を持っていないと発動も出来ないし、発動できても効果が極僅か。使いどころは難しすぎるんだよな。その分使えればかなり強いけど」
「ああ、本当に。まさか《黒の破光》が吸収されるとは思わなかった」
「あのカード、お前大好きだからな。決めはあれで来ると思ってた。だから使えたカードだな。お前が単純じゃなかったら使えなかったよ」
「何をこの野郎。そう言えば試合中なんか不思議な現象起きたよな? お前の剣が思いっきり弾かれたやつ」
手元の閃光を男が斬った瞬間のことだ。普通ならば、この時点で剣は女性の腕を切り裂いていたはずなのだ。
「ああ、あれは偶然の産物だな。お前の閃光が攻撃エフェクトになる前の効果エフェクトとして判断されたんだろ」
女性の攻撃をゲーム的に組み上げるならば、閃光の光を表示、そこにダメージ判定を設定、攻撃として放つという順番になる。ゲームのシステムが、攻撃前の閃光のエフェクトにダメージ判定を加える直前、その僅かな間に攻撃が当たってしまったのだ。それによって鎧が瞬間で修復したように、閃光も一瞬で修復され、そこにあった剣を弾いてしまったのだ。ごく稀に見られる現象で、狙ってやることはまず無理だとされている現象だった。
「そうだったのか。あれが確実できれば強いんだけどな」
「お前じゃ無理だよ」
男は大和の首をがっしりとホールドしながら、つむじに拳をぐりぐりと当てる。その痛みに悪い悪いと謝りながら、大和は笑う。
「じゃあ俺はそろそろ行くわ。引っ越しの準備も残ってるし」
「そうか」
大和にとって、このゲームセンター最後の試合が今の試合だった。
この後、高校入学と同時に、大和はこの町を離れ、別の町へと引っ越すことになっている。
通い詰めたゲームセンターにも、もう来ることは無いだろう。
そう思うと、大和の心に寂しさが過ぎた。
「どうせ引っ越してもゲーセン通いだろ?」
「いいところが見つかればな」
「お前なら探し出すだろ。そんでそこで有名になる。そうなりゃこっちにも名前ぐらいは聞こえてくるだろうしな。期待してるぜ、ランキング一位さん」
「どうだろうな。この町以外で戦ったことって無いし」
「お前――それは俺達のレベルが低いってことか?」
「違う違う! 別のゲーセンに世界レベルがいるかもしれないだろって話だ」
男の言葉に、大和は慌てて訂正を入れるが、男は元から分かっていたようでニヤニヤと笑みを浮かべている。その表情を見て騙されたことに気付いた大和は、ムスッとしながら周りにいる観客にも聞こえる声で宣言した。
「ならいいぜ、俺が向こうのゲーセンでもランキング一位になってやるよ。そんで全一マッチでここの新しいランキング一位と戦ってやる」
大和の宣言に、観客たちが爆発した。
ここにいる観客たちは全員が、今二人がプレイしていたゲームのプレイヤーだ。そして誰もがこのゲームセンターでランキング一位にいる大和との試合を臨んでいる。
大和は、そのみんなに対して、ランキング一位同士で戦おうと言ったのだ。ランキング一位である大和がいなくなれば、繰り上げとしてランキング二位の人物が一位になる可能性は高い。しかし、二位以下の順位は現在混戦状態だ。誰がランキング一位になってもおかしくない状態なのである。
「ならまずは、ここでランキング一位にならないとな」
「頑張れよ、三位さん」
「当たり前だ。次は勝つ」
そう言って男は大和から離れ観客の中に紛れて行ってしまう。その背中を見送った大和は、自分もそろそろ帰るかと、ゲームセンターの出口へと足を向けた。