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これは自分が生きるためなんだ

絶は校門から校舎の渡り廊下の下をくぐって、来た道を戻っていた。

校舎の裏には大きめのスペース、大広場がある。

それをまたいで反対側には弓道場と部室棟が並んで建っている。

大広場には中央に小さな噴水とベンチがあり、何かの授業で使うのであろう畑のようなものや植物や花が色鮮やかに端の方に配置してある。残りの面積は緑豊かな天然の芝で占められていた。

弓道場は人一人分の高さのフェンスに周囲を囲まれており、部室棟は二階建ての部屋が二階に6つ一階に7つで計13個の部室を備えた棟であり、二回の両端からは斜めに階段が下ろされている。

二階中央には手前の通路から反対側のフェンスまで短い通路がのびている。

あちらこちらに各部活の備品やらユニフォームやらが散らかっていた。

ここのエリアは高校の敷地においてほぼ中央に位置する。

校門のすぐ目の前に現れるのが、普通棟と特別棟に別れた校舎、それらを繋ぐ2,3,4階それぞれにあるガラス張りの渡り廊下の下を行くと、先程のエリアに着く。

大広場からさらに奥に行くと、右手には絶が資料を持ってくるよう頼まれた、旧校舎特別棟。

左手には大きな校庭。サッカー部や陸上部などトラックフィールドの活動に主として使われている。

校庭に隣接しているのが、野球部専用グラウンド。北西に位置している。ここ青蓮高校の野球部は過去何回か甲子園にも出場している強豪校のうちの一つだ。

大広場の右手には体育館がある。体育館には一階から建物内に入ることも可能だが、特別棟の2階からのみも通路で繋がっている。

体育館の裏手にある、高校の敷地における北東に位置するのがプールだ。

まだ秋の序盤であるから水泳の授業があり、水は張られている状態になっている。

大広場左手にはアリーナ・講堂。

校外から先生を招き入れての講話の際に使われたり、日頃の生徒たちに向けて自習室としても開放されている。

また、校内合宿の際の寝泊りにも使われるため、宿泊設備もないことはない。

南西には駐車場とハンドーボールコート一面とテニスコート二面がある。

このように青蓮高校は至って普通の高校設備を整えている。

今、絶は大広場に足を踏み入れた。

ついさっき絶自身が起こした銃の乱射によってか、外に出ている者は絶の視界には見られない。

外に出ていれば注目の的を得ることになるからだ。中央にある大広場ならなおさらだ。

四方八方から狙われたとしても不思議じゃない。

だが、絶はそんなことを気にもとめていなかった。

今何が起こっているのか、自分が何をすればよいのか、それを理解している者はいたとしてもほんの一握りしかいないと分かっていたからだ。

しかも、自分襲ってくる人間などいないと。

いくらこうやって現実を突きつけられたとしてもすぐに行動に移すことは普通の人なら難しい。

まして人を殺すという行為であるのだから、決して容易いことではない。

また、校門での殺戮を見せつけ、優勢な状態にいる。

それでいて絶は逆に周囲から狙われることを望んでいた。

例え襲撃されたとしても、それを交わしては今度は逆に狙ってきた輩を倒せるという絶対的自信を持っているからだ。

そして、自ら姿を現してくれることによって探す手間が省けるということもある。

絶は何としてでも早くこのくだらないゲームを終わらせ、学校を脱出し無ければならない理由があった。

ふと絶は左奥の木陰に人影を発見する。

どうやらこちらにも気づいてるようだ。それはそうだろう。緊迫した状況で堂々と歩いているのだから、目立ってなんぼだ。

普通なら学校にいる全員で何かしら協力し合い、脱出にむけて行動を起こしていくのが筋なはずだ。

だが、この 絶という男の存在がその全てを転覆させた。

もちろん油断していたというのもあるが、五十人以上の人間を躊躇なく一瞬にして殺害してしまったのだ。

並大抵のことではない。人が成せる技ではない。

誰がどう見ても彼を脅威にしか感じないだろう。そんな彼が同じ校内に存在して、さらには高校が大きな密室として閉じ込められてしまったのだ。

また、中にはこの状況に怯えたりして乱射をしてしまったりと、疑心暗鬼に陥っている者も少なくはなかった。

同時にあの放送の本当の意味を理解する者も徐々に増えてきた。

何人かで信じ合えるグループを構成している者たちも現れた。

ほとんどの人間が危険を察知しては警戒態勢に入りつつある。

迂闊に校内を歩けるような状態ではなくなったということだ。

けれどそのほとんどの人はまた、持っている拳銃を思うように扱うことなど出来ず、ましてこれを持って人を殺すどということは断じて出来ないということを自覚していた。

それでもこの拳銃を持っていないと何かと不安なのである。

絶は周囲を軽く警戒して見渡しながら木陰に潜む人影ににじり寄っている。

漆黒に染まった革靴をコツンコツンとわざとらしく音を出す。

威風堂堂としたその姿勢が一歩足を踏み出す度、風を斬っていた。


木陰に潜む人影もひしひしと危機を感じ取っていた。

少し前に校門付近で膨大な数の銃声が響き渡るのを耳で受け取っていた。

その場面を見ずともそこから聞こえる泣き叫ぶような悲鳴や嗚咽を聞けば容易に想像することができていた。

しまいにはその元凶である男が大広場に足を運んでくるではないか。

とっさに近場にあった木陰に身を隠したが、今その男は不運にもその足取りをこちらに向けている。

どうしたらいいものか。このままでは確実に殺られてしまうではないのか?

かといって自分には手元にあるこの拳銃で人を殺すなんて...到底できない。

それでも、背を向けて逃げることすら許されない。絶対にあの男に殺されてしまう。

その男にはおそらく人間殺すということに否定的な感情を持ち合わせていないのだろう。

だが、少年はついに意を決することにした。

逃げてばかりの人生で終わってしまうのか。そんな後悔は捨てたい。自分に怖いものなどない。

分からないじゃないか。その男はさっきから何十発もの弾を発射していた。

もはや拳銃の中に残る弾の数はないだろう。だったらこの柔道部魂を炸裂させればあの男なんて一発じゃないか?そうだ、なんのために今まで生きてきた?

ビビって隠れているようじゃ柔道を学んできた意味が無い。見せてやろうぜ。

時間はない。俺は行く。

そういって木陰から俊敏な動きで飛び出し、男の前に立ちはだかる。

これなら行ける。この男も不意を取られたんだ。まだ反応が薄い。

左右に体を揺さぶり、詰め寄る。

どうだ!これでオレの勝ちだ!

一本背負いだあああ!!!

ドンッ!

一つの乾いた音が大広場中に鳴り響いた。

それは意を決して歯向かいにいった柔道部生徒から発せられた言葉なんかではない。

無表情にそしてそんな生徒には一瞥も与えずに、その男、絶は柔道部生徒の心臓を貫いたのだ。

「自ら命を捧げに来てくれるなんてありがたい奴だな。」

そんな絶の台詞はすでに柔道部生徒の耳には届いていなかった。

哀れにも勇敢な戦士は頭から血を流しながら崩れ落ちた。

そのまま絶の視線は木陰一直線に向く。

「二人いたのか。なるほど。」

絶の視線の先には木陰の脇からビクビクと震えながら拳銃を構える少年の姿があった。

少年の体は細くひ弱で今この状況で心臓が張り詰めるほどに鼓動がバクバクと波打っている。

眼前には友達だった柔道部の生徒の死体が転がっていおり、殺戮魔である絶が涼しい顔をしてこちらを細い目で睨みつけていた。

絶の腕は体の横にブランと垂れている。一方そのひ弱な少年は絶に向けて拳銃を構えている。

どちらが優勢か、そんなのは明らかだろう。

少年の目からこぼれ落ちる泪が止まらない。

ほんの一時間前はいつもと変わらぬ日常があった。先生がいた。友達がいた。

それがあの放送から目の前で友達が殺されるに至り、自分も人に向けて拳銃を握り、構えている。

頭が真っ白になった。全てどうにでもなれ。

拳銃のトリガーにかけていた重い指を動かす。

パンッパンッパンッ!

目をつぶりなから無心になる。

薄ら目を開けて見れば、自分の手元の拳銃の先から煙があがっている。

撃ってしまった。今この手で撃ってしまった。人を殺してしまった。

その少年はそう思っていた。

目の前に未だ立ちはだかるその男の姿を見るまでは。

「あ、えっ?」

思わず声に出してしまった。

確かにこの手で引き金を引いたはず...。

一体何が起こったんだ?

その答えは自分が撃ったはずの目の前の男が教えてくれた。

「お前のその震えた手、空っぽの根性、何としても生き残りたいという意志がない甘ったれた頭、体、心。そんな奴が武器を手にしたところで何も変わらねえ。この俺に当たるわけがねえだろ。」

そう言って絶はゆっくりと拳銃を持つその手をその少年へと標準を合わせた。

どうしてか少年は絶の言うことが全て正しく思えた。

そう思ったら最後、全身の力が抜けていた。絶に抗うことなど無駄だと悟った。

どちらが優勢か、そんなのは明らかだったじゃないか。

少年の頭の中を駆け抜けていく弾丸は無慈悲にそして冷たい感触がした。

弾丸が少年の頭を突き抜けていき、そのスピードが弱まると、少年の体は力なく後方へと傾き、倒れた。

風は吹いておらず、二人が隠れていた枝に葉を散々と生い茂らせる大木はただ凛然としていた。

「この銃、何発撃っても減らねえな。最高だわ。」

呟いて、絶はふと右に視線をずらす。

弓道場に再び人影がうごめくのを見逃さなかった。人の気配で察することができる。

その生徒は、淡々と二人の人間殺す様を見て、絶から逃げるように移動していた。

だが、それはその人にとっては逃げているようで、絶にとってはまるで自ら追いかけてきてくださいと言っているようでしかなかった。

絶は無言で周囲に威圧感をまき散らしながら、距離を詰める。

絶のターゲットは屋根の付いた射場の隅で縮こまっている。

フェンス越しに見つけた絶はフェンスに手をかけ、一蹴りで飛び越えていく。

ストンというほとんど無音で着地したと同時に捉えたターゲットに二発連続で撃ち込んだ。

ターゲットはその攻撃をもろに受けて絶命した。

機械めいたほどにスムーズな動きは美しく芸術的でさえ思えた。

続けて弓道場を後にした絶は、大広場から息を潜めた生徒たちを見つけては殺していく。

潜んでいる生徒たちはその様子を嫌にも見せつけられるが、恐怖におののいて体が言うことを聞かず、絶が近づいて来てもその場を動くことができないでいた。

絶は男女学年問わず、見つけ次第素早い判断で射撃した。

そんな中、部室棟の二階左端に位置する陸上部の部室の隙間から絶の様子を伺っている者がいた。

長戸岬(ながとみさき)は女子短距離走の全国大会出場経験を持つ実力者で、仲間から「女チーター」と呼ばれるほど動きは俊敏である。

毎日のように外で運動しているため、日光を直に浴び、肌はスポーツ選手らしい小麦色をしている。

髪は肩までしかかかっておらず、キリッしとた顔つきが印象的だ。

古木坂の一件からいち早く身の危険を感じ、陸上部仲間である親友二人と部室を目指した。

二人は古くからの友人で常に長戸を含むこの三人で行動をしており、三人とも陸上界で好成績を収めている。

しかし、途中で校門での脱出作戦に親友二人が惹かれ、長戸はジャージに着替えてから向かうと言ってひとまず部室へと向かったのだ。

校門での悲劇はそれからまもなく起きた。こうして幸い絶の襲撃を免れていたことになる。

ジャージに着替えようとしたその瞬間、校門の方から銃声が鳴るの耳にした。

嫌な予感が頭をよぎったが、いざ大広場から遠目に校門の様子を伺いに行くとそこには仲間二人を含む大勢の生徒が次々に、ある一人の生徒の手によって殺されていく地獄絵図があった。

いても立ってもいられない。右手にあった拳銃を握り締め絶に反撃を試みようとしたが、彼はその後ろ姿でさえ一瞬の隙を見せていなかった。

今自分が後ろから近づいても絶に一瞬で殺される。そんな気がしてならなかったのだ。

そうこうしているうちに絶はあっという間に校門付近の生徒を一掃し、大広場へと足を向けた。

長戸は絶に気付かれぬうちに、持ち前の足の早さで二階の部室に戻り、扉の影から様子を見ることにする。

大広場に来てからもその絶の猛攻は絶えることはなかった。

多くの生徒が逃げていく中、長戸は逃げようとはしなかった。いや、逃げられなかったのかもしれない。

それでも隙を見て絶をやっつけることを心に決めた。

目の前で親友二人を殺されたその仇を返さなければと思ったのだ。

長戸は放送を聞いて瞬時に恐ろしいことがこの学校の中に降りかかってしまったのだということを理解していた生徒の一人だ

絶の様子を垣間見る。絶は大広場を逃げ惑う一人の生徒を殺し終えていた。

好機が訪れる。絶は自分に対して背を向けている。自分の存在にまだ気付かれていない。今だ。今しかない。

スッと身を起こし、攻撃体制へと突入する。

その時、依然として後ろを向いている絶からとんでもない言葉が聞こえてきた。

「まだいたのか。」

振り向きざまに長戸目掛けて一発撃ち込む。

「...何?当たってない?」

かろうじてその俊敏さを持って、絶の攻撃を回避していた。

心臓の動悸が激しくなっていくのを感じながら、何かある種の興奮を覚えていた。

やはり強い。あの距離でも私の殺気のようなものを感知したというのか。

「でも、行けるかもしれない。」

そのまま反対側の端までダッシュし、フェンスを飛び越え二階から飛び降りる。

そのまま部室棟の裏手へと回り込んだ。

「手応えのある奴がまだ残っていたのか。面白い。」

絶は何やら嬉しそうな笑みを浮かべ、そう呟いた。

近くで殺した二人の生徒から拳銃を抜き取り、自分の拳銃を制服の内側にしまう。

そして、長戸の逃げた先を追った。


校舎特別棟四階、美術室隣の客間で努人は窮地に陥っていた。

小太りの男は努人に拳銃を向けている。

雅に視線を送るも驚いた様子で勿論努人を助けられる状態ではないだろう。

努人自身も今すぐ逃げることは不可能でいた。

いざこのような状況になってみると足も言うことを聞かないし、声を上げることすらできない。

ただ自分が死ぬことを待っていることしか出来ない。

目の前の男は口元を釣り上げては笑った。

それなのになかなか銃弾は飛んでこない。と言っても時間としておよそ五秒程度。

銃弾が飛んでくることを望んでいるわけでもないのだが、焦らされているのだろうか?

心を弄ばれている?

と、その男は今度はゆっくりと構えている腕を下ろし始めた。

築城(ついき)さん!」雅が横から言う。

努人は困苦の表情を浮かべた。何やら命だけは助かったのだという安堵の表情すらままならなかった。

雅は目の前の男を確かにさん付けで呼んでいた。容姿は見るからに生徒だ。

それでは雅の先輩ではないだろうか。という結論にたどり着くまで少し時間が経ってしまった。

「悪い悪い。ついいきなりドアを開けられたから構えちゃったよ。その子は雅の友達なんだろ?悪いな。拳銃を向けちまって。」

努人が咄嗟にいえいえ、という素振りをすると、雅は紹介を始めた。

「この人は二個上の先輩。名前は築城柊(ついきしゅう)っていう。部活の先輩で見た目はちょっとアレだけど...」

アレってなんだよ!と築城に突っ込まれていたが雅はそのまま続けた。

「部活の時は動きが軽やかでかっこいいんだぜ。それよりもなんで先輩ここに?しかもその...女の子寝てるし。」

「こ、これは違うよ。襲ってなんかないし。ただ、その...その子近くでフラフラ歩いてたから、たまたまドア開いてたこの部屋に連れてきたんだけど...べべべ別に問題なんかないよね?」

まぁ、かろうじて問題ないですと雅が返答する傍ら、その問題の少女はソファの上でゆっくりとその身を起こしていた。

特徴的な青い髪が二、三本寝癖でピョンと立っている。

目をこすりながらその視界を明らかにしていくと、努人たちがいることに今更ながら気づき目を大きく見開く。翡翠色の眼球が揺れている。。

「あ、の、えと、おはようございます。」

まごついた口調で大袈裟に一礼する。

「残念ながら今は朝なんかじゃない。午後五時すぎだ。おまけにやばいことが起きてるからな。さっき教室で寝てたのは本当に幸運に過ぎない。頼むから目を覚ましてくれ。水無瀬(みなせ)さん?」

雅が少しイラつきながら、はぁ、と呆れて言う。

水無瀬六条(みなせりくじょう)。おっとりしたイメージで幼い顔の美少女ではあるが、随時机の上で顔を突っ伏して寝ており、学校に登校することもあまりないので、同じクラスメイトでさえ水無瀬の顔を認識できていない生徒もいるようだ。

今見ると努人もドキッとしてしまうくらい可愛らしかった。

常に寝ているだけあって、周りからは真性のお馬鹿で毎晩寝ずに宿題をやっているのではないかだとか、実は夜のお仕事を営んでいるのではないかとか、あれは寝ているふりで何かすごいことを企んでいるのではないかというとんでもない憶測が飛び交っている。

「えと、あの~ここどこですか?」

どうやらまだ自分が陥っている状況を理解できていないらしい。雅の怒号も軽くスルーを決める。

雅がふぅとため息をついて呆れたように水無瀬に今の状況を淡々と説明した。

ようやく状況が分かったらしい水無瀬はなるほどと相槌を打って、うんうんと頷いた。

本当に理解したのだろうかという不安は置いといて、これからこの四人でどうするか検討しなければならない。

「なぁ皆の持ってる銃見せてくれ。」

唐突に築城が四人を呼び寄せる。四人はそれぞれ自分の拳銃を机の上に置く。

「見たところ俺たちのやつは全部同じように見える。トリガーガードもないし、さっき撃ってみたけど反動が極端に少ない。バレル、まぁ銃身が一般的なハンドガンより長くてアサルトライフルより短いな、見たことないわこんなの。口径は九ミリか。それなのに絶が一人一発ぶち込んだだけでたくさんの奴が死んだんだろ?九ミリ拳銃じゃ一発で人を殺すのは難しいな。どうしてか絶の腕が有り得ないほど上手いのか、この銃がおかしいのか、いやそれ以前に今この状況がおかしいんだよな。」

おかしい。そう言われて初めて気が付いた。今、自分たちのいるこの学校内は何もかもおかしいじゃないか。急に始まった放送。拳銃。そして学校外から出ることを阻む見えない壁。そして殺し合う運命になった生徒たち。惨劇。

これからも予想しないことが起きる可能性だって十分にある。命の保証なんてない。

「あっ!!!」

唐突に上がったその声に残りの三人は驚いて全身の毛穴がすくみ上がった。

声の主はそそくさと青髪を揺らして飄々と部屋を出ていってしまった。

やはり彼女は現状を理解していなかったのだと後悔の念が募る。

言葉を失いながらも、雅は持ち前の判断力で水無瀬のすぐあとを颯爽と追う。

努人と築城も遅れながらあたふたと雅の背中を追った。

幸い他にうろついているような生徒はおらず、予期せぬ危険に見舞われることはなかった。

しかし、敵は人間だけではなかったのだ。

それはつい先程絶という凶悪な男が見せた校門での惨劇を努人たちが見ていた渡り廊下で起こった。

渡り廊下のちょうど真ん中に差し掛かったところ、雅が不意に足を止めた。

刹那、凄まじい轟音と共に渡り廊下が分断された。

爆風による肌を突き刺すような痛みを深々と受け止め、努人は体ごと後方に吹き飛ばされた。

燃え盛るように赤い火が眼前を照らしつけてくる。

何が起こったか一瞬わからなかった。と、まるで異物を吐き出すかのような咳が聞こえてくる。

どうやら咳の主、築城は無事なようだ。

じゃあ雅と水無瀬はどうなった?未だ立ち込める灰色の粉塵が邪魔で様子が見えない。

徐々に粉塵が晴れてくると、渡り廊下が無残にも崩れ落ち、四階三階二階とも全ての渡り廊下が下でガラクタと化していた。

戦慄がぞわりと肌を舐めていく。一歩違えばあの中で凄惨な姿をさらけ出していたかもしれない。

見ると分断された渡り廊下の反対側では雅が水無瀬をがっちりと受け止め守っていた。

もしかしてこのゲームの余興なのだろうか。おぞましい考えが脳裏を焼き付ける。

だがその時、雅は物陰に潜んでいた生徒をグイと引っ張り出した。

胸ぐらを思いっきり掴まれ、びくびくと体を震わせ、顔が露骨にひきつっている。

「てめぇがこれをやったのか?」

冷徹にそれでいてどす黒い殺意がくっきりと刻まれた表情で確認するように問う。

生徒は顔からは本来の肌の赤みが完全に色褪せ、言葉を失っている。

雅はそのまま睨みを効かせて名前を問うた。

その男はなんとか声を出しては一音ずつ丁寧に発音して返す。

吉村(よしむら)...京平(きょうへい)......です。」

彼は高校二年の化学実験部に所属しており、髪は思春期を感じさせないほど整っておらず、メガネをかけていかにもガリ勉オーラを内から醸し出している。

小柄でひ弱そうな体型であり、雅にとっ掴まれて今にも泣き出しそうだ。

雅はほぅ、と言ってから再び同じ質問を繰り返した。

「ち、ちがうんです。たまたまそこの1E教室を出たら巻き込まれただけです。本当です。信じて下さい。」

「でもお前、確か化学実験部...だよな?簡単に爆発物作れんじゃねえのか?あ?」

雅はまだ吉村の胸ぐらを強く掴まえている。

吉村は目線を下に移すと、諦めたように声のトーンを低くして話し出した。

「...実を言うと三年の先輩がやってきて爆弾を作ったって。変なことが起きてるし他の人たちが襲って来たらって時のために。それでその爆弾の威力を試すためにこの渡り廊下に設置したんです。僕は強制的に...起爆のスイッチを頼まれて先輩たちは僕を置いてどっかに行っちゃって...。」

雅はだんだんと掴んでいた手を緩める。

「でも僕も悪いですよね。共犯ですし。こんなふうに巻き込んでしまって...。あちらの人達も。本当にすいません。なんとか許していただけないでしょうか。」

「そうか。だったら今すぐその先輩とやらを呼び出してここに連れてこい。ぶちのめしてやる。」

雅はそっと吉村から手を離す。吉村は緊迫から解放され安堵の表情を浮かべていた。

しかし、努人は遠目に聞いていてなにか引っかかることがあった。

吉村はなんですぐに雅の質問に答えなかった?全ては先輩の犯行じゃないか。吉村は逆らえずに巻き込まれただけ。それでもスイッチを押した罪悪感から?...それとも言い訳を考えていた?

また、威力を試すために爆弾を仕掛けたはずだ。じゃあ先輩たちはどこへ行った?下から爆発の様子を見るには何があるかわからないし危険だ。しかも爆弾を仕掛けた四階から様子を見た方がてっとり早い。

そして、なぜわざわざこの渡り廊下で爆弾の威力を試した?万が一威力が強すぎて校舎崩壊なんてこともわずかながら可能性がある。身の危険が及ぶかもしれない。だったら校庭で試せばよかったんじゃないか?もちろん、爆弾なんて作ることも試すこともしてはならないことなんだが。

そんな努人の微かな違和感の正体は忽然と姿を現す。

吉村は安堵の表情を浮かべた傍ら、本来の仮面を外し、素顔を見せるように嘲笑を含んだ笑みをこぼす。

だが、そんな吉村を雅は見ていない。

吉村は忍び持っていた拳銃をゆっくり取り出すと、雅の後ろから勝ち誇った表情でそれを向ける。

それに気付いた努人は喉がはち切れんばかりの大声で雅を呼んだ。

「雅!!!後ろ!!!危ない!!!」

けれど、遅かった。吉村の拳銃からは銃弾が雅めがけて解き放たれていた。

その銃弾は銃口を勢い良く飛び出し、まるで決まった直線レールを沿うように真っ直ぐに飛ぶ。

周囲の空気を巻き込み、風を纏ってとてつもない速さで駆け抜けていく。

その弾丸は軌道を緩ませることなく...床に着弾した。

その銃弾は確かに雅を、いや雅の残像を打ち抜いていたのだ。

雅は努人の呼び声で吉村の算段にようやく気付いた。

そして、振り向きざまに低く腰を下ろすと、振り向いた反動のまま寸分の狂いも無く綺麗に吉村の顔面へと回し蹴りをフルヒットさせていたのだ。

「あぐっ?!」

雅の攻撃をモロに受けた吉村は何が起こったのか分からぬまま体を一周ひねって吹き飛ばされる。

雅の全身からは漲る覇気というものが感じられた。あやうく殺されかかったというのにその見事なまでの形勢逆転に努人は痺れるような快感を得た。

吉村の体は衝動で爆発によって出来た渡り廊下の崖っぷちまで転がっていく。

吉村は落ちるギリギリのところでなんとか体勢を持ち直す。

だが、少しでも動こうとすると真下に急直下しそうなほどだ。

そんな危機的状況に陥った吉村は雅に命乞いをした。

「悪いことをしました。お願いです。何でもしますから。だから助けてください。」

吉村の拳銃は雅の回し蹴りを受けて廊下の端に転がっている。

雅が近づいて銃撃を受けることはない。今、吉村にはただこの状況から脱することを懇願するのみだ。

だが、その心の裏には何か邪悪なものが渦巻いているように努人は見えた。

「本当にごめんなさい。もう二度とこんな真似はしません。ですからお願いです。助けてください。」

雅は少しためらった後、しぶしぶと吉村に近づく。吉村が頼みの綱を引っ張るように手を伸ばしたその瞬間、吉村の体がグラッと後方に傾いた。

吉村は、はっ?という素っ頓狂な声を上げて虚しくも悲鳴をあげて真下へと落下していった。

下では、ぼすっという鈍い音がした後、吉村の声は聞こえなくなった。

努人は下の吉村の様子を見ることは出来なかった。想像もしたくない。雅も築城も吉村の死体を見ようとはしなかった。

雅が努人と築城に声をかける。

「努人と築城さん!俺はまたどっかに行っちまった水無瀬をこっちで探します!大広場あたりで合流しましょう。二人とも気をつけて!」

そう言ってはスタスタと背を向けて行ってしまった。

大きく分断されてしまった渡り廊下は飛び越えられる距離ではない。

残された努人と築城は人を殺してしまったのにも関わらず冷静な態度でいる雅の精神力がとてつもないものだと悟り、こういう切り替えの早さがこうした苦境に立ち向かえるのではないかと実感した。

同時に努人は自分がそんな切り替えの早さを持ち合わせていないことを改めて理解し、ちくりと胸が痛んだ。

「雅のやつ変わっちまったな。」築城がぼそっと呟く。

「...それよりあの女の子すぐどっか行っちまうんだな。何をしに行ったんだんだか。懲りないねえ。」

築城が身を起こしながら言葉を紡ぐ。

「別れちまったのは仕方ないな。雅のことだ。きっと女の子連れてまた会える。頑張ろう努人くん!」

「は、はい。」

「取り敢えず慎重に下まで階段を降りようか。絶に引き続き、爆発まで起きたんだ。もう本当に誰が味方か敵かわかんねえぞお。」

そうして努人と築城は雅との再会を目指して階段を下りることとなった。

この学校には一学年およそ200人の生徒、合計およそ600人の生徒を抱えている。

中には不登校の生徒や努人の親友艶善流馬(えんぜんりゅうま)のように体調不良のために途中早退をした生徒も数人いる。

今彼らは何をやっているのだろう。いつもどおりの日常を送っているのだろうか。

彼らを抜きにしてもたくさんの生徒がこのゲームに巻き込まれてしまっている。

突如日常が崩壊したのだ。古木坂の一件を発端に次々と発砲され、しまいには絶の暴走があってか完全にここの生徒は殺戮ゲームに飲み込まれてしまった。

それでも努人はそんなに多くの生徒を見ていない。あちらこちらで銃声が鳴り響いているものの敷地内には600人くらいの生徒がいるのだ。大きな集団のようなものができていてもおかしくないんじゃないか。

それとも皆それぞれ疑心暗鬼になって動けずに、どこかに身を潜めているのだろうか。

そんなことを考えながら三階から二階への階段を下りていると急に先導していた築城が足を止めた。

「ちょっと静かに。」

そう言っては築城は腕で努人を自分の後ろに追いやる。

見た目はオタクそのものだけど先輩として前を行って守ろうとしてくれているその姿に努人は感心した。

築城の目が一瞬蠢く人影を捉えたのだ。

刹那、築城の眼鏡パリッと音を立てて顔から弾け飛ぶ。

「チックショ。」

「ちゃんと当てるって言ったじゃん。」

「お前下手すぎだろ~。」

「じゃあ今度は(しょう)ちゃんやってみて!」

築城はよろめきながらもなんとか後退する。

どうやら男女四人組のうち一人の男に襲撃されたようだ。

眼鏡はグラスが粉々になって使い物にならない。しかし、幸いその眼鏡を盾にして築城の命は救われた。

「だだだ大丈夫ですか!」「あぁなんとか4000円の眼鏡を失っただけで済んだ。奇跡だ。...一旦四階に戻る。ここでやり合うのは危険だ。」

「了解です。」

二人は二段飛ばしで四階へと向かう。

そのあとをゆったりと四人の男女が追ってくる。

「四階に行ったよな?あいつメガネでキモオタっぽかったから簡単にいけんじゃね?」

髪を大胆にも金色に染め上げ、痛々しくも耳や唇にピアスをつけたチャラ男阿久津正真(あくつしょうま)がだるそうな口調で言う。

「いや待てって。さっき二階にも他に何人かいただろ。呼び出してから殺れよ。」

築城を襲撃したもう一人のチャラ男が忠告する。

この二人の男の彼女であろう二人の女はお互い身を寄せあって「こわーい」と言いながらも笑いながら後ろに付いてきている。

「うわっ、四階で爆発したのか。焼け跡がすげーな。」

まだ少しの火がめらめらと酸素を欲している。

「えーっとみなさん。隠れてないで出てきてください。この学校から出られる方法発見したんで。本当です。信じて下さい。」

棒読み風に阿久津が階段付近から熱弁する。

すると、何人かが不審に思いながら恐る恐るその姿を現し始めた。

「あっ、マジで大丈夫ッス。この通り。」

言って阿久津が四人分の拳銃を足元に適当にばら撒く。

「これで全員ですか?出てこないと本当後悔しますよ。」

出てきた六人の生徒は敵意を示さない阿久津たちにすっかり安心していた。

(あのデブがいない。でも多分それ以外は全員じゃないか?)

もう一人のチャラ男が阿久津にこっそり耳打ちする。

(だったらまずは...)

「いや~有り難うございます。ではあの~皆さんにも安全のためにも手に持ってる拳銃をね、そっと床に置いて頂ければと。」

阿久津が声をかけると、安心しきった生徒は全員床にそれぞれの拳銃を置いた。

「あ、それではこの学校から出られる方法教えますね。それは...」

不敵な笑みを浮かべ、阿久津は裾から新たな拳銃を取り出すと、機会めいた動作でダンッダンッと六人の生徒に撃ち込んでいく。

戸惑いを隠せず、抵抗する間もないまま六人の生徒は床に倒れていった。

床に置いた拳銃は阿久津たちのものではなく、二階で拾ったものだったのだ。

「それは...『死』だよ。」

侮辱と嘲笑を含んだ目で横たわる生徒たちを見下す。

一緒についてきた女生徒は目の前での殺戮を口を開けたまま悲鳴をあげれないでいる。

「おい阿久津。四階にあのクソデブがいるのは間違いねえだろ。俺らの言うことを無視したんだ。とっちめてやろうぜ。」笑いながらチャラ男が言う。

阿久津たち男二人に続いて女生徒二人もしぶしぶと努人と築城の探索を始めた。


「ねえ、努人くん。もし、相手を殺さなきゃ自分が死んじゃうってとき君ならどうする?」

築城が努人に囁くように耳打ちする。

各フロア普通棟では廊下はT字になっており、Tの字の上側の角に階段、トイレを挟んでA,B組が並ぶ。

T字の脇側にCからH組が配置している。対して特別棟は普通棟の造りを鏡写しにした構造だ。

生徒相談室、指導室、校長室が並び、廊下を挟んで反対側には予備教室が二つと物置きになっている教室があり、階段側には先ほど努人たちのいた客室と美術室、階段との間にトイレがある。

今、努人たちは予備教室の机の陰に隠れていた。

「俺は...分からないです。」努人が戸惑い気味に答える。

「そっか、僕なら殺しちゃうね。今まさにその状況なんだよ。あの放送を聞いただろ?見えない壁を見たんだろう?みんなが殺し合うのを見ただろう?このまま逃げててもいずれ殺されちゃう。」

小さい声ながら少し声を荒らげて話す。

「これは自分が生きるためなんだ。死にたくないんだよ。君だってそうだろ。」

努人は思わず首を縦に振ってしまった。

と、一人の女が拳銃を持って努人たちのいる教室に入ってきた。

その手は小刻みに震えているのが見て取れる。

どうやらまだ気付かれていないようだ。すると築城は音を立てないようゆっくりと腰を上げた。

努人の方を向いてコクッと頷く。何かするつもりだ。今、阿久津たち四人はそれぞれ別の部屋で努人たちを捜索している。

ここで発砲音が鳴れば、阿久津たちに居場所が知られてしまうことになる。絶体絶命だ。

築城は持っていた拳銃をスッ腰に据えた。拳銃は使わないつもりらしい。

築城は徐々に息を殺して女生徒の背中へ忍び寄る。女生徒は築城の存在に気付けていない。

ついに築城が女生徒のほぼ後ろに張り付いた。

突如、築城は左手を女生徒の口元へと回し、声を出ないようにする。

女生徒は突然襲われたことでたじろいでいる。そのまま築城の右手は女生徒の背中の心臓をあたりを掌で一突きした。ドッという鈍い音が聞こえてきた。

女生徒は抵抗もままならず、築城の左手の中でウッと声をあげて、力なくその体を築城に預けた。

そして、ゆっくりとその女生徒を努人の近くまで引きずってくると、再び努人の元へとやってくる。

努人はただただ驚いていた。

「何を...したんですか?」

その短時間とあまりの手際の良さに驚きを隠せない。

「空手を一時期やっていた時がある。その時に教わった技だ、掌底と言う。掌の手首付近を使うんだ。まぁいい、真似はするな。素人がやっても無駄だからな。」

「その女の人は...」「気絶したか死んだかだ。分からん。」築城はは多い被さるように重ねて答える。

生きるためとはいえ本当に築城がやったということに戸惑いを隠せなかった。

本当に見た目はオタクそのものだけれど、あの洗練されたスムーズな動きからはそれを微塵も感じさせない。

努人には到底真似できない達人技に思えた。結局また自分には何も出来ないと改めて実感させられることでもあった。

それから教室に入ってきた男と女を一人ずつ順調に同じ方法で身動きを封じることになる。

男は少し抵抗を見せたが、掌底を二発も食らってはおとなしく崩れ落ちた。

そして残すところは阿久津正真、ただ一人となったのだ。

まもなくして阿久津が教室へと入って来た。息を潜める。築城はそのまま背を向けた時を狙って気付かれないよう距離を詰めていく。

阿久津はそんな築城に気付くことなく、それでいて警戒しながら辺りを見回している。時々舌打ちや口笛が交じって聞こえてくる。

そして築城は完全に阿久津の背中をとった。

時が止まったように、一切の音が聞こえなくなる。足音も息をする音も耳には届かない。完全なる無音の世界。

パァーン。静寂を切り裂くようにどこか遠くで悲しい銃声が鳴り響いた。

その時だった。

「なるほどそんなとこにいたのか。」

阿久津が不敵な笑みを顔一面に浮かび上がらせながら振り向きざまに築城を見ては言い放った。


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