【序】第二章:一節 〜黄昏の再会〜
――転――
偽りのない言葉で、話せる日を願って
第二章 〜黄昏の再会〜
昼食時の賑わいが落ち着きをみせた踊るギュートン亭。
その食堂。
カウンター席に腰掛けて、着古した白い半袖シャツに膝までのジーパン、肩口でカットされた外ハネな赤茶色の髪と、スタイリッシュな雰囲気の美人さんでありながら、白いエプロンを装着して、どこか家庭的なお母さんめいた雰囲気を備える、キキはお茶を飲んで一息ついていた。
唐突に、ドンッ! と乱暴に木製の扉が開け放たれ、木製床を踏み鳴らし、影が一つ侵入してくる。
キキは茶をすすりながら席を立ち、開け放たれた扉の前で仁王立ちをするその影へ近づいていく。
その影人物は黒かった。漆黒色の鎧はドス黒いオーラを放ち、右眼は漆黒の眼帯に覆い隠され、眼帯に覆われていない左眼はギラリと猛禽類の如き殺気を放ち、団欒をしていた数名の客たちに無用の恐怖感を植え付ける。
そんな危険を体現したような人物に、
「よっ。今日は早いねぇ〜」
キキは馴れ馴れしくポンッと鎧を叩いて接した。
「ああ」
ギロリと左眼が動き、自分を見上げながら茶をすするキキを睨む。
事情を知らない客たちが、若いウェイトレスの愚行に怒り覚え、自分達に降りかかるかもしれないとばっちりにカチカチと食器と奥歯を鳴らす。
そんな食堂を横目でチラリと見たキキは、
「あ〜あ。お客さんを怖がらせてどうすんのさぁ〜。ほぉ〜ら、スマイルスマイル」
と、お手本とばかりに猫スマイルをギロリ眼帯へ向ける。
ギロリ眼帯はウザッタそうに、
「この顔は生まれつきだ」
キキを避けてカウンター席へと向かう。キキはギロリ眼帯――ゼロの後をひょいひょいと子猫のように追いつつ、
「まあ、その顔が生まれつきなのは知ってるけどね。ゼロはもっと笑った方がいいと思うのよ〜」
と言い。そして追いつき、ゼロの横から覗き込むような上目で、
「ゲヴちゃんの時だってさ、厄介事はごめんだみたいに憲兵云々って言ってたけど、ホントは行く当てもなく彷徨うよりも、国に保護してもらった方が衣食住に困らず安全だから、ああ言ったんでしょう?」
素直じゃないなぁ〜と、漆黒鎧の横腹をツンツンしながら言った。
「うるせぇ、黙ってろ」
カウンター席に着いたゼロはキキから茶をひったくり、一気飲みする。
「ああっ!」
茶をひったくられたキキはスットンキョウな声を上げ、
「なんだ」
ゼロは面倒くさそうに応える。
キキはポッと微かに朱色の頬に両手を当て、腰と二叉尻尾をクネクネ、
「かっ、かんせつキッスゥ〜」
と楽しそうに恥らいつつ言う。
「くっだらねぇ」
一言で切り捨てて、ゼロは茶のお代わりを要求する。
「くだらないってぇ〜。ゼロには乙女心がわからないのかねぇ。命短し、恋せよ乙女っていうでしょ」
口を尖らせて言いながらも、嬉楽しそうにキキはカウンター内へ移動し、新しく茶を淹れる。
「そもそもお前、乙女って齢じゃッ――」
コンッ! と、ダーツの矢が的に命中した時のような音がした。
それまでそれなりに和みの雰囲気を取り戻しつつあった食堂は凍てついた。
ゼロの右眼漆黒眼帯に、鏡のように研ぎ澄まされた投擲ナイフがすまし顔で一振り刺さっていた。
投擲したのはもちろん、
「はぁい。特選ほうじ茶だよぉ」
鼻歌交じりに茶を淹れていた、猫スマイル娘さんである。
ゼロは無言で投擲ナイフを引き抜き、その研ぎ澄まされた投擲ナイフを鏡のように使い、眼帯部位を見た。
深さ五ミリほど菱形の切先跡があった。
「…………」
普段大人しいヒトがキレると、とても怖いものである。ゼロは無かった事にしようと思い、出された茶をすすりながら話題を変えた。
「あいつはどうした?」
「あいつ、とはゲヴちゃんのことかいにゃ?」
「ああ」
「ゲヴちゃんならゼロに渡された依頼を、魔術学校に受けにいったよ」
「そうか、なら後のことはヴァーグナー達に任せておけばいいだろ」
「ずいぶんと他力本願だねぇ」
ゼロは茶をすすり一息入れてから、
「一ヶ月ほど、留守にするからな」
と言った。
キキは単純に驚いて目を見開く。
「それは、それはずいぶんと唐突だね」
「まあな」
と応えつつ、ゼロは茶菓子を要求。
キキは背後の棚をゴソゴソと探りつつ、
「どんな依頼受けたの――あっ、ヨウカンあった。ヨウカンでいい?」
テキトウに切り分けたヨウカンに爪楊枝をプスリと刺して差し出す。
ゼロは差し出されたヨウカンを受け取って、一口食べてから、
「今、果ての荒野が結構ヤバイ事になってるってのは知ってるか?」
キキは自分にお茶を新たに淹れ、切り分けていない塊のヨウカンを一口かじって、ズズズズッと茶をすすってから、
「あれでしょう、アメルが陸間大鉄橋を狙っているとか、いないとかで、ルティークとギスギスしてるってやつでしょう?」
陸間大鉄橋とは、建造時に労働が過酷を極め数え切れない数の死者を出し、あと少しで完成という所で道に敷くレンガが無くなり、苦肉の策として死した仲間の骨を道に敷き詰め完成させた、大陸間を跨ぐ大鉄橋である。
南の軍事国家――アメル合衆国がこの大鉄橋を制すると、海峡を隔てた先に在る南の連邦国家ルティークへの進攻がスムーズになる。ゆえにルティークは陸間大鉄橋を死守する為、大鉄橋手前に軍隊を配備しアメルを足止めする事にした。
その手前の場所が“果ての荒野”と呼ばれる荒野で、大鉄橋とアメル、そしてロートワールに接するという、どの国にも属さない三角領域、緩衝地帯なのだ。
ゼロは肯いてから、
「でな、そこの国境近辺の村へ向かう商隊に護衛を頼まれてな」
「ふーん」
と、キキは何故か不服そうにヨウカンを口に放り込む。
「なんだ」
ギロリとゼロはキキを睨んだ。キレているわけではない。態度の変化が気になるのだ。
「べつにーなんでもないさっ。で、何時出発するの?」
面白くないとでも言いたげに唇を尖らせつつも、ちゃんと時間を訊いて行動を把握しようとするあたりはプロとしての経験値の賜物か。
「まあ、これから準備して……、夕方までには出るな」
ゼロはヨウカンを咀嚼しつつテキトウに答える。故に、
「……そう」
と、キキが少し、ほんの少しだけ二叉尻尾をしゅんとさせ、寂しそうな眼差しをした事に、ギロリ眼帯は気づかない。