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Farce of the Creators  作者: かくにん
▽:第一部・四章【序:管理された世界の】
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【序】第四章:五節 〜始まりの終わり〜

 小麦粉と砂糖を水で溶き、つなぎに摩ったヤマイモを加え、十分に煉る。そして、出来た生地を十分に熱した鉄板でキツネ色になるまで焼き、仕上げに砂糖をまぶせば――小腹が空いたときには欠かせない、庶民の定番“焼き菓子・オヤキさん”の出来上がりである。

 見てくれはコインのような平べったい小円形で、それを片手で持てる小さめの紙袋にゴッソリ詰めて、ちょいちょいつまみ食うのが、定番の“焼き菓子・オヤキさん”スタイルだ。

「みっつ、もらえるか」

 鼻腔をくすぐる甘くて美味しい香りをもんもんと発生させている掘っ立て小屋――の中のヒトへ、リムティッシュは慣れたふうに声をかけた。

「お待ちを〜、少々っお待ちを〜」

 変声期前の少年を思わせる甲高い声で答えると、“くちいれ”と刺繍のある半被をはおったキツネの獣人は、鉄板上の焼きたて“焼き菓子・オヤキさん”をヘラで手早くかき集めて紙袋に詰めてゆく。

「ところで」

 ――と世間話をするような気さくさで、リムティッシュは“口入屋/キツネの獣人”に話しかける。

「これから港街ウラガアへ向かうのだが……なにか“美味しい話”はあるか?」

 それを聞いた“口入屋/キツネの獣人”は、

「ええ、そりゃあもう、あっしの焼く“焼き菓子・オヤキさん”はご近所でも“美味い”と評判でして、いまじゃあその評判たるや港街ウラガアにも届こうってなもんですよ〜」

 ことさら陽気に答えて、リムティッシュに“焼き菓子・オヤキさん”が詰まった紙袋をふたつ手渡す。

 微妙に会話のかみ合っていない二人だが、

「そうか、そんなに“美味い”なら食べるのが楽しみだ」

 しかしリムティッシュは気にしたふうもなく、むしろ爽やかな微笑みすら浮かべて言い、もろもろの代金を支払う。

「おっと、あっしとしたことがっ」

 代金を受け取った“口入屋/キツネの獣人”は慌てたように言って、

「一袋、渡し忘れてしまいやした」

 最後の一袋を手渡した。


 左手にふたつ、右手にひとつ、“焼き菓子・オヤキさん”の詰まった紙袋を持って、リムティッシュは後方待機していたゲヴラーとアリエスのもとへ戻ってくると、左手にあった二人分をそれぞれ手渡す。そして手元に残った紙袋の中から、まるであらかじめそれが入っていることを知っていたかのように“小さく折りたたまれた紙片”を取り出して、そこに書かれていることをぱっと見て確認し、

「さて、行こうか」

 それで用事は済んだとばかりに先へ行こうとする。

「私には、お店のヒトとかみ合わない会話して、ただ“焼き菓子・オヤキさん”を買ったようにしか見えないんですけど?」

 チクリと抗議するようなアリエスの言葉に、

「……ん?」

 リムティッシュは意をくみ取れないようすで小首をかしげ、

「アリエス、キミは“口入屋/くちいれや”がどのようなモノか知っているよな?」

 確認するように訊く。

「短期的な仕事と人材の斡旋業――知ってますよ、それくらい」

 アリエスはムッとして答える。

「では、利用したことは?」

 あらかじめ言うと決めていたかのように、再びの問いかけはするりと滑らかにリムテッシュの口から発せられた。

 ちょいちょい小バカにされているように思えてならないアリエスは――もちろんそれは多感な年頃がゆえの考え過ぎでしかないのだが――語気を強めて返答してやろうと空気をたらふく肺に吸い込み、

「それは――」

 ――当然あるに決まってますっ!

「……ないですけど」

 しかし素直に本当の事を述べる。

「そうか」

 リムティッシュは得心したふうに相槌を打ってから、

「“口入屋/くちいれや”はな、私の知っているかぎり、皆が皆“焼き菓子・オヤキさん”を売っていているんだ」

 ショッピングのお得情報を教えるような口調で言う。

「訊いたことがないから、果たしてどちらが本業で副業なのか知らないが、“焼き菓子・オヤキさん”の焼ける甘くて美味しい香りがしたら、ほぼ間違いなくそこは“口入屋/くちいれや”だから、もし“口入屋/くちいれや”を利用したいことがあったら、“焼き菓子・オヤキさん”の香りをたよりに場所を探すといいぞ」

 リムティッシュは二人へ目配せして、太鼓判をおすようにうなずいてみせる。

「それは、ご親切にどうも」

 テキトウなお礼を述べつつ、アリエスは手にある“焼き菓子・オヤキさん”をつまんで口に運ぶ。つまんで食べるお菓子というものには不思議な魔力があるもので、一口食べてしまうと、たちまち“つまんで口に運ぶ手”は疲れ知らずの働き者へと豹変し――まぁ、食べ始めると“やめられない止まらない”。

「――で、だ。さっき私が“口入屋/くちいれや”とかみ合わない会話をしていた、と言っていたがな、実際はそれなりに意味の通じ合う話をしていたんだぞ、『港街ウラガアへ向かうのだが、なにか仕事はないか?』『荷物を届ける仕事ならありますよ』『よし、では引き受けよう』というぐあいにな」

 というリムティッシュの説明を聞いて、

「それは……アリエスが使っていた“商人言葉”のような、隠語のようなモノで?」

 いったいどこら辺でそのような会話がなされていたのか、ゲヴラーには見当がつかなかった。

「いや、あそこまで専門的なモノではないよ」

 言ってリムティッシュは、

「なんとなく、ニュアンスでわからないか? 私と“口入屋/くちいれや”の会話を聞いてみて?」

 しかし明確な答えは教えてくれない。

 なのでゲヴラーは、説明の際にリムティッシュが話していた会話の意味と、先ほど彼女らが交わしていた会話の内容を思い出しつつ“思考/比較”してみる。

 会話の際に言われた、

『これから港街ウラガアへ向かうのだが……なにか“美味しい話”はあるか?』には、

『港街ウラガアへ向かうのだが、なにか仕事はないか?』という意があり、

 それに対して言われた、

『ええ、そりゃあもう、あっしの焼く“焼き菓子・オヤキさん”はご近所でも“美味い”と評判でして、いまじゃあその評判たるや港街ウラガアにも届こうってなもんですよ〜』というセリフには、

『荷物を届ける仕事ならありますよ』という意が込められており、

 そしてリムティッシュが言った、

『そうか、そんなに“美味い”なら食べるのが楽しみだ』という返答には、

『よし、では引き受けよう』という意があったという。

 意味をわかって比べてみると、

「ん、ん? ああ、んー」

 ハッキリとまではいかないが、

「なんとなぁ〜く、わかる……ような気は、する……かも」

 言わんとすることは、そこはかとなくゲヴラーにも察せられた。

「なんとなくわかれば十分だ」

 初めてのおつかいを遂行できた子どもを褒める母親のような、自らも満足しているふうな微笑みを浮かべてリムティッシュは言い、そして――

「私もなんとなくしかわかっていない」

 なんの前フリもなく衝撃的な告白をする。

「――えっ?」

 彼女の言葉をうまく飲み込めなかったゲヴラーは、

「……と、それはどういう?」

 噛み砕いた感じの解説を求めた。

「どういう、と訊かれてもな……言葉通りの意味だよ」

 読書が趣味のリムティッシュをして飲み込みやすくは言い難いようだ。

「“商人言葉”のように、きっちりとした“カタチ/ルール”のあるモノではなくてな、臨機応変に、その場の“なんとなく”でやり取りしているんだよ――なるべく主題と関連付くような単語を除いた会話でな」

「どうしてそんな、情報伝達に誤りをまねきかねない面倒なことをするんですか?」

 パクパクと“焼き菓子・オヤキさん”にパクつきながら、アリエスは意図がわからないと眉根を寄せる。

「“もしも”のとき、シラを切れるようにさ」

 紙袋からひとつ“焼き菓子・オヤキさん”をつまみ出して口に運び、それを味わってから、リムティッシュは言う。

「仕事の中には、必ずしも健全とは言えないモノも含まれているからな。その非健全な仕事によってトラブルに巻き込まれる可能性は大いにある。それに、いっけんまともを装って、そのじつ非常にややこしい問題を内包している仕事もあったりする。そういう仕事がもたらす歓迎せざる状況に、“もしも”巻き込まれてしまった場合、なるべく自分は無関係だと装えるよう、可能な限り足跡を残さないようにしているんだよ。紹介する側も、される側も、お互いに、な」

「なるほど」

 と感心したふうなゲヴラーとは対照的に、

「ふーん……」

 さして感心したふうもなく、アリエスは軽く話を流して、

「……ところで」

 しかし重要と思われる疑問を問う。

「荷物を届ける仕事を引き受けた――って言っておきながら、その届けるべき荷物を受け取っていないのは、どうしてなんですかね?」

「ん? これから取りに行くんだよ」

「こ・れ・か・らぁ?」

 不服という感情を隠そうともせず、アリエスは抗議するように鋭い眼差しを向ける。

 とっとと港街ウラガアへ行って、ゲヴラーの記憶喪失に何がしかの関与が疑われる“黒い鎧の海賊”について情報収集を開始したいアリエスである。なるだけ“早く/速く”行動したいと気が焦っている彼女からしたら、それも当然な反応であった。

「安心してくれ、向かう方向は一緒だから」

 そう言ってリムティッシュは、事実を保証するように、先ほど紙袋から取り出して見ていた紙片を差し出す。

 アリエスは訝りつつ、それを受け取り、そこに書かれている内容を確認する。

 ――評判の“美味しい品”は、太陽が昇り来る門の“預かり所”にあり。“誇り高く黙する鍵の番人”への挨拶は“れいちく・十三番のらりるれろ”である。忘れることなく礼を尽くすべし。

「…………」

 アリエスは難問に直面した人の顔になって、もちえる脳みそをフル回転させ――そして、ある解答を導き出す。

「意味がわかりません」

「さっきの会話よりは具体的だと思うんだがな」

 リムティッシュは残念そうに苦い笑みを浮かべる。

「評判の“美味しい品”っていうのが――」

 アリエスの手元にある紙片を読み、一緒になって脳みそをフル回転させていたゲヴラーが発言した。

「――運ぶ荷物のことで、太陽が昇り来る門っていうのは、つまり太陽が昇って来る東の方角にある門ってこと……だよね、たぶん」

「おっ、飲み込みが速いな」

 よくできた生徒を褒める学び舎の教師のように、リムティッシュは「正解だ」と喜ばしそうに微笑む。

 そこしか、わからなかったけどね――と遠慮がちに、ゲヴラーは薄っすら照れ笑いを浮かべる。

「すごいねっ!」

 少々喰い気味に言って、

「さすがゲヴラーだよっ!」

 アリエスはその金色の瞳に“尊敬/敬愛/盲目的な心”の色をキラキラと輝かせ、圧倒的称賛の念がこもった無垢なる眼差しを上目づかいにゲヴラーへと“送心した/送った”。

 それを真っ向から“受心した/受け取った”ゲヴラーは、

「う、うん――」

 気圧されたふうに少々引きつつ、

「――ありがとう」

 ちょっと困り気味な微笑を浮かべる。

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