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Farce of the Creators  作者: かくにん
▽:第一部・四章【序:管理された世界の】
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【序】第四章:四節 〜始まりの終わり〜

 アリエスは誇らしげに、

「はい、ゲヴラー」

 胸に抱いた三つの缶詰を提示した。

 それを前にして、しかしゲヴラーは彼女がなにゆえ缶詰を購入したのかわからず、

「……えっ」

 と、思わず呆けてしまうが、

「……ああ、ありがとう」

 自分が缶詰の山を凝視していたのを、ものすごく缶詰を欲しがっていると勘違いし、気を回して購入してくれたのだろう、という事に思い当たると、なんだか申し訳ない気持ちになる。

 本当のところゲヴラーは缶詰を見つめていたのではなく、それに刻まれているマークを――リンゴに巻きついた蛇が、リンゴに刺さった十三本の矢に喰らいついているという刻印を見ていたのだ。曰く形容し難い、根幹に根ざす“何か”によって惹き付けられるように。


「ところで、好奇心から訊きたいのだが」

 事の成り行きを傍観するに徹していたリムティッシュは、そろそろ自分が口を開いてもいい頃合いかと見極め、

「さっき商人とやりとりしていた手の動きは、いったいなんなんだ?」

 微妙に早とちりだったことなどつゆ知らぬ、ほくほく顔なアリエスに問うた。

「なんなんだって……ただ“商人言葉”で『もう少し安くして』ってお願いしてただけですけど?」

 なんでもない事のように、上機嫌なままアリエスは答える。

「“商人言葉”か……いま初めて知ったよ」

 ロートワール国首都という商人が行き交うことで栄えている場所に、馴染みの喫茶店や古書店ができるくらい身を置いて生活しているリムティッシュである。それでいて、まさか商人関連の事柄で知らないことがあったとは、彼女自身、純粋に意外であった。

「知らないのが普通ですよ。魚市場とか青果市場とかの卸売場以外では、あまり堂々と表立ってやることじゃないですから」

 でも、魚市場とか青果市場とかの卸売場で見られるのは、商品の鮮度を保つ為に短時間でやりとりできるよう簡略化されたものですけどね――と補足説明まで披露して、アリエスはちょっと得意げに微笑む。

 そんな彼女を、リムティッシュはしげしげと感慨深げに眺める。

「……なんですか」

 心底での上機嫌さは保ちつつ、アリエスはちょっとムッとしたように眉根を寄せてリムティッシュを見やり返す。

「いや、本当に商人なんだなぁと感心していたんだ」

 まるでよくできる孫娘を愛でるような温い眼差しで、リムティッシュは言った。

「取り方によっては、小バカにされているようにも聞こえるんですけどね」

 とは言いつつも、さして気にしているわけでもないアリエスは、さらりと事を流すと、缶詰を凝視したままつっ立っているゲヴラーの腕を取り、

「さ、早く行こう」

 東門へと歩みを再開させる。


「……まるで恋する乙女だな」

 リムティッシュは三歩前を行く二人の――アリエスの背中を見やりながら、ポソリと呟いた。それは大通り商店街の喧騒にかき消されて、呟いた本人の耳にもとどかないほど極々小さなものであったが。

 しかし、いまのアリエスを見たら、きっと誰もが思わずそう呟くに違いない。いまの彼女の後ろ姿は、どう見たって、意中の人とショッピングを楽しむ恋する乙女だ。


「缶詰ばかり見つめていると、転ぶぞ」

 というリムティッシュの警告する声で、

「え、ああ」

 ゲヴラーは自分が歩行中であったことを思い出した。

「そんなに缶詰が珍しいのか?」

 のぞきこむように問うてくるリムティッシュに、

「缶詰……というよりは、コレがね」

 ゲヴラーは手にある缶詰の刻印を示す。リンゴと蛇と十三本の矢の刻印を。

「“パトリオット”のマーク――が気にかかるのか?」

 リムティッシュは缶詰を受け取ると、缶詰の刻印を指差して確認する。

「気にかかるというか……そもそも、“パトリオット”って?」

 とても惹き付けられはするのだが、しかし漠然とした“それだけ”であって、その意味するところは“常識的/パブリック”なモノも含めて、いまのゲヴラーにはまったくわからなかった。記憶に無い、と言ったほうがより正確かもしれない。

 そんな彼の疑問に答えたのは、

「“パトリオット”っていうのは、アメル合衆国の首都アメルにある――“マルドゥック”って呼ばれてる、比喩じゃなくて本当に天を突くぐらい巨大な“螺旋の塔”の、とっても大きな“物作り商店”のことだよ」

 腕を抱き寄せるようにして、ゲヴラーの表情をうかがうように上目で見つめるアリエスであった。

「蒸気機関っていうのを動力に使った、ほとんど人の手を必要としない自動製造機械っていうモノで、同じ物を一定の品質を保って大量に製造することのできる、世界で唯一の技術力を持っている集団――なんだって。最近だと、拳銃っていう掌サイズの大砲を開発したとかしてないとかって話題になってたよ」

「……へぇー」

 でもどうして自分は、その商店のマークに惹き付けられるのだろう――そんな疑問を心の内で深めつつ、

「物知りなんだね、アリエスは」

 ゲヴラーは感心したふうに彼女を見やる。

「全部、聞いた話……だけどね」

 そう告白して、アリエスは照れたようにはにかむ。

 どうしてだろう、私に対する態度と露骨に違うのは――と頭の片隅で思いつつ、リムティッシュはアリエスの説明に補足を加える。

「“パトリオット”は“物作り革命”の象徴とも言われていてな、世界中から注目されているんだ――が、しかし“彼ら/パトリオット”は保有する技術の詳細を一切公表していない。技術を秘密にするだけなら、まぁまだいい。だが、生鮮食品以外ほとんどの大量生産を可能とし、一定の品質を保った物を安価で販売することを実現させた“彼ら/パトリオット”の技術は、買う側からしたら喜ばしいことだが、しかし物作りで生計を立てていた多くの“人々/職人”が仕事を失ってしまう状況を生み出してしまったんだ。それに端を発して、アメル合衆国では地域的貧富の差が深刻になり、そこへ過激な思想まで加わって、いまでは、さっき缶詰を売っていた商人が言っていたように“内紛状態”に陥ってしまった。しかしそれによって、“彼ら/パトリオット”の製造するまったく新しい武器兵器と、“彼ら/パトリオット”の提供する“統率のとれた傭兵/ノーバディー”という商品は、“彼らの戦場”に蔓延し、皮肉にも“パトリオット”の商品価値を上昇させる、という結果につながってしまったようだがな」

「“統率のとれた傭兵/ノーバディー”……という商品?」

 アリエスは訝るように、

「……初めて聞きましたけど」

 リムティッシュを見やった。

「まあ、そこは“商い”というより“こちら/傭兵”側の話だからな。それに表立つような話でもない」

「なにが違うんですか? 普通の傭兵と」

「個人か、軍隊か、という違いだな。“統率のとれた傭兵/ノーバディー”は個人ではなく、統率のある“集団/軍隊”だ。つまり安価で、即戦力たりうる精鋭の戦闘部隊を雇えるんだよ」

「じゃあ、商売敵ですね」

 というアリエスの言葉に、

「ところが、そうでもない」

 リムティッシュは平静な態度で返す。

「“統率のとれた傭兵/ノーバディー”の買い手は“アメル合衆国/政府”に限定されているから、“ロートワール/外国”にいる私にはあまり影響がないんだ」

「商売相手を限定したら、そもそも商売にならないと思いますけど……」

 意図が理解できない、とアリエスは首を傾げる。

「傭兵だとしても“軍隊/即戦力”を商品として輸出できるようにしてしまったら、いまはまだ、“国/政府”としては色々と不都合な問題があるんだろう……」

 どこか遠くを見るように言って、

「……あ、そうだ」

 リムティッシュは何か気がついたふうに、

「ちょっと寄り道しよう」

 数歩前行くお二人さんを呼び止めた。

「寄るって――」

 あからさまに賛成的ではない態度で、

「どこへですか?」

 アリエスは訊く。

 それに対してリムティッシュは、商店街の隅っこにポツリと在る屋台じみた簡素な掘っ立て小屋を指差して、

「“口入屋/くちいれや”に、さ」

 先導するように歩みを進めつつ答えた。

 迷子探しや引越しの手伝いなどの小遣い稼ぎから、次に行く予定の街まで目的地が同じ商人を護衛したり荷物を運んだりする仕事まで、短期的に仕事が欲しい人には仕事を、短期的に人材が欲しい人には人材を――紹介するのが“口入屋/くちいれや”である。

「ただ行くだけより、同時に食事代くらい稼いでおいたほうがお得だろう?」

 なんだかんだで、リムティッシュも傭兵なのだ。

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