【序】第四章:三節 〜始まりの終わり〜
澄みわたる蒼い空の下。ゲヴラーも目覚めたことだし、と遅々として出発した三人は、港街ウラガアへと向かうべくロートワール国首都東門を目指して、しかしのんびりと大通り商店街の石畳を踏みしめ歩んでいた。ロートワール大通り商店街には常と変わらず、商人の呼び込みや値下げ交渉の声が絶え間なく飛び交っている。
「キミたちは、まったくいいコンビだよ」
雑踏の中でもよく通る笑いを含んだ声で、リムティッシュが言った。今さっきの光景を思い出しているのか、その表情はふにゃりと緩んでいる。
「あえて言っていただかなくても、知っています。ご親切にどうも」
少しムッとしたように眉根を寄せて、アリエスは応えた。
そんな二人の間に挟まれて、
「…………」
ゲヴラーは困り気味な苦笑いを浮かべるしかできず、視線はオロオロと逃げ惑うように多種多様な露店の商品をとらえてゆき、
「……ん?」
ある一点にピタリと固定されて動かなくなった。連動するように、身体の動きも止まる。
「どうしたんだ――」
リムティッシュは、いきなり立ち止まったゲヴラーがどこか一点を凝視しているのに気づき、その眼差しをたどるように、
「――缶詰?」
荷車の荷台に山と積まれた、円筒形に加工された金属製の容器を発見する。
「おお、若だんな。これに目をつけるとは、目利きでらっしゃる」
荷車の脇に立っていたかっぷくのいい男性が、へりくだった笑みを浮かべて、もみ手をしながら、ひたすらに缶詰を見つめるゲヴラーへ声をかけてきた。
「これはアメル合衆国からの輸入品、美味しさをそのままに長期保存を実現した、夢の保存食糧にございます。船乗り、旅人、軍隊からも絶賛される、かの“パトリオット”製品っ! 統一戦争以後、内紛状態にあるアメル合衆国は国内生産物の輸出を制限してしまったため、アメルからの、それも“パトリオット”の正規品はなかなか世に流通しなくなってしまいましたがっ! そこはワタクシの人脈を駆使してっ! こちらにご用意させていただきましたっ! 情勢が情勢なだけに、次はいつご提供できるかわかりません。この機会を逃しませぬよう」
おおぎょうな商品説明を、腕組みしながら片眉を上げて聞いていたアリエスは、
「…………」
荷車につかつか歩み寄ると、山の中から缶詰を一つ手に取り、あらゆる角度から観察し、
「……へぇー」
最後の確認をするように、側面に刻まれたマークを親指でこすってから、
「ホントに“パトリオット”製品だ」
ふむ、と納得したように呟いた。
「はい、もちろんでございます」
かっぷくのいい商人はまるでナイショ話でもするように口元に片手をあてがい、
「そこらで売っているマガイ物とは違いますよ」
他の露店にチラチラと視線を投げる。暗にココで買わないと大損すると言いたいらしい。
アリエスは値踏みするように缶詰を眺め回してから、チラリと隣に立つゲヴラーの様子をうかがう。彼はいまだに缶詰の山を凝視していた。
「……まかせてっ!」
アリエスは何をどう解釈したのか、グッと親指を立てて勇んでから、かっぷくのいい商人に向かって何やら手をせわしなく複雑に動かし始めた。今まで事の成り行きを傍観していたリムティッシュには、彼女が何を始めたのかわからず、「ん?」と思わず疑問に顔をしかめてしまう。だがアリエスの手の動きを見た商人は、一瞬驚いたように目を見開きつつも、まるで彼女の動きに応じるように、同じく手をせわしなく複雑に動かし始める。
どうやら手の動きには意味があるらしい。アリエスと商人は表情をころころ変えながら無言でしばらくやりとりをし――