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Farce of the Creators  作者: かくにん
▽:第一部・四章【序:管理された世界の】
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【序】第四章:二節 〜始まりの終わり〜

 いまここに生きて居る理由たりうるモノは、形式はそれぞれで異なるだろうが、誰にでもあるだろう。

 例えば――物だったり、夢だったり、欲だったり、自分自身だったり、譲れない信念だったり。

 でもそれが、ただの他人であったとき。

 いまここに生きて居る理由と同義の、信じていたモノが――

 すべてうしなわれてしまったとき。

 ヒトはどこへ逃げればいいのだろう。

 どうして生きればいいのだろう……


 リムティッシュとアリエスが組み手を終えて裏庭から戻ってくると、ゲヴラーはしかしカウンターテーブルに突っ伏して寝息をたてていた。

「そんなに時間を喰っていたのか……。動いていたから気にも留めなかったが」

 待ちぼうけさせてしまった、と申し訳なさそうな表情でリムティッシュはゲヴラーの寝顔を覗き込む。

「いやぁ、そんなに時間経ってないよっ?」

 頭髪と同色な赤茶色の二叉尻尾でリズムをとりながら食器を洗っているキキが、愉快そうに眉尻を下げて言う。

 事実として、水をはったタルの中にぶち込んであった多くない数の食器を彼女が洗い終える前に二人は戻ってきたのである。さほど時は経ていない。

「そうか、ならいいのだが」

 とは言うものの、気持ち良さそうに寝ているヒトを起こすのは何故だか忍びなく思えてしまい、どうして起こそうものかとリムティッシュは困り顔である。視線でキキにいい起こしかたはないものかと訊ねてみても、同じような表情が返ってくるだけだった。

 アリエスはどうかといえば、ゲヴラーの寝顔が観察しやすい彼の右隣に座り、とろんとした幸せそうな眼差しをしている。このまま放置しておいたら、きっと一緒に寝てしまうだろう。

「まあ、寝る子は育つというがな……」

 呟きつつリムティッシュはゲヴラーの左隣に腰を下ろし、カウンターテーブルに頬杖をついて右側に在るほんわかした雰囲気を見やる。意図せずして目が弧を描いて細くなった。

「それでっ、拳で語り合ったご感想はっ?」

 食器を洗う雑音の間から、興味津々といった色の濃い音声が訊く。

「ん? そうだな……」

 リムティッシュは伝染した“ほんわか雰囲気”によるアクビを口内で噛み殺してから、視線をアリエスに向け、

「単純に、戦闘慣れしている」

 今さっきの組み手を思い起こしつつ返答する。

「そんな動きだったよ――」


 ――カウンターの隅っこにある勝手口から、リムティッシュが先導するかたちで裏庭へと出た。

 井戸と物干し以外にこれといって物の無い“踊るギュートン亭の裏庭”は、時たま客同士が起こすケンカを店内に被害無く処理する為に使用される場所なので、こと取っ組み合いに関しては、既に十分な広さが保証されている。

 続いて出てきたアリエスは、後ろ手に勝手口の扉を閉め――

 次瞬、まだ背を向けているリムティッシュ目掛けて跳び蹴りをかます。

 完全な不意打ちに無防備なリムティッシュは、しかしスキップするように前方へ身体を逃がし、

「始めの合図もなしにとは、奔放だなアリエス」

 舞い風のごとく手刀を薙ぎながら身を反転させ、仕掛けてきた相手へと向き直る。

「なんの前兆も無く開始されるのが実戦で――」

 上体を反らし半歩後へ下がることでリムティッシュの打撃を回避しながら、アリエスは腰に巻いた幅のある革ベルトに多々くっ付けてあるポーチの一つに左手を突っ込み、

「――卑怯だろうが恰好悪かろうが、生き残ることに、意味が、意義がある!」

 キャラバンで培った言葉と共に、ポーチからつかみ出した“それ”を対面の相手目掛けてぶん投げた。

「なっ!」

 意外性というか想定外のことにリムティッシュは驚くヒマもなく、条件反射で目をつむり、顔をそむけてしまう。

 その決定的な隙を逃すことなく、アリエスは右の拳を握り、右脚を踏み込むと同時に、リムティッシュの腹部を狙って一撃を放つ。むろん、寸止めする気などサラサラ無い本気の一発である。

 がしかし、その拳が腹部にえぐり込む感触を得ることはなく、

「砂で目潰しとは――」

 いまだ顔をそむけたままのリムティッシュに手首をつかまれ、動きを止めている。

「――いいセンスだな。しかし、それで優位になったという過信が、身動きを単調にしてしまっている。もう少し慎重になるべきだな」

 リムティッシュは言葉と一緒にアリエスを押し返し、

「もう一度だ」

 組み手を再開させ――


「――ふーむ。なるほど」

 ただ卑怯なだけとも思えるアリエスの戦い方を聞いたキキは、しかし心の内で高評価をくだした。

 命あっての何とやら。

 戦闘なんて、セコかろうが生き残ったものが勝者である。重要なのは、どんなことをしてでも生き抜こうとする強い意志なのだ。

 ともあれ、

「ねぇねっアーちゃん、好奇心から訊きたいんだけどさっ」

 嬉々とした調子でちょこちょこ動く自制の利かない二叉の尻尾を疑問符型に、キキは眠りに船をこぎだしつつある娘へ問いかけた。“ねこじゃらし”を前にした猫のように眼は爛々と輝いている。

「はい?」

 このヒトは何をソワソワしているのだろう、とアリエスは不思議そうに小首を傾げる。

「砂の他にはさっ、なにか仕込んでたりするのっ?」

 とてもどうでもいい事ではあるが、一を知ったら十を知りたくなる性分のキキからして、ここで疑問を解決しておかないと夜に安眠できないのだ。

「とくに仕込んでいる意識はないですけど……」

 言いつつ、アリエスは「常に装備しているのは――」と大量にくっ付いているポーチから――お金の入った巾着袋、簡易医療キット、二つの水筒、布に包まった乾燥肉、蒸して煉って円筒形に乾し固めた米の束、厚めにスライスされた五切れのチーズ、硬すぎる三切れのパン、煌めく星のような形状をした砂糖菓子の詰った巾着袋が四つ、ガラス瓶に分けてしまわれた塩やハーブなのど香味料と香辛料、綺麗に小さく折りたたまれた予備のローブ――とカウンターテーブルの上に並べてゆき、続いて取り出したるは、折りたたみナイフが八本、多目的ナイフが十二本、調理用ナイフが四本。これでポーチにあるのは件の砂のみとなったらしい。が、装備品としてはまだあるようで、彼女は胸元に留めてあるダガーナイフを引き抜き置くと、

「あとは――」

 背後に腕をまわして服の中へ手を突っ込み、肩甲骨の間で背負うように留めてある“それ”を引き抜く。

 横目で見ていたリムティッシュは、「まだあるのか」と心の内で驚嘆の声をあげる。

「――このハンティングナイフだけです」

 だけです、とあっさり登場させたのは、狩猟の際に狩り取った獲物を解体するのに使用したりする大型のナイフであった。獣皮を切り裂く鋭い切れ味と、骨に当たっても関節に差し込んで筋を切っても欠けたり曲がったり折れたりしない丈夫で幅の広い刃と、血を被っても滑りにくく握りやすい独特の形状をした柄の、なんともゴツイ得物だ。

「いまにも露店が開けそう……」

 多々の備品と計二十六本のナイフという品揃えを目の当たりにしたキキの、それが率直な感想だった。

「これでも、“勇敢なる砂漠渡りし商人”の娘ですから」

 アリエスは誇らしげに小ぶりな胸を張る。どうやら彼女は、比喩ではなく本気で、お金に困ったら即席の露店を開いて商売するつもりらしい。

 高品質のナイフは旅人に高値で売れるし、いざという時には自分で使えるから、いっぱい持っていても損はしない――というのが親の教えなのだとか。

 と不意に、

「ん……」

 痙攣するように一度ピクリと肩を震わせてから、

「……はっ!」

 ゲヴラーが顔を上げた。彼はしばし焦点の定まらない眼差しで前方を眺め――しかし、続く動きはない。どうやら、まだ頭の中はご就寝中のようである。

「ごめんね、うるさかった?」

 そもそも起こすつもりでいたのだから、詫びるのは間違いだろうに。アリエスは申し訳なさそうに眉尻を下げ、ゲヴラーをうかがう。

「……へ?」

 時間差で目覚めた彼の意識は、ほうけつつも声のほうを見やり、

「お、おぅ」

 まったく飲み込めない状況に当惑しつつも、降参というように両の手を上げた。

「え、どどうしたの」

 いきなりゲヴラーが降参宣言をしてきたので、アリエスも戸惑ってしまう。

 そんな二者二様の困り果てた様子を、しかしキキとリムティッシュは伏し目がちにしか見ることができなかった。もし直視なんてしたら、こみ上げてくる笑いを堪えきれないのだ。


 寝て起きたら、目の前に凶暴なナイフを平然と握った少女が一人居て。どう頑張っても到底理解できそうもない光景に対して、無条件降参する以外に、果たしてゲヴラーに選択肢はあったのだろうか?

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