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Farce of the Creators  作者: かくにん
▽:第一部・FIRST【序:管理された世界の】
23/31

【序】第FIRST章:二節 〜公共の敵 ‐ Public enemy - 〜


――戦死者を選ぶ者 二節 ‐ Valkyrie ‐


 急激な変化がもたらすのは、エウアンゲリオンか?


 泥や赤黒いシミで汚れほとんど読み解く事のできない本からのぞくページの、かろうじて読むことのできた一文がそれだった。

「ここにいて聞いたことがあるのは、砲撃の音と発破音、剣戟の響きくらいだからねぇ。私の経験によれば、良い知らせ――エウアンゲリオンには程遠い、あるのは混沌だけさ」

 残念だったねぇ、と朽ちた本を掴む手だけの存在に、溜めた紫煙を吐き出しながら、小柄な身体に漆黒の燕尾服をまとった人物は呟いた。

 崩れた壁に背をあずけ地べたに座り、視線を灰色の空へと移す。そこには、灰色の空を区切るように、一本の直線が地上から天へと伸びている。その頂点は雲海の中へと消え、うかがい見ることはかなわない。

 地上と天を結ぶ一本の直線は、“マルドゥック”という名前で呼ばれている。

 ある人々には繁栄と創造を象徴する塔として。

 またある人々には衰退と創破を象徴する塔として。

 小柄な燕尾服の人物は、忌々しそうにマルドゥックをねめつけ、奥歯を噛みしめながらくわえた煙草の紫煙を肺にこれでもかと吸い込む。そして煙を吐くと同時にくわえていた煙草を吐き捨て、

「目障りな塔だよ、まったく。アメルのどこに居ても見える――」

 背腰から引き抜いた回転式連発拳銃を左手で構え、マルドゥックに狙いをつける。

 愛国者達/パトリオットの拠点にして象徴――マルドゥック。

「――私を束縛する螺旋の牢獄。……っクソ」

 小柄な燕尾服の人物は悪態を吐いてから、左手の狙いを解き、回転式連発拳銃を背腰に装着した元のホルスターに戻す。それから左手を見つめ、

「こんなに距離を置いているのに、引き金が絞れない――やはり私では、ノーバディーでは、パトリオットに銃口を向けることさえ叶わないか」

 自力で束縛から逃れることは叶わない。

「だから――」

 燕尾服の右ポケットに手を突っ込み、一枚の金貨を取り出す。

「――今度は逃さない」

 一枚の金貨を、これでもかというくらいに力を込めた右の拳に握りこむ。

「なんだ? その金貨は」

 今まで小柄な燕尾服の側らで沈黙をまもっていた野太い声、その持ち主が問うた。

「ああ、これかい?」

 小柄な燕尾服は、デカイ図体を無理矢理に縮めて崩れた壁の陰に身を潜めているもう一人の燕尾服姿人物に金貨を見せ、

「これは“彼”がめくらましに投げつけてきた物さ」

 答えると、流れる動作でその金貨を親指にて弾き上げた。

 がしかし、金貨が落下してくるのを待っている掌の上には、いつまでたってもなんの感触もなく、見当違いの場所に落ちた気配も音も同時に無い。

「――ん?」

 不審に思った小柄な燕尾服は、金貨がまい上がった自らの頭上に視線をやる。すると、そこに答えが気配もなくいた。申し訳程度に存在を示す乳房の下に横一文字、喉下から下腹部まで縦一文字の、十字傷をわざと強調し見せているようなデザインの服に身を包み、ブロンドの髪をツインテイルにした少女のような姿で。

「わぁ〜金貨だよぉ〜。ボクよりお金持ちだねぇ〜、リベラちゃん」

 崩れた壁の上に見事なバランスで立ち、弾き上げられた金貨を人差し指と中指で挟みとったその人物は、甘露のようにねっとりと甘ったるい声色で言うと、

「よっと」

 壁から跳び降り、そのまま腰の高さほどまで崩れている壁に腰掛ける。

「そんなに身をさらしていると、いい標的になりますよ。ザ・メディック」

 小柄な燕尾服は、呆れたように軽蔑したように側らの少女に言った。

「ボクのぉ〜身をあんじてくれるのぉ? やさしぃーなぁ〜、リベラちゃん。でもねぇーそれは杞憂なんだよう? ボクは死ねないからぁ〜」

 ザ・メディックと呼ばれた十字傷をさらす少女は、芝居がかった動作で小柄な燕尾服の正面にまわると、まるでこれからダンスでも始めるかのように足をそろえて両手を広げ、「ほらね」というように身を周囲に見せつける。

「私はアナタの身をあんじたと言うよりも、アナタが身をさらすことで我々の居場所が敵対象に知られてしまうことを危惧しているんです。それと、先ほどから言っている“リベラ”とは、なんですか」

 小柄な燕尾服はどうでもよさそうに、ザ・メディックではなく灰色の空を見上げながら応えた。このあまりにも関心の薄い態度に、十字傷をさらす少女は心の底から哀しんでいるというように口を尖らせてブーたれ、

「もっとさぁー、ボクのこともさぁー、気に留めてくれたってぇ〜イイじゃん。なのにさぁ、リベラちゃん冷たいんだもんなぁ〜。ボクさぁー、直属の上官なのにさぁ」

「ええ、そうですね。で、“リベラ”はなんなんです?」

 ザ・メディックはゾクゾクと身をくねらせ、

「もうさぁ〜、そんなにボクを悦ばせてどうしたいのう?」

 喉にまとわりつくようなイガイガしい甘ったるい吐息が雑じった声色を吐いたのち、「あはっ」と一転、アヒルの口を思わせる笑みを浮かべる。

 小柄な燕尾服は嫌悪感を隠しもせず、眉間にシワを刻む。

「でねでね、さっきからぁご質問のぉ〜“リベラ”はねぇー」

 なにか重大なことを発表するかのうようにたっぷりの間を作ってから、

「名前なんだよう、キミの。ちなみにねぇ〜大きな身体のキミはねぇー“リオン”くん」

 とてもよい考えを言った、と満足げな表情で、ブロンドの髪をツインテイルにした少女は一人「うんうん」とうなずく。

「舞台上に居て名前を持たぬ役――ノーバディー/誰でもない者に、名を与えるとは。気でも違えましたか、ザ・メディック」

 皮肉をたっぷりと込めた小柄な燕尾服――リベラの物言いに、しかしザ・メディックは含みのある微笑を浮かべるにとどまった。

 ザ・メディックは右手を握り、拳をつくるとそれを高らかに頭上へかかげた。間を置かずして飴細工を思わせる小さく繊細な手は、何かを呼び込むように開かれる。と同時、掌前方の宙に淡い光をおびた幾何学模様が出現。しかしてそれは一瞬の事。幾何学模様は砕け散り、煌びやかな粒子へと変化し、新たな姿を形成する。粒子が集結した手の中には、ザ・メディックという呼称であらわされるこの少女があつかうに相応しいとは言い難い、長大な剣が在った。自らの使用者たる十字傷をさらす少女を、すっぽりとその刀身の陰に隠せるほどの質量を誇る剣が。

「リベラちゃん、リオンくん。――愉快なゆかいな肉体労働のお時間だよぉ〜う」

 ザ・メディックは恍惚とした表情を隠しもせずに、使用者の腕を壊しそうな長大剣を右手で、まるで果物ナイフを扱うように軽々と振り回し、リベラが背にしている壁の向こう側をその切っ先で指し示す。

 リベラはしかし、うっそりと燕尾服の懐からシガレットケースを取り出して、真新しい一本を口の端にくわえる。そして火種を求めて、壁の向こう側へと――

 跳びだそうとした瞬間、突如として目前に巨大な何かが飛来し、進路をふさいだ。

 リンゴに巻きついた蛇が、リンゴに刺さった十三本の矢に喰らいついているという焼印を、特徴的な太股部位に刻んだそれは、剣の切先のように鋭い純粋な狂気で満ちている合計八つの眼をこちらへ向け、低い地響きの如き唸りを上げる。

「あれぇ〜どうしてぇ〜ここに来たのう? レヴぃたん」

 ザ・メディックは、まるで飼い犬か猫に接するような気楽さで近寄り、大人五人くらい軽く丸呑みにできそうな巨大な口をもつ“レヴぃたん”――レイヴィアタンの頭を撫でながら、疑問に小首をかしげた。

 ――その時。

 異変に気がついたのはリベラだった。

 ――ポコ。

 何かの音がレヴィヤタンの脚陰から聞えた気がして、本能的に背腰のホルスターから二挺の回転式連発拳銃を引き抜き構え、耳を凝らした。

 ――ポコッ、ポコポコ。

 その音は、液体が沸騰している時に聞くような音だった。

 ――ポコッ、ポコポコ。ポコッ。ボコッ!

 そして唐突に静けさがおとずれる。

 リベラは眉間にシワを刻み、いぶかしむように脚陰を凝視し警戒する。

 数瞬の間をおいてから、

「あれぇ、アシュたんも来てるのぉ?」

 ザ・メディックはレヴィヤタンの脚陰から音も無く現れたストレートの黒髪をもつその人へ親しげな声色をやった。

 細やかな肢体を、肌にフィットした漆黒の光沢と艶をもつ液体とも固体とも言い難いモノで禁欲的に覆い隠す“アシュたん”と呼ばれたその人は、切れ長の目にある冷気すら感じる蒼い瞳に嫌気の色を宿す。どうやら“アシュたん”という呼称は、ザ・メディックが本人の意思を反映することなく勝手に使用しているものらしい。

「音無しのアシュタン・ヘルムヴィーゲ……。死なぬ変人が二人も揃って、なにをするつもりだ」

 二挺の回転式連発拳銃を手の内に残したまま、リベラが曰く“死なぬ変人”二人に背を向けて、彼女は口の中で毒吐いた。

 アシュたん――アシュタン・ヘルムヴィーゲ/ザ・パペッターは自らの掌で手酌を作り、それをザ・メディックへ向ける。と、手酌の内側には流動的なゲル状の闇色物体がなみなみと満ちていた。それは液体が沸騰するように気泡を弾けさせると、小さな人形を形成する。背広姿の人形と、ザ・パペッターを思わせるストレートの黒髪をもつ人形に。間を置かずして、それ等の人形は自我を得たか如く動き出す。これをもし、戦場という殺伐とした場所ではなく、子どもたちが集まる場所で行ったならば、手の平サイズの人形劇として子どもたちのささやかな笑顔をさそうという大成功を収めたに違いない。

 そんな小さな人形劇を、ザ・メディックは笑顔もなく眺め、

「んー、なかなかどうしてぇ〜こうなるかなぁ……」

 手にあった長大剣を一瞬で消し去り、つまらなそうに駄々をこねるようにツインテイルになったブロンド髪の毛先をウジウジといじくる。

「どうしたんです?」

 リベラは直属の上官に訊ねた。

「んーうん。御仕事の場所がねぇ、変更になったんだよぉ」

「敵目標を目の前にしてですか?」

「あーそれはぁ、レヴぃたんがぁどうにかしてくれるらしいからぁ〜、気にすることは無いんだよぉ」

「そうですか。――それで、向かうことになる場所とは?」

 リベラの質問に、ザ・メディックはとても簡潔に答えた。

「ロートワール」

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