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Farce of the Creators  作者: かくにん
▽:第一部・三章【序:管理された世界の】
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【序】第三章:三節 〜手にした平凡な日常〜


 兆しが見えたのはいいが、そこから続く会話が無く、話しは切れた――と、思われるところを狙い、今の今まで聞き耳を立てることに専念していた変態が――クソ医者が、

「少し訊きたい事があるのですが、よろしいですか?」

 抑えきれない衝動をダダ漏らしの声色で、装着したメガネがギラつく程に変態的な眼差しをアリエスへ向けつつ、ヴァーグナー校長の背後に在る席から問うてきた。

 ちなみに、今までクソ医者――ドラッド医師が会話に参加していなかったのは、それなりに機能した理性が好奇心を押さえ込んだという訳ではなく、単に好奇心むき出し気配満点で喋ったらば、この忙しい時間帯の踊るギュートン亭――食堂において最も多忙な人物に雑用を申し付けられてしまうという危機感知能力が働いたからだけである。

 背後から唐突に発せられた、粘つくような好奇心色の強い気配と危なそうな声へ、ヴァーグナー校長は背筋にゾクゾクするような寒気を一瞬感じつつも、

「なんでしょうか」

 半身を動かして振り向き、冷静に言葉を返す。

 他の者達も三者三様な眼差しを、聞こえてしまった危ない声の主へ向けている。

 ゲヴラーは疑問符の表情で、リムティッシュは怪訝そうなちょっと険しい表情で、アリエスは変態的眼差しをあてられて引き気味に嫌そうな表情で、ドラッド医師は何を問う気なのだろうか、と。

「先ほどの、手品のように大鎌を消失させた――アレはなんなのでしょうかね?」

 ドラッド医師の好奇心が変態的なほど過剰に喰らいついたのは、アリエスの体格より大きな、タロットカードの死神の鎌を連想させる大鎌をいかにして出現させ、消失させたのか、と言うことだった。

 だが、彼の問いの意味を理解できたのは、当人たるアリエスと、食堂に居てその光景を目撃した人達だけで、リムティッシュは「何のことだ?」と眉をよせ、ゲヴラーも何のことなのだろうかと、話の続きを待っている。そして、ヴァーグナー校長も――

「アリエスさん、人が多いところで“アレ”を使用したのですか?」

 ドラッド医師の問いを理解できていないだろと思われたヴァーグナー校長はしかし、訝しそうな表情で訊く。

 当のアリエスは、首を縦に動かすことでそれを肯定する。

 それを目視した校長は、

「そうですか……。いや、まあ、使うか使わないかはアリエスさんの自由ですから、私がとやかく言うことではないですし、アリエスさんも言われる筋合いはないでしょう。しかし、以前にも申しましたように、なるべく人目に付かないように心がけていただきたい。“アレ”はどうしても人の目を引きます。まま、目を引くだけならまだよいのですが、しかしドラッド君のように大変な興味を持つ方も居る訳ですから――わかっていただけますね?」

 と諭すように、どこか心配そうに言う。

「……はい」

 なにかイタズラがばれて叱られている子どものような雰囲気で、頷くアリエス。

「んん、まったく会話の内容が解らないのだが」

 疑問符を額に貼り付けながら会話を聞いていたリムティッシュが、もっともな事をつぶやき、

「すこし説明してくれないか? というよりも、“アレ”とはなんだ?」

 話題の直中に居る者達に視線をやりながら訊ねる。

「“アレ”について、口ではなかなか説明し難いところがありまして……」

 どう言ったらいいものかと思案顔で言葉を探すヴァーグナー校長が返答を頭脳から見つける前に、ローブの内側へ右手を突っ込んで何か探っていたアリエスが――

 トンッ!

 木製テーブルの上に、手の平サイズのナイフが一本、突き立つ。

「なんだ?」

 リムティッシュは少々険しい表情になって言うが、アリエスは無言のまま突き立つナイフの横に拳を握った右手を置く――

 そして、華奢な手が開かれる。と同時に掌前方の宙に淡い光をおびた幾何学模様が出現した。が、しかしてそれは一瞬の事。幾何学模様は砕け散り、煌びやかな粒子へと変化し、新たな姿を形成する。

 粒子が集結した華奢な手の内には、テーブルに突き立つナイフとまったく同じナイフが握られていた。

 手の内に在るナイフの刃で、突き立つナイフの刃を叩く。すると、硬質な物がぶつかり合う音がする。つまり手の内に在るナイフも、突き立つナイフと同様に、硬質であるということだ。

 アリエスは握っていたナイフの柄を親指と人差し指でつまみ、眼の高さまで持ち上げると、テーブルに突き立つナイフの隣に落とす。

 ――が、しかしテーブルに二本のナイフが突き立つことはなく、アリエスの手から離れたナイフは落下するより早く煌びやかな粒子へと変化し、空中に霧散、食堂内に満ちる喧騒の中へ跡形も無くその姿を消失させる。

 あとに残ったのは、眼の高さまで上げられたアリエスの右手と突き立ち続けているナイフ、そして、

「……手品? いや、しかし……んん、今のはなんだ?」

 疑問が深すぎて険しくも見えるリムティッシュの顔と、驚いてポカンと半口開けている少々マヌケなゲヴラーの顔。詰るところ、ドラッド医師でなくとも、今アリエスが目の前でやった事を見れば、誰でも疑問を持つということである。

 口で説明し難いのならやって見せたほうが早いと思っての行動だろうし、大鎌と比べれば非常に小さく目立ち難いが、しかしヴァーグナー校長が言ったそばから“アレ”を使うアリエスは、きっと将来大物になるだろう。

「私自身、校長先生に訊かれるまで気にした事がなかったから、よくわからない――です。使えて当たり前だと思っていたから」

 将来大物候補な少女は、テーブルに刺さったナイフをローブの内へと戻しながら、リムティッシュへ応えた。あくまでも、最初にこの事を問うた変態的眼差しでこちらを見ている医師へではない、断じてない。

「当人にわからないとなると――」

 リムティッシュはヴァーグナー校長を見やるが、

「正直なところ、私にもよくわからないのですよリムさん」

「学びの最高峰たる魔術学校――その知恵袋たる校長にも、わからない事があるのだな」

 一瞬、ヴァーグナー校長に対する嫌みに聞こえてしまうが、しかし別にリムティッシュは嫌みを言ったわけではなく、「意外だ」とちょっと驚いているのだ。

「長く生きていると、物事を知ろうとする以外に楽しみが無くなってゆき、結果、他の方達より知っている事が増えたというだけで、決して私は万物を知っているわけではないですから――」

 知ること以外に楽しみが無くなってゆくというのは、長命たるエルフ族のある意味で深刻な悩みだったりするのだが、

「――少し調べてみました」

 その悩みを忘却したいかのように、ヴァーグナー校長は行動しているのかもしれない。

「結論から申しますと、やはりよくわかりませんでした。が、類似した魔術が古に存在していた、という事はわかりました」

「ということは、さっきの“アレ”は魔術の一種だと?」

 メガネをいっそうギラつかせてドラッド医師が問う。

「そのハズです」

 校長は応えるが、

「歯切れが悪いな」

 リムティッシュは胸を持ち上げるように腕を組んで、軽く首を傾げ、眉を寄せる。

「我ながらそう思いますが、しかしその類似している魔術自体が古に失われていまして、そもそも本当に存在していたのかすら怪しいものなのです」

「まあ、この際です在る無しは置いておくとして、その類似している魔術というのは?」

 ドラッド医師が先を急かす。

「召喚魔術です」

 そんなヴァーグナー校長の言葉を聞いても、イマイチ理解できない面々は頭頂部にクエスチョンマークを出現させるが、例外としてドラッド医師だけが更に危ない目つきになった。

 そしてヴァーグナー校長は説明する。

「召喚魔術の存在は、私も今回調べて初めて知ったのですが、召喚魔術は古に、事象を司る精霊を具象化させて彼らと意思疎通を計る為におこなわれていた儀式のようなモノであったようです」

「…………て、まさかそれで終わりか?」

 まさか違うだろう? と思いつつ訊くリムティッシュであるが、

「はい。精霊と意思疎通を計る為におこなわれた儀式であったという事以外に、召喚魔術についてはわかりません」

 ヴァーグナー校長はサラッと応える。

「それでどうして、先ほどの“アレ”と召喚魔術が類似していると判断しなのでしょう?」

 と問うドラッド医師に、

「今の魔術というのは、もともと世界に存在するモノに対して働きかけ現象を起こすもの――火風水土、そこから派生するモノ、そしてヒトという存在。この世界をこの世界たらしめている、この世界を構成する輪の内側に存在するものに働きかけるのが今の魔術なのです、と言うと精霊もこの輪の内側に居る存在なので召喚魔術自体は特異ではないのですが――その場に無い存在を術者の都合で具象化させるというところが、類似しているのです。しかしあくまでも、アリエスさんが行った事を魔術に当てはめるとしたらの考えであって、コレが正解であるという保証はありません。というよりも、恐らく違うでしょう。そもそも、無から有を想像によって創造するなんて事がどうして可能なのか? 正直に申しますと私の理解の範疇を遥かに超えていて、曖昧な仮説すらまともにたてられません」

 校長は一気に語るが、

「すまん。結局、何を言っているのか全く解らん」

 リムティッシュが他の面々を代表して言う。

「私も同じようなものですよ。結局、出来る事といえば、先ほどの“アレ”に仮名を付けることくらいです――さしずめ“造魔術”とでも」


 食堂内に渦巻く喧騒の間から、そんな彼等を鋭く観察していた者が居た。その人物はマグに残った少量の発砲酒を飲み干すと、テーブルの上に代金の硬貨を置いて、踊るギュートン亭から出て行く。

 疲れ果てた扉が開閉時に上げる悲鳴を聞いたネコマタハーフのウェイトレス――キキが「まいど〜」と声をかける以外に、誰もその人物が店から出たことを気に留めなかった。

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