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Farce of the Creators  作者: かくにん
▽:第一部・二章【序:管理された世界の】
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【序】第二章:五節 〜黄昏の再会〜


 鬼。

 そこに居たのは、鬼だ。

 そろりと扉を開き、自分が仕留めた鬼を目視した少女は、生存本能から来る警告に、全身を強張らせた。

 全身から憤怒の炎を揺らめかせ、右手で額を覆いながら片膝を付き、そこに居る。紺のロングスカートに白いブラウスという格好の、長い黒髪の鬼。しかも最悪なことに、左手の中には、黒い鞘に納まった剣がある。

 ギロリ。

 流れ落ちた長い黒髪の間から、射殺すような眼光が放たれ……、扉の影からこちらを窺う少女を発見。

 加害者と被害者の視線が交錯する。

 鬼は視線を合わせたまま立ち上がる。見上げる体勢から、対等を経て、見下ろす姿勢へ。

 背にした夕陽の光が、微風に流れる長い黒髪を煌かせ、鬼の姿を神々しく見せる。が、陰になった表情は、少女からは窺えず、陰という闇が身長の差からだけではない圧倒的な威圧感となって少女を襲った。

 少女が動けないでいると、鬼は中腰になり視線の高さを合わせ、

「扉はもう少しゆっくり開けたほうがいいぞ、下手をすると死人が出てしまうからな。分かったかい? 小さな御客人?」

 ズキズキする額に、夜空のような吸い込まれる美しさを持つ黒い瞳を幾分か潤ませつつ、額を強打した鬼――リムティッシュは柔らかく微笑み、小さい子を諭すように言った。

 しかしどうしてだろう、少女にはリムティッシュの微笑みが、物凄く引きつっているように見えてしまったのは。というか、頬の辺りがピクピクしているように見える。

 幸いな事に少女の本能が、ゲヴラーの元へ最短時間で行きたいならここは素直に「わかった」と肯いておけという、この場において最善の判断を下したので、結果、彼女は事なきを得た。

「分かればよろしい」

 今度は引きつっていない微笑を少女に向け、「今度は注意するんだぞ」と念を押しつつ、リムティッシュは急いでいる風な少女に道を譲る。

 リムティッシュの内に秘めた気迫というのか迫力に、食堂内での威勢を若干削がれた大鎌少女は、

「すみませんでした」

 とすれ違いざまに小さく詫び、そして再びゲヴラーの痕跡に向けて全力で駆け出した――

「おや?」

 ――ハズだったのだが。それは、いつからそこに居たのか、紙袋を小脇に抱えた純白の長衣を身に纏う、長い銀髪に尖った耳を持つ柔和な表情の人物によって阻まれてしまう。

「ここに居たのですかアリエスさん。突然居なくなってしまうからアンリさんが心配していましたよ? それとお話したいことが一つ」

「校長先生!?」

 またも道を阻まれ勢いを削がれた少女はしかし、そこに現れた人物が今現在の目的であることに好機を覚え、

「先生っ! 魔術学校にゲヴラーがっ! ゲヴラーが依頼を受けに行ったって! 今、いまゲヴラーは、今ゲヴラーはどこにいるの、ねえっ!」

 逸る気持ちをそのままに質問をぶつける。

 しかし、少女が求める返答の声とは違う声が、

「そこのキミ……アリエスといったか? キミはゲヴラーを知っているのか」

 返答ではなく問いを投げてきた。

 大鎌の少女――アリエスは予想外の方向からきた問いの言葉に、

「お前も――あなたも、彼を知っているの!?」

 朗報の連続という嬉々な驚きに目を見開きつつ、背後を振り仰ぎ見る。そこには、ゲヴラーを知る人物を発見したという朗報に、その美しい黒瞳を驚きと喜びの色に染めているリムティッシュの姿があった。

 くしくもこの瞬間、ゲヴラーという人物の過去と現在を知る娘達が邂逅したのだった。が、そんな事、露程も知らない当の本人は……


 その頃――


「あれ?」

 魔術学校の“開校時間は終了しました”という札の掛けられた回らない回転扉の前に立ち尽くしていた。

 アキと二人でどうしたものかと頭をひねっていると、

「どうかしましたか?」

 いきなり真横から声を掛けられた。

 ドキッとしつつも、そちらを見たゲヴラーの目がとらえたのは、“お昼のお弁当をおいしそうに食していた狼亜獣人な受付嬢さん”の姿――、の触り心地がよさそうなもふもふ尻尾。あまりにも触り心地がよさそうなので、つい目がいってしまう。

「……あのー」

 もふもふしっぽのお嬢さん――アンリは眉を寄せて、呼びかけに応じないゲヴラーを覗き込む。

「えっ? あっ、ああ、すみません。つい、ついね」

「つい?」

 大量の疑問符を額に貼り付けて小首を傾げるアンリに、忘れてくださいと言いつつゲヴラーは「カクカクシカジカで」と状況を説明。聴いたアンリは「ああ」と頷いたあと、

「校長なら踊るギュートン亭へ行きましたよ」

 と、預かった荷物の届け先の現在位置を教えてくれた。

 商店街の特売に遅れちゃうのでこれで、と商店街の方へ小走りで駆けるアンリに礼を述べた後、

「う〜む、これなら荷物があるって思い出さない方がよかったのかなぁ……」

 ゲヴラーはボソリと漏らしたのだった。まあ、結果論でしかないのだが。

 そして二人は、改めて帰るべき踊るギュートン亭を目指して歩みだす。


「扉の前で話し込んだら営業妨害になるから中で話なよっ」とキキが言うので一同は場所を食堂内移し、空いている円卓の椅子に落ち着いた。

 大鎌娘の再来に、息をのむお客さんたち。食堂内の空気が、ご飯をおいしく食べるのに適さないものに再変化してしまったことを察したキキは、

「ん〜しらけちゃったねぇ……。仕方ない、ここは私が一肌脱いじゃうよっ!」

 食堂の中心で胸を張り言う。「おおっ」となるお客さんたち。

「今日は全品半額よっ!」

 どどんっ! と宣言するキキさん。「おっ……おお」微妙な宣言に微妙な喜びを表すお客さんたち。そんな微妙な反応に、キキは眉を寄せ、

「むっ、ん〜仕方ないっ。今日は私のツケで皆にお酒を奢るよっ」

「おおっ! おおおおぉぉぉぉ!!」お客さんたち大喜び。

 いつの世も、お酒の力は偉大である。

 そんな盛り上がりの片隅で、

「キミはゲヴラーの旅仲間だと?」

 アリエスから事のあらまし――ゲヴラーとの出会い、そして旅――を聴いたリムティッシュは、確認するように訊ねた。

「ちがうっ……、ゲヴラーは……ゲヴラーはそれ以上の……、ゲヴラーは私の――」

 ――最後の家族。いや、それ以上の……、心の居場所。

 顔を伏せたアリエスは円卓の縁を強く握り、溢れそうになる気持ちを押さえ込む。

 だが、怒りとも似た感情は抑えきれず、

「どうして、どうして校長先生はゲヴラーを引き止めておいてくれなかったのっ」

 寝る場所を貸してもらっている身として、恩のあるヴァーグナー校長に怒りを向けるというのはどうかとも思う。だが、だが校長はアリエスという人間がゲヴラーという人間を探しているということを知っているのだ。なのに、なのに何故。

 怒れるアリエスを前に、しかしヴァーグナー校長は謝るでもなく、寝る場所を貸しているのに何を言う、と逆怒するわけでもなく、いたって平静な態度で、

「はい、その事についてお話したいことがあります。しかし、それはアリエスさんの探すゲヴラー君と私の知るゲヴラー君が同一人物であるか、を確認してからにしたいのです」

 と応えるだけだった。

 それを隣で聴いていたリムティッシュは、確かにアリエスの探す“ゲヴラー”と、私たちの知る“ゲヴラー”が同一人物であるという保証はどこにもない、どこにもないが、しかし、知っていたなら伝えるくらいしてやっても……と思って、しかしそこで思い出す、自分が知る“ゲヴラー”の状況を……

 と突然、アリエスが椅子を吹っ飛ばして立ち上がった。

 ワナワナと震える拳。

 ぐっと唇を噛みしめている口。

 そして、こぼれ落ちそうなほどに見開かれた、潤みの増した金色の瞳。

 頬を伝い、零れる一滴。

 そんなアリエスを見て、リムティッシュとヴァーグナーは戸惑った。確かにヴァーグナー校長がアリエスの事情を知っていてゲヴラーに事を伝えなかったというのは、涙が出てしまうほど怒って当然なことである。が、しかし、今アリアスの表情に怒りの色は無く、むしろ、迷子の我が子と再会をはたした母親が安心の喜びのあまりにほろりと涙を流してしまったというような、それほどに、ある意味、爽快な色の表情で。

 突然すぎて戸惑いはしたが、次瞬、リムティッシュはアリエスがある一点を凝視していることに気がつく。が、なにを見ているのかとリムティッシュがその視線をたどろうとした時には、アリエスは円卓を乗り越え駆け出していた。

 一分一秒でも早く、彼と再会するために――


 やっと帰ってきたと、扉を前にして思い。

 なかなか今日という一日は長かったなぁと、くたびれた扉を開けながら考え。

 踊るギュートン亭内への一歩目を踏み出し、食堂が朝とは違う賑やかさに包まれていることに気づく。昨日、自分がここで自分を探すと決めた時の、あの賑やかさ。あれから、もう一日/まだ一日、時は流れた。まだ自分は見つけられていないが、まあこの調子で往こうと思う。

「よし」

 と、ひとり頷き、ゲヴラーは、

「ん〜ヴァーグナー校長はどこだろう」

 視線を泳がせ、最終目標を探した。

「あっ、居ましたよぉ〜」

 早々にヴァーグナー校長を発見し、そちらへ飛び行くアキの背を追い視線をやったそこには、円卓の椅子に座るヴァーグナー校長とリムティッシュの姿があった。もう一人、ローブを羽織った黒に近い紫の長髪の人物が居るが、魔術学校の女子生徒さんだろうか?

 食堂内が賑やかすぎるので、内容までは分からないが三人は何か真剣に会話をしているようだ。

 会話に割って入るのもどうかと思うが、しかし渡さなければならない物があるので、ゲヴラーはそちらへと歩みを進めた。

 すると、ローブの人物がそれに気がつき、その金色の瞳にこちらを捉える。

 どうしてだろうか、あの金色の瞳に、言いようもない、どこか別の深いところから――

 罪意を感じてしまうのは。

 ゲヴラーは戸惑った。逃れたいわけでも、否定したいわけでもない。ただ、ただあの金色の瞳の持ち主に対して、申し訳ないと思う気持ちが湧いてくるのだ。

 なんだ、この気持ちは……。

 戸惑いながらも歩みは進み、あと三、四歩でヴァーグナー校長の肩に手が届くという距離まで来た。その時、

「えっ」

 突然立ち上がった金色の瞳の人物が、頬に一粒の涙を。

 同時、彼女は軽やかに円卓を踏み台にして、こちらへ跳んで、飛んで、

「やっと、やっとまた会えた。ゲヴラー」

 頬に涙つたう、花咲くみたいな最上級の笑みと、最上級の勢いで、飛んで来た。

 最初に感じたのは、ちゃんと受け止めないと壊れてしまいそうなほど繊細で柔らかい感触の衝撃で。次にあったのは、受け止めたはいいが、バランスを崩してしまい後方へ倒れこむ、長いようで極短い浮遊感で――

 ――ごんっ!!

 聞こえる音は遠く反響し、ぼやけた視界は正面に天井を捉える。

 と、視界を遮る影。天井の変わりに視界が捉えたのは、さっきの金色の瞳の子の顔。

 彼女はしきりに口を動かしているが、

 ……げヴ

 ゲ……ら……

 ……ヴ…………ラー

 ……げヴラー…………

 何故だろう、声がものすごく遠い。

 前にもこんな事あったような……

 いつだ……、はっきりしない、苛立たしい、つかめない蜃気楼がもどかしい。

 でも、でもたぶん、つかめない蜃気楼の向こう側に居るはずの、その時の彼女は、頬を濡らしていなかったように思える。

 ああ……

 視界が狭まっていく……

 音が遠くなっていく……

 意識が擦れてゆく……

 そんな中、最後に感じたのは……

 絆にも似た――

 ――罪意。

 約束は……、

 ……許してくれ、

 ……ア■■■――――。


 そして彼は許しを請う間も与えられずに、意識を暗転させる。


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