お百度参り
沖田さんと巡察をしていた。
「沖田さん、おなかすきませんか?」
春のせいなのか?おなかの虫がグーグーなっておさまらない。
「別に僕はおなかすいてないけど、付き合うよ」
「ありがとうございます」
ということで、一緒に食事処というところに入った。
沖田さんも、私に付き合ってという感じで同じものを頼んだ。
食事が来て、いただきますをして食べ始めた。
私が食べ終わり、沖田さんの方を見ると、子供のように、嫌いなものを外に出していたけど、その多さに驚いた。
「沖田さん、そんな好き嫌いがあるのですか?」
「知らなかった?」
そんなこと、知らんわっ!
「嫌いなものが多すぎるのは、気のせいですか?」
「気のせいじゃないよ。どうも食べれなくてね」
「食べれなくてね。じゃないですよ。食べないとだめですよ。病気になりますよ」
この人は、今年の6月に病で倒れてしまう。
もう3か月しかない。それを避ける方法は何かないのか?
「蒼良は、僕の姉さんみたいなことを言うね」
「姉さんじゃなくても、そんなことをしている人がいたら誰でも言うと思いますよ」
「でも、食べれないものは仕方ないじゃん」
「これを作ってくれた人たちに悪いなぁとかって思わないのですか?」
「蒼良、すごいことを言うね。僕はただで食べているわけじゃないし、ちゃんとお金は払うのだから、作ってくれた人は損をしないと思うけど」
いや、そういう問題じゃないと思うのですが……
「とにかく、鼻つまんででも食べてください。本当に病気になっちゃいますからね」
「鼻つまんでって、それこそ作ってくれた人に失礼だと思うけど」
そうなのか?
沖田さんがあんなに好き嫌いが多い人だとは思わなかった。
何とかしないと、病気になってしまう。
沖田さんがかかる病気は労咳と言って、現代で言う結核だ。
現代では医療が発達しているから治る病気になっている。
しかし、この時代では不治の病なのだ。
だから、予防するしかないのだけど……
「蒼良、何を考えておるんじゃ」
屯所で考え込んでいたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お、お師匠様っ! いつ温泉巡りから帰って来たのですか?」
「帰ってきたのではない。まだ途中だ」
途中だったんかいっ!って、私がこんなに悩んでいるのに、よく温泉巡りなんてできるなぁ。
「なんか悩んでいるようじゃが」
「お師匠様、現代に帰って、結核の抗生剤か何か持ってきてもらえません……よね」
「あたりまえじゃっ! タイムトラベルの機械は京にあるがな、そんなに往復はできんのじゃ。これは、お前がこの時代に来た時に話したと思うが」
そうだったっけ?
「往復を繰り返すと、その分機械に負担がかかり壊れてしまう。だから、行き来は最小限にしておるのじゃ。わしだって、現代に帰りたい時があるが、お前とともに我慢しておるんじゃ。一人でも多く、新選組の連中を現代に連れて帰りたいからな」
やっぱり、結核の抗生剤は無理か。
「悩みは沖田のことか?」
「そうです。実は……」
私は、今まであったことを話した。
「なるほど。確かにこのままでは結核になってしまうな」
「何とか、予防策はないのですか?」
「この時代なら、滋養をつけるしかないじゃろ」
「一足早く、現代に連れていくことはできないのですか?」
「それもできん。連れて帰るのなら、歴史的に見て自然に消えるように連れていかなければ、その分機械の負担がかかり、壊れやすくなる。そうなると、お前も帰れなくなるぞ」
それは困るな。
それにしても、タイムトラベルの機械って、ずいぶんと面倒くさいな。
「もっとちゃんとした機械がなかったのですか?」
「お前、世界でたった一つのものだぞ。そんなものあるわけないじゃろ」
そういう機械があるだけでも信じられないとこだもんね。
「他に、予防はないのですか? あんなに嫌いなものがあったら、滋養なんてつきませんよ」
「後は、神頼みしかないじゃろうなぁ」
神頼みかぁ……。
神頼みと言えば、お守りかな。
この時代でもお守りはある。しかし、現代のようにお守りを入れる袋までは一緒に売っていない。
神社等でお守りを買い、そのお守りを入れる袋を注文して作ってもらうか、自分で作るかしなければならない。
それなら、自分で作るか。頼むとお金もかかることだしね。
形は、首からぶら下げるものが一般的らしい。持ち歩くのに邪魔にならないしね。
後は、どこでお守りを買うかだ。
健康関係にご利益のある神社仏閣って、どこだ?
頼みのお師匠様は、また温泉巡りに出発しちゃったし。それにしても、なんでここにいたのだろう?
そんなことを考えながら、神社仏閣を探して歩いていると、巡察中の源さんにあった。
「おう、蒼良じゃないか。なんか悩みでもあるのか?」
「わかりますか?」
「顔に書いてある」
そんなに顔に出ていたのか?
「健康関係にご利益のある神社仏閣って、知りませんか?」
「なんだ、健康に心配でもあるのか?」
「私は大丈夫ですが、沖田さんが……」
「総司がどうかしたのか?」
まだ発病していなかった。
「あ、いや、沖田さんは、健康ですよね」
「見りゃわかるだろう」
「そうですよね」
あははと笑ってごまかした。
「もしかして、天野先生が風邪でも引いたのか?」
何かあった時のお師匠様だ。
「実は、ひどい風邪をひいてしまって。薬も飲んだのですが、なかなか治りが悪くて。後は神頼みかなぁと思ったもので。」
「それなら、一番近くにいい寺があるだろう」
一番近くの寺って、もしかして……
「壬生寺ですか?」
「そう。厄除け、延命にご利益があるらしいぞ」
延命。まさに私が望んでいることだわ。
「ま、お百度参りでもすりゃ、自分の気も落ち着くし、ご利益もあるだろう」
「お百度参り?」
「もしかして、知らんのか?」
聞いたことはあるけど、詳しくは知らない。
聞いた話によると、言葉のとおり、100回お参りをするらしい。
何も考えずに、参道から神様がまつられているところまで行き、参拝をする。
そして、帰る。これを100回繰り返す。
「途中で数なんて数え切れなくなるからな。石を置くんだ、石」
石を置いて、数えるのか。
「方法は、裸足でやるとか、人に見られないようにしてやるとか色々あるがな」
「わかりました。やってみます」
「やってみますって、おい、蒼良!」
源さんの話も途中できり、100度参りの準備をするため、屯所に帰った。
夜中に目を覚まし、壬生寺に行った。
夜の寺は、なんか怖い。
けど、そんなことを言ってられない。これで沖田さんの病気が治るなら、軽いもんだ。
って言うか、まだなってもいないのだけど、大丈夫だよね。
草鞋を脱ぎ、私は100度参りを始めた。
最初の20回ぐらいは、こんなの軽いと思っていた。
しかし、ここからが遠かった。
30回目、弱音を吐きそうになったけど、自分で自分にカツを入れて頑張った。
40回目、これ、いつになったら終わるのだろう?と、願いが横道にそれたので、仕切りなおした。
50回目、なんだか夜が明けてきたぞ。屯所に戻った方がいいのかな?私がいないのを見て、土方さんが心配しないかな?
でも、やっと半分まで来たんだから、もう半分、頑張ろう。
60回目、完全に夜が明けた。鳥の声がにぎやかになっている。
70回目、今、何回目何だろう?わからなくなってきて、置いた石の数を数えて、まだ100になっていないのを知って少し落胆する。
80回目、早く終わらせないと人が来そうだ。周りの民家も、騒がしくなってきた。
90回目、まだ100じゃないの?でも、こんだけ頑張ったんだから、沖田さん、病気になんてならないよね。
そして100回。
「蒼良、やっぱりここにいたのか?」
源さんの声が聞こえた。
「お前、こんなところで100度参りなんてして、何があったんだ?」
土方さんの声も聞こえてきた。
人に見られた?でも、100回終わった後だから、大丈夫だよね。
「これで、大丈夫ですね」
私はそうつぶやいてから、倒れたらしい。
「あれ?」
目が覚めたら、いつもの部屋の見慣れた天井が見えた。
確か、壬生寺にいたのだよな。
「あれ? じゃねぇだろう。源さんから聞いたが、天野先生が病気なんだって?」
土方さんが、私の顔を見下ろして言った。
「えっ? あ、はい」
そうだ、そういうことになっていたのだ。
「心配になって、天野先生の長屋に行ってみたが、本人は元気になってまた出かけていったらしいぞ」
お師匠様は、温泉巡りの旅にまた出発しているはずだ。
「それは、よかったです」
「お前のお百度参りが効いたのだろう。もう少し寝ていろ」
「はい」
お言葉に甘えて目を閉じたら、再び夢の中に入って行った。
目が覚めると源さんがいた。
「目が覚めたかい?」
「はい」
「まさか、本当にお百度参りするとは思わなかったよ。あまり無理をするもんじゃない」
「はい、すみません」
「健康にご利益のあるお守りをいただいてきた」
源さんが、お札を出してきた。
「ありがとうございます」
「天野先生も、いい孫を持ったなぁ」
実は、お師匠様にではないのですが……なんて、とてもじゃないけど言えなくなってしまった。
次の日。
裸足で歩いてお百度参りをしたので、足の裏は傷だらけだけど、それ以外は何も支障がないので、巡察中に呉服屋さんから端切れをいただいた。
巾着みたいにして、ひもを長くして、首からぶら下げられればお守りの出来上がりだ。
小さいものなので、チクチクと針仕事をして出来た。
その中にお札を入れて、沖田さんに渡しに行った。
「えっ、僕に?」
「はい」
「天野先生じゃないの?」
「沖田さんにですよ」
「もしかして、僕のためにお百度参りなんてしたの?」
「そうですよ」
「なんで?」
そうだった。沖田さんはまだ発病をしていないのだ。
「あんなに嫌いなものが多ければ、いつか病気になりますよ。例えば、労咳とか」
「僕は大丈夫だよ。こんなに元気なんだから」
今が元気だから、余計に病気になってほしくないと思うのだ。
「とにかく、沖田さんの健康を願ってお百度参りもして、お守りも作ったのだから、いつまでも健康でいてくださいね。っていうか、健康に気を使ってください」
「わかったよ。ありがと」
そう言うと、沖田さんは私からお守りを取り、首にぶら下げた。
「好き嫌いは治らないと思うけど、お守りは大事にするよ」
できれば、好き嫌いもなおしてほしいのだけど。




